第14話 不信感
死体の回収にルークが加わった頃、俺とミラは馬車の陰で声を潜めていた。
今この場でもっとも話を聞きたい人物、リーちゃんと共に。
「ディアナさん?……あの、これは一体」
馬車を背にして立つリーちゃんの正面に、俺とミラが並ぶ。
声が漏れないよう、不自然に見えないギリギリの近さでの会話。
はたから見れば、俺が人目を忍んでヤバい薬でも勧めているような光景だろう。
ルークに見られたら契約の首輪を絞められかねないが、ここはリスクを冒すべき場面だ。
「悪いな。リーちゃんに聞きたいことがあってさ」
内容はもちろんルークのこと。
なんか隠してる?とハッキリ聞ければ楽だが、そう簡単にはいかない。
リーちゃんとルークは俺より付き合いが長いのだ。
仮に何か隠し事かあったとしても、俺には言わない可能性が高い。
だからと言ってクライアントを相手に脅しをかけるなんてのはあり得ない方法だ。
となれば、うまく口車に乗せるしかない。
頭をフル回転させながら、慎重に言葉を選ぶ。
長年の信頼関係を、話術で超えるのだ。
「さっきは怖かったよな。急に襲撃されちまって。本当に悪かった。この通りだ」
「え?ちょっ……待ッ‼︎」
膝をついて謝ろうとした俺の腕を、リーちゃんが掴んでくる。
地面に額をつける礼なんて見慣れている立場だろうに、驚くほど早く動きを止められた。
「や、やめてくださいッ‼︎私が悪いんです。勝手に外に飛び出したから」
「いや、それは違うんだよリーちゃん。俺たちボディガードは、そうはいかねぇ」
折りかけた膝を伸ばし、話を続ける。
当たり前だが、リーちゃんはボディガードについて詳しく知らないようだ。
「俺たちボディガードは、結果が全てなんだ。どんな事情があろうが、絶対にクライアントを守らなくちゃいけねぇ。仮にリーちゃんが自分の意思で自殺したとしても、死んでしまったら全て俺の責任。完全に俺のミスだ」
「そ、そんな……」
「でもそういう世界だ。クライアントが生きてるか死んでるか。それが全て。俺がもっとリーちゃんに安心感を与えられていれば、怖くなって馬車の外に出ることもなかっただろう?それを含めてボディガードの実力なんだよ」
相変わらず表情はベールに覆われて分からないが、俯いたというのは首の角度でわかる。
馬車の外へ出てしまったことに責任を感じているのか、落ち込み方がひとしおだ。
「つまり安心感を与えられない俺が悪い。もっと言えば、これは俺を含めた近衛兵全体の責任だ」
「……いえ、ディアナさんはもちろん、皆よくやってくれています。とても責める気にはなれません」
「そう、そこなんだよ。皆よくやってる。だからこそ、おかしいんだ」
リーちゃんが露骨に首を傾げてくる。
何がおかしいのか分かっていないと、詳しい説明が欲しいと、そういう体の動きだ。
「いいかリーちゃん?確かに近衛兵はよく頑張ってる。自分の命をかけて皇女様を守ろうとしてたし、その熱意は本物だ。でもそんな意思も強くてエリートな近衛兵が苦戦してる。なんでだと思う?」
「そ、それは……敵が強いからでは?」
ハッキリと否定の意思を示すため、無言で首を横に振る。
本当はそれが最も大きな原因だが、今は情報のため事実を歪ませよう。
嘘も方便というやつだ。
「原因は指揮官だよ。多分、あえて犠牲が多くなるように動いてる」
「そんなッ‼︎」
リーちゃんが叫ぶ直前に、人差し指を口に当てて静かにするよう合図を出す。
少し切り出すのが早かったかもしれないが、いつまでもコソコソしてればルークが来てしまう。
勘が良さそうな奴だからな。
ここらがタイミング的にも限界だ。
「勘違いするなよリーちゃん?ルークがリーちゃんを殺そうとしてる、なんて考えてねぇ。むしろ最高の忠義を尽くしてるやつだと思ってる。だが、何か事情があるとしたらどうだ?例えば皇女様を守るため、無駄に兵士を犠牲にせざるを得ない事情があるとか」
「ッ‼︎」
自分で言うのもなんだが、うまく誘導できているのではないだろうか。
あくまで俺はリーちゃんの味方である、というスタンスを崩さず、ルークが何か企んでいるはずはないという信頼も言外に示している。
息を呑んだ反応からしても、やはりルークには何か後ろめたいことがあるはず。
さぁ吐いてくれ。
知っていることを全部。
ついでにルークへの信頼も全て捨ててしまえッ‼︎
さぁ。
さぁさぁさぁッ‼︎
「すいませんディアナさん。私には、分かりません」
「あっ…………スゥ。まぁ急だったもんな。仕方ない。もし何か気になることがあったら教えてくれ」
「分かりました。それでは、私はこれで」
逃げるように走り去っていくリーちゃんを見ながら、肩の力が抜ける感触を味わう。
失敗だぁ。
「やっちゃったよ。これもう修復不可能だろ」
俺とリーちゃんの間に、不信感という名の亀裂が入ったのが分かる。
あと4日も護衛は続くのに、この後どうすればいいのか。
強いて言えば、ミラが一言も喋っていないから、そこから信頼関係を結んで、情報を引き出せる可能性は残った……かもしれない。
とはいえ、ミラにそういった交渉ごとができるかは不安なのだが。
「ディアナ。失敗は取り返せない。次に行こう」
「次って……誰か情報を持ってる奴に心当たりがあるのか?」
「目の前にいる。私はすごい情報を持ってる。さっきの襲撃の時、敵が死に際に呟いてたの。『国賊に死を』だって」
色々とツッコミどころがあるんだが、まずすごい情報って自覚があるなら早く教えて欲しかった。
そして別にすごい情報でもない。
普通の断末魔だ。
「何かおかしいか?皇女様を襲ってくる奴らなんて国賊に違いねぇだろ」
「ディアナ。勘違いしてる。敵が死に際に呟いたの。近衛兵が、じゃない」
「……え?」
つまり皇女様の護衛である俺たちが国賊って呼ばれたのか?
そんな訳ないだろう。
国賊は完全に向こうだし、それは流石に敵も自覚があるはずだ。
だが目の前のミラは、そんな反論は分かっているが聞いたものは聞いたのだ、と言わんばかりにコクコクと念を押すように頷いてくる。
どうやらふざけてる訳じゃないらしい。
俺たちが国賊。
そしてルークもリーちゃんも何かを隠してる雰囲気がある。
ちょっと待ってくれ。
俺が知らないだけで、実はこっちが悪者なんて展開……ねぇよな?
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