第13話 4分の1

派手な殺し合いが終わった森の中で、近衛兵たちが慌ただしく散会する。

戦闘は終わったが、まだやることは山のように残っているのだ。


まずは2次襲撃を想定した哨戒。


複数の兵士を四方八方に走らせ、敵を見つけたら笛で知らせる。

同時にリーちゃんとアンをそれぞれ馬車の中に入れ、要人の安全を確保するのだ。


そこまで終わったら、次は死体の回収。


味方の死体は弔いのため勿論のこと、敵の死体もしっかりと回収する。

物言わぬ肉塊とはいえ、そこから得られる情報は多い。


装備を見ればその者の経済状況が分かる。

体つきを見れば鍛錬の度合いが分かる。

そして顔を見れば身元が分かる。


ただでさえ正体不明の敵なのだ。

死体から値千金の情報を得られるかもしれない。


それは誰もが理解しているはずなのに、どうしてか、この男は俺の側を離れなかった。


「おい貴様、あの魔法は一体なんだ?見たことがないぞ?」


俺に威圧的な声を浴びせてくるのはルーク。


俺に話しかけてくるのはいいが、キスでもするのかってほど顔を近づけてくるのは勘弁してほしい。

これじゃ誤解されてもおかしくない距離だ。


「なんだ?俺に興味があるのかルーク?悪いけど、俺は男に興味がないんだ。その気があるなら他を当たってくれ」


「ブチ殺すぞ貴様?」


まぁそんな冗談はさておき、ルークの質問の意図は分かる。

同行しているボディガードが得体の知れない魔法を発動させたら、誰だって気になるだろう。


ただコイツの場合、気になるというのは好奇心からではない。

警戒心だ。


契約の首輪があるといっても、出会って間もない俺を信用できないのは当然。

もっと分かりやすく言えば、裏切るの可能性を想定しているのだ。


万が一の場合、つまり俺と戦う時に備え、どんな魔法を使うかを知っておきたい。

鋭い目の奥から、そんな狙いが見え隠れしていた。


もちろん俺に裏切るつもりなど全くないが、それと魔法の話をするかは別の問題だ。


俺の手の内をバラすのは、デメリットは多くあってもメリットは1つもない。

何と言われようと、俺がコイツの口車に乗るつもりはなかった。


睨みつけてくるルークを無視して、視線から逃れるように水を飲む。


戦闘の後の水分は格別にうまい。

ゴクゴクと喉が鳴るのを抑えられなかった。


「プハッ、いい水だな。近衛兵が飲む水ってのは庶民とは違うんだなぁ」


「貴様……戦場における水の重要性を理解していないのか?そんな勢いよく飲んで。1人あたりの水の量は決まっているんだぞ?」


当然、そんなことは知っている。

人間が生きていくのに必須なのは水だ。


飯は最悪1日食わずとも問題ないが、水を1日飲めないのは凄まじく苦しい。

まして5日間も歩きっぱなしの状況で、戦闘にまで備えるのだから、計画的に消費しなくてはならないのだ。

大袈裟でなく、水は兵士の命といえる。


だが俺も、決して無駄にしている訳ではない。


「分かってるよ。別にいいだろう?俺の分を、俺が飲みたい時に飲んでるだけだ」


「……後からよこせと言っても決してやらんぞ?まぁ、干からびて死んだら墓石くらいは潤してやる」


相変わらず嫌われてんなぁ。

まぁ、人から嫌われるのは慣れてるからいいけど。


だが、嫌いな人間とは関わらないようにしよう、は通用しない。

話さなければいけない話題がまだある。


「なぁルーク。今回の戦闘で7人の近衛兵が死んだらしいな。つまり全体の約4分の1だ。お前も護衛の専門家なら、状況のヤバさが分かってるだろ?何か手はあるのか?」


俺の指摘に、ルークはあっさりと押し黙ってしまう。

正確には、4分の1という数字がルークの口を塞いだのだ。


数字だけ見れば残り7割も兵がいるのだから、大丈夫だろうと思えてしまう。

これはボディガードなら知っていて当然の知識だ。


だが、残念ながらここに例外が1人。


「ディアナ。どうして4分の1がヤバいの?」


暇そうに歩いていたミラがこちらに歩み寄ってくる。

最初は普段のマイペースぶりを発揮して、気まぐれで俺の方まで歩いてきたのかと思ったが、どうやらそういう雰囲気ではない。


クールな顔が普段にもまして無表情だ。


「どうしたんだミラ?近衛兵から、死体の回収を手伝ってくれって言われなかったのか」


「言われなかった。みんな、女性にそんな仕事をさせられないって言ってくれた。少し震えた目で」


どうやらミラの凄まじい活躍ぶりは、味方にすら恐怖心を芽生えさせてしまったらしい。

仮にもエリートと言われる近衛兵なのだから、味方に怯えない程度の分別は欲しいのだが。


ミラが暇つぶしにアンとリーちゃんのいる馬車へ行かなかったのはそのせいだろう。

2人も自分に怯えているかも知れないと考えて、フラフラとその辺りを歩いてたわけだ。


不器用なミラなりの、精一杯の気遣いだったのは分かる。


俺とルークの会話なんて面白くもないだろうが、1人で居させるよりはマシだな。


「え〜と……そうだ。4分の1がヤバいって話だったか。簡単に説明するから、よく見とけよ?」


早速説明に入ろうと、足で地面に4本の縦線を引く。

4分の1がと言う数字のヤバさを分かってもらうため、部隊全体を4本の線に見立てて話を進めた。


「今、部隊の4分の1が死にました。つまりこの4本の線のうち、一本が消えたわけだ」


そういって1本の線に×印を書き足す。

正常な線は3本。だが当然、これら全てが健康な兵士じゃない。


「戦闘は、死者の倍の数だけ負傷者が出ると言われてる。4分の1が死んだなら、負傷者は4分の2だ。負傷者の内訳は、自力で動ける者と支えが必要な者が半々だとしよう。当然だが後者は戦えない。となれば」


2本の線のうち1本に×印を、もう1本には斜線を書き足す。

戦えない者が×、戦える負傷者が斜線だ。


これで正常な線は残り1本となった。


「だがさっきも言った通り、負傷した4分の1の兵士は支えが必要だ。つまり」


そして最後の1本にも斜線を書き入れる。

健康な4分の1の兵士は、負傷者の介抱にあたってもらわなければならない。


「ってこと。つまり万全の状態で護衛につける兵士は0ってことだ」


もっともこれは簡略的な説明で、実際には食料を守る兵や馬車を操る兵を考慮する必要がある。

なので状況はさらに厳しい。


数字だけ見れば、俺たちはすでに部隊として終わっているのだ。


「どうだミラ?納得できたか?」


「うん、よく分かった。でもディアナ。そんな状況が悪いのに、どうしてかみんな慌ててない」


「そりゃ、お前のおかげだよ」


そう、今のはあくまで数字上の話。

今回は少し事情が違う。


戦闘の後は死者より負傷者の方が多いのが相場だが、ミラの大活躍のおかげで、こちらの怪我人は6人と異様に少なかったのだ。


その6人も皆が軽傷。

つまりこの部隊は本当に7人を失っただけで、残りはまだ戦えるのだ。


「頑張ったなミラ。よくやった」


「そう。なら、もっとたくさん褒めて」


まるで小動物のように、頑張ったから頭を撫でて褒めろと言わんばかりに亜麻色の髪を寄せてくる。

普段はクールなのだが、どうして褒められたい時だけ幼児退行するのだろうか。


まぁ一切金のかからない褒め方で大満足してくれるので、俺にとってはありがたい限り。

この程度ならお安い御用だと、髪が乱れないよう丁寧に頭を撫でてやった。


「よしよし。よく頑張ってくれたなミラ。だけどな、状況は悪いぞ?」


「どうして?」


「どうしてって……」


単純に敵が強いんだよ。

そんな強キャラ感全開のとぼけたセリフはやめてほしい。


流石にルークは例外だが、その他の近衛兵は個々の力で敵に劣っているのだ。


敵が魔法まで使えるなんて想定外すぎる。

貴族でも一部の人間しか使えない技術なのに、それを敵全員が当たり前のように。


こうなると1つ問題が出てくる。


もし敵が傭兵なら、少なからず名が売れているレベルの実力者のはずだ。

ならばエイス王国の情報網を使えば、死体から身元や出身は特定できるはず。


そして当然、王宮から国境線へ行く途中で襲撃を受けているルークは、敵の正体を調査しているはずだ。

なのにどうして敵の正体を俺に知らせない?


……まさかとは思いつつ、ルークの方へ視線を向ける。


コイツ、何か隠し事をしてないか?


そう考えれば色々と辻褄が合ってしまう。


俺たち外部のボディガードが入るのに強く反対していたのは、よからぬ計画を企んでいて、それに支障が出るから?

こんなふざけた進行ルートを通るのは、国王の命令に逆らえないからじゃなく、この道じゃないと不都合な計画があるから?


嫌な思考がは凄まじいスピードで進んでいく。

コイツには、もう少し警戒した方がいいのかも知れない。

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