第11話 早すぎる展開
暗い森の中を、3台の馬車が護衛に囲まれて進む。
その真ん中の馬車では、見つめ合う2人がいた。
甘い響きの言葉だが、その1人は滝のように汗を流している。
当然だ。
まさかこんな目に遭うとは予想もしていなかったのだから。
「あの……リーちゃん?」
「何でしょう?」
「どうして俺は、手足を縛られてるのかな?」
身動きが取れずに座る俺と、相変わらずベールで顔が隠れているリーちゃん。
心なしか笑っているような雰囲気がある。
ハードな趣味の持ち主のようだ。
「そっか……リーちゃんら相手を縛り上げるのに興奮するタイプなのか」
「ち、違いますッ‼︎原因は貴方にあるんですよ⁉︎さぁ、自分の胸に手を当てて考えてください」
「無理だよ。縛られてるのに」
ベールの下からチラリと見えるリーちゃんの首が赤くなっている。
冗談で言ったつもりだったんだが、そんなに恥ずかしがるということは図星をついたか?
不思議な話だが、世の中にはそういう女王様が大好きな人が一定数いるらしい。
ムチを持っているとなお良いとか。
それはそれで変態ばかりの国になりそうだが、リーちゃんが満足なら何も言うまい。
「女王様の国か……素晴らしいな。俺は巻き込まれたくないから出ていくけど。まぁ頑張って」
「やめてくださいッ‼︎ホントに違いますからねッ⁉︎」
じゃあ何で俺のこと縛ってるんだよ。
まぁ……心当たりが無いわけじゃないんだけど。
色々と都合が悪いので黙っていたのだが、この様子だとバレてるのかもしれない。
案の定と言うべきか、これから真面目な話をしますと言わんばかりに、リーちゃんがベールを向けてきた。
「さぁ、答えてくださいディアナさん。貴方は『ギフト』を持っていますね?」
「ん?なんか言った?」
「とぼけないでください。貴方は神から特別な力『ギフト』を与えられた人間ですね?」
ちゃんと言い逃れできないように二度も念を押してくる。
リーちゃんの言う『ギフト』とは、文字通り贈り物のこと。
誰からの贈り物かはわからない。神様だと言う人もいるくらい、あいまいなものだ。
100万人に1人、確率にして0.0001%で生まれてくる『ギフト』を持つ人間。
才能という一言では片付かない特殊能力を持つ者のことだ。
誰もが羨む存在……のように世間では思われているが、何事にも例外はある。
「王族の情報網ってのはすごいな。どうやって調べたんだ?」
「やっぱり持ってるんですね。あのルーク相手に物怖じしないなんて、おかしいと思ったんです。その自信の源は『ギフト』だろうと思ってました」
得意げに胸を張るリーちゃんに乾いた笑いが込み上げてくる。
どうやら、かなり的外れな推測が偶然当たっていただけらしい。
これだけ事実と正反対の思考で真実に辿り着けるあたり、今日も俺の『ギフト』は絶好調のようだ。
正直あまり話したい内容ではないが、もう黙っていられないろう。
既にボディガードの契約は成立してるし、ここまで隠し通せただけ良しとすべきだ。
「確かに俺は『ギフト』を持ってるよ。けど……リーちゃんが想像するようなもんじゃねぇぞ?例えば……ほら」
縛られた足先を動かし、トントンと床を叩く。
その様子にリーちゃんが首を傾げていると……
バキッ‼︎
大きな音が鳴り馬車が大きく揺れる。
馬車はすぐに止まり、外から慌てた兵士の声が聞こえてきた。
「も、申し訳ありません皇女様。馬車の車輪が壊れてしまったようで……。すぐに修理いたします」
慌ただしい足音が馬車の周りから聞こえる。
だがリーちゃんの視線が外へ向くことない。
そのベールは、俺の方を向いたまま固まっていた。
「貴方……何をしたんですか?」
「何もしてねぇよ。俺の『ギフト』はそういう力なんだ」
無罪を証明するように、靴の裏を見せる。
当然、馬車の車輪を壊すような仕掛けは一切ない。
「知ってるか?世の中には『不幸』ってギフトを持つ奴がいるらしい。望んだことが叶わないように運要素が傾く能力。ソイツは『史上最低のボディガード』って呼ばれてるんだ。人を守りたいと思ったら、ソイツに危険が迫るように運が傾くからな」
ベール越しに息を呑んだのが空気の揺れで伝わってくる。
そして数秒の沈黙の後、そのベールが前に揺れた。
「そッ……そんなとんでもない秘密を抱えておいて、よくあれだけの大口を叩けましたねッ⁉︎何が『敵の親玉の首までとってやる』ですか‼︎貴方、本業は詐欺師でしょう⁉︎」
「いやそんな……詐欺師の才能があるなんて」
「顔を赤くしないでください‼︎褒めてませんッ‼︎」
声がかすれるほど叫ばれ、流石に心がチクリとしてしまう。
そして同時にありがたい。
俺の『ギフト』の影響は物理的な距離、そして心理的な距離の両方に影響してしまう。
そんなに思い入れのない奴でも、俺に近くにいると転んだり、思い入れがある人、例えば家族なんかは遠くにいても事故にあったりするのだ。
つまりその両方の距離が近いのは最悪。
リーちゃんとの物理的な距離は近いが、これで俺を毛嫌いしてくれれば心理的な距離が広がり影響が薄れてくれる。
「まぁまぁ、落ち着けよリーちゃん。狭い馬車で悪いけど、ゆっくり座って」
「わ、悪かったですね。私の馬車は狭くて」
もうハァハァと肩で息をしている。
お淑やかさ、優雅さはどこへやら。
やはり秘密にしておいてよかった。
最初から言ってたら絶対に護衛の依頼なんてしてくれなかっただろうからな。
リーちゃんも仕方ないって感じで呼吸を整えてる。
今更依頼のキャンセルも難しいと思っているのだろう。
完全に予想通りだ。
「はぁ……でもこれでディアナさんが『黒猫』と呼ばれる理由がわかりました。その真っ黒な布で覆われた腕と脚が理由かと思っていましたが、不幸を呼ぶ『黒猫』にかかってるんですね」
これは布じゃないんだけどな。
まぁ説明するのも面倒だし放っておいてもいいだろう。
それより……ッ⁉︎
「あの、ディアナさん?」
聞こえてきたのは、針が落ちた程度の小さな金属音。
音の元は馬車の外……その数はどんどん増していた。
「ディアナさん?私の話を聞いて……」
「リーちゃん静かに。そのままゆっくり伏せて」
縛られた両手両足の縄を切る。
ハラリと落ちた縄を見て絶句しているリーちゃんだが、今は構ってる暇がない。
これは流石に想定外だ。
いくら何でも展開が早すぎる。
ドンッ‼︎
鈍く大きな音とともに地が揺れる。
馬車の外で、鋭利な金属同士がぶつかる音がハッキリと鳴り出した。
「敵襲ッ‼︎敵襲ッ‼︎」
響き渡る近衛兵の声。
焦りが伝わってくるような早口のダミ声だ。
「リーちゃんは外に出るな。絶対だぞ⁉︎」
しつこいほど念を押し、馬車を飛び出す。
本来ならば、穏やかな森が視界を満たすはずなのに。
辺り一帯の光景は、すでに戦場と化していた。
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