第10話 地獄への道は……
「なぁミラ……今からでも依頼キャンセルできないかなぁ」
「ダメ。あれだけの啖呵を切った。今更それはできない」
「でもさぁ、これは流石にないだろう」
それは一言で表すなら最悪だった。
天幕で俺へ護衛を依頼するのが決定した後、俺たちはルークから護衛計画についての詳細を聞かされたのだ。
色々と頭の痛くなる内容だったが、最後まで黙って話を聞いていた俺は相当優しい人間だろう。
ミラがアンを窒息させかけた負い目がなければ、テーブルくらい蹴り飛ばしていたかもしれない。
そんな最悪な話を聞き終えて外へ出てみると、目の前の光景が広がっていたというわけだ。
皆が王宮へ帰るための準備を整えている、この光景が、
「出発が早いのは賛成だぜ?ここは国境の紛争地帯だ。1日でも早く安全な王宮に着くべきって考え方はいい。でもなぁ……」
自分の右手からクシャッと音がする。
握っていた地図にシワができた音。
かなり強く握ってしまっているが、もう見返すこともないので構わない。
頭の出来はいい方ではないが、それでも内容は目に焼き付いてしまっている。
これは国境から王宮までが入る縮尺の地図。
ここから王宮までに4本の線が引かれていた。
街道を抜ける黒い線が3本。
そして王都まで続く森に、蛇のようにうねる赤い線が1本。
皇女様がこれから進むのは赤い線の道だ。
「森の中なんて視界の悪い場所を通るって……。ありえねぇだろ。もっと他に安全な道はある。国王様は普通に街道を通るってのに」
ちなみに、皇女様と国王様が別々の道で帰るのは、仲が悪いから、とかではない
これは万が一に備えて、つまり片方が死んでも王家の血が途絶えないようにするためだ。
エイス王国に限らず、王族は基本的にこういう移動の仕方をする。
同じ道を進む場合もあるが、少なくとも馬車は確実に別々にするし、距離もしっかりあけるのが定石だ。
そして今回は、それに加えて囮の部隊まで用意されている。
地図に書かれた4本のルートのうち、王様と皇女様が1本ずつ。そして残りの2本は囮が使う。
一見すると囮まで用意しているのは素晴らしい配慮のように思えるが、これが当てはまるのは、戦力が十分な場合だけだ。
囮を使うと言うことは、それだけ近衛兵を分散配置するということ。
ただでさえ戦力に不安がある状況でそんなことをするから、本物の皇女様と同行する近衛兵は30名になってしまっていた。
そして、この30人を部隊内でさらに分けるのだ。
皇女様が乗っている馬車を特定されないようにするため、ダミーを含めて3台の馬車を用意する。
それぞれに近衛兵を割り当てれば、一台あたり10人。
だが行軍中は少し離れた四方に哨戒の兵士を配置するし、加えて食料などの荷物を運ぶ兵士も必要になる。
実際に皇女様の馬車を守るのは6〜7人だ。
そんな最低な計画にミラもストレスを溜めているのだろう。
一見すると普段と変わらぬポーカーフェイスだが、瞳の奥が冷たかった。
「よかったねディアナ。きっとディアナが信頼されてるから、こんな最低な計画になってる」
「サラッと俺のせいみたいに言わないで。むしろミラのせいで大変なことになってるから。見てみろ。食料があんなに積まれてる」
ダミーの馬車に食料を積む近衛兵が可哀想になってくる。
他の隊よりも明らかに積み込んでいる量が多いのだ。
ミラが皇女様との食事の席で、1人で鍋を空にしたからだろう。
あんなとんでもない殺気を放ったやつが、おかわり要求して断れる訳がない。
信じられないだろうが、ミラはこんな細い腰で吸い込むように料理を食べるのだ。
ルークが目玉を落としそうなほど目を見開いていた、といえばヤバさが伝わるだろう。
そんなわけで、他の隊の倍はあろうかという食料が積まれている。
皇女様に気を遣ってもらったというわけだ。
「近衛兵が戸惑ってんじゃんか。誰がこんな量の飯を食うんだろうって。言ってきなさい。食いしん坊は私ですって。動物みたいにご飯を食べますって」
「うん、分かった。ディアナがそう言うなら言ってくる。でも食事代が報酬から引かれるかもしれない」
「冗談に決まってるじゃん?無料って事にして死ぬほど食ってやろうぜ」
食料のことで喧嘩を売るべきじゃなかった。
相手が悪すぎる。勝てるはずがない。
まぁ妥協して見方を変えれば、ミラの食いしん坊も悪くはないのだろう。
今回の護衛は荒事に慣れていないアンとリーちゃんが関わっている。
リラックスできる要素はあった方がいい。
実際、天幕ではミラが鍋を空にしたのを見て、2人とも愉快そうに笑っていたし、最終的には3人で食事についての話に花が咲いていた。
依頼人が安心できる要素になるなら何でも構わない。
襲撃された時、パニックになって走り出されたらシャレにならないからな。
ちなみに、今回の護衛計画を決めた人物は、近衛隊長のルークすら全く口答えできない人物。
そいつは俺たちの真横、といっても豆粒ほどの大きさにしか見えないくらい遠くではあるが、大勢の近衛兵と一緒にいた。
兵士を側に伴った肥満体型の中年。
赤いマントに身を包み、頭にはエイス王国の頂点たる証、金色に輝くクラウン。
国王様だ。
「ホント、勘弁してほしいよなぁ」
まさか国王様を相手に、お前の考えたルートはクソなので別の道を行きましょう、なんて言えるはずもない。
不敬罪で首と胴がお別れしてしまう。
ルークが言うには、森なら身を隠せるし安全に帰れるだろう、とか悪気のない善意で立てられた計画らしい。
「地獄への道は善意で出来ている、なんて言うけど、今ほど身に染みることもないな」
「ディアナ。私たちと同じ基準で考えちゃダメ。護衛する側の苦労なんて、あの豚みたいな国王が知るはずないんだから」
やはり相当ストレスが溜まってるらしい。
ミラに関しては国王様に直接、バカなの?とか平気で言いかねないほど天然だからな。
あの王様がそういうこと言われて喜ぶタイプという可能性もあるが……想像するのはやめよう。
気持ちが悪くなってきた。
そんなことを考えていると、ふと遠くから笑い声が響いてくる。
ゲラゲラという太く大きな声。
またしても国王様だ。
「自分と娘が命を狙われてるのに笑い声って。感覚が麻痺してんな」
国王なんて立場になれば護衛は常に最高のものが用意されている。
それも生まれてからずっと。
感覚がズレるのも仕方がないだろう。
リーちゃんを見た後だから情けなく見えるが、王族なんてあれが普通だ。
いずれにしろ、皇女様が森へ入るのを止めることはできない。
今考えるべきは、どうやって守り通すかだ。
「ディアナ。何かに気を取られながら護衛はできない。集中しないと」
「分かってるよ。死んだら骨は拾ってくれ」
「骨……ねぇディアナ。話は変わるけど、スペアリブっておいしいよね」
何かに気をとられたら護衛できねぇんじゃなかったのかよ。
骨と豚の話から離れてねぇじゃねぇか。
マイペースなミラにため息をつきつつ、これから入る森へ視線を向ける。
ザワザワと鳴く暗い森が、心に不安の陰を落としてきた。
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