第4話 合縁奇縁

テーブルを挟んだ向こうで、メイドのアンが切羽詰まった声をあげている。

床に倒れていた俺がソファに座ってから10分間も。


内容はもちろん依頼についてなのだが、先程からありえない事ばかりを口にしてくる。


もうこれで10回目だ。


「し、信じてください。私は、エイス王国の王宮に仕えるメイドなんです。ボディガードを探していたのは、皇女リーズ様の護衛をお願いするためなのです」


「このお茶美味しいな。ミラ、茶葉変えたか?」


「それは水。ディアナ、舌がおかしくなってる」


「ちょ……ちょっと⁉︎話を聞いてます?」


聞いてるよ。

聞いてるけどさぁ……。


「冗談にしか聞こえねぇよ。依頼内容が、じゃないぜ?全部がだ」


当たり前だが、皇女様の護衛は国の兵士が務める。


それを外部のボディガードに依頼するのは『我々の国は自力で王族を守ることができません』と言うようなもの。


つまりは国家レベルでの恥晒し。

絶対にやるはずがないのだ。


あえて恥をかこうとしていない限りは。


「……そうか。もしかしてアンが仕える国王様って、恥ずかしい姿を見てもらって興奮するヤツ?」


「違いますッ‼︎なんて不敬な物言いですかッ⁉︎正式な依頼であることは、これを見てくれれば分かりますッ‼︎」


キレ気味のアンがおもむろに紙を取り出し、テーブルに叩きつけてくる。


何も文字も書かれていない紙。

ただ杖と剣が交差する印が押されていた。


印は傾いているし朱肉が滲んでいるけど……まさかこれって。


「ディアナ、これは何?」


「これは……エイス王国王家の家紋だ。家紋の押印ができるのは、その一族の者だけ。つまり王族だ。アンは、この紙を持ってる私は間違いなく王宮のメイドです、って言いたいんだよ」


当然だが、王家の印を捏造するのは犯罪だ。


それも盗みとか暴行なんて比にならないほどの重罪。

問答無用の極刑が待っている。


その印で軍隊すら動かせてしまうのだから、理不尽な刑罰ではない。

下手をすれば命でも償えない惨事に発展しかねないのだから、むしろ軽いとすら言えるだろう


だから王家の印は複製されないよう、特殊な朱肉が使われていたり、細かな模様に細工があったりする。

俺にこの印の真贋は分からないが、しかしアンの話は聞く気にはなってしまった。


俺たちを騙そうとするのに、王家の印を捏造するなんてリスクが高すぎる。

そもそも嘘としては余りにぶっ飛びすぎていて、アンにメリットが全くないのだ。


信じられないが依頼がマジである可能性も考えるべきだろう。


「……とりあえず話を聞くよ。続けてくれ」


「ようやく信じてくれましたね。ではまず、状況を説明させてください。我が国はカードル帝国とフラン公国という2大国に挟まれた小国です。カードル帝国とは関係が悪く、国境で軍が睨み合っています。皇女と国王は兵士の激励のため、国境付近へ赴いたのですが……帰れなくなってしまって」


「いや……なんで?」


「国境へ赴く途中で襲撃にあったのです。幸い皇女に怪我はなく、国境までは無事に辿りついたそうなのですが……。護衛の数が減ってしまい、帰り道に不安があるようで」


恥じるようにモジモジと俯くアン。


本当だったら顔から火が出てもおかしくない話だから、これは控えめな反応だろう。


あまりにお粗末すぎる。


「そんな状況になったら、普通は途中で引き返すだろ」


「皇女は国境の兵士を想ったのですッ‼︎国のために働く彼らに、少しでも労いの言葉をかけてあげたいと……」


一度も会ったことがない皇女様だが、どうやら理性よりも直情で動く人らしい。

仮に護衛をするにしても厄介なクライアントだ。


そして聞き逃せない言葉が一つ。

護衛の数が減ったと言っていた。


つまり国境まで行く途中で護衛が何人か死んでる。


王の護衛は、兵士の中でもエリートである近衛兵と呼ばれる者が勤めるものだ。


そんな近衛兵が苦戦した奴らを、一介のボディガードが相手にするのは荷が重すぎる。


『史上最高のボディガード』を探していた理由はここにあったのか。


「依頼内容は分かったよ。でも何で俺を史上最高のボディガードだと勘違いしてたんだ?そう言ったのは主人、つまり国王様だっけ?」


コクリと頷くアンに、なんと返せばいいか分からない。


俺はエイス王国の国王様なんて顔も知らないのだ。


小国とはいえ、国王という立場ならば世界中の正確な情報が入ってくるだろうに。


どこで何を誤解したのか。

合縁奇縁なんて言葉があるが、本当に人とはどう繋がるか分からないものだ。


とはいえ、どんな縁だとしても、俺の元へ依頼が来たのは事実。

利用できるものは、何でも使わせてもらおう。


金の匂いがするなら何でもいい。


「ミラ、すぐに出発だ。皇女様の元へ行く」


「ひ、引き受けてくださるのですかッ⁉︎」


目の前のアンが大きく口を開けている。

王宮勤めのメイドにしては品のないリアクションだが、それだけ無茶な頼み事だと分かっていたのだろう。

目まで見開き固まっていた。


「もちろん。それじゃ、この契約書にサインして。書いたら早速いくぞ」


渡した紙に、アンは急いで契約書にペンを走らせる。


いいねぇ。

何が書いてあるのかしっかり読まないところが最高だ。


「よし、契約成立だ。契約書は俺の方で保管しておくよ。さぁ行こうか」


ヤバい。足が勝手にリズム良くスキップしちまう。


依頼が終わったら金貨で満たされた風呂にでも入ってやろうか。

フフフッ。

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