観測記録の断片3 せめて満足いく結末を(2)

 出雲さん、出雲さん、出雲さん、出雲、出雲、出雲……、自らの名前を呼ばれる、呼ばれても一切の反応を芽生はしなかった。授業を受けながらも、心ここにあらずという感じで、全ての話を片方の耳から入れて、もう片方の耳へ聞き流す。


 態度が悪いと人は言うかもしれない、だが芽生の視線に立って考えてもらいたい、大好きな人が今この瞬間も死の瀬戸際に居るのにも関わらず、自分はこうしてもう理解している授業を受けている始末、惨めな気分だ。何もする事ができない自分自身が、本当に嫌になる、そんな祈る事しか出来ない現実に吐き気を催す程うざったらしい。


 シャープペンシルの芯を無限に出しては戻しを繰り返し、1時間2時間3時間と経ち、ついには放課後を迎えた。誰からの言葉も無視し、芽生は芽生だけの世界に籠る。


 ここまで近寄るなというアピールをすれば、運河公命が倒れてから1週間もすれば、皆空気を呼んで近づく事は無くなった。一部の例外、何故ここまで芽生の機嫌が悪いのかという理由を知っている人間を除いてはだが。


「おい、いつまでその調子でいるつもりだよ」


 コツンと芽生の頭を、少し重たいバッグで小突かれる。痛い、それだけの感想しか出ない、濁り切った瞳は、目の前に居る立花巴を反射して捉える事は無い。


「別に…、思った以上に私は無力だったなって、自分に関してはどこまでも成長させられる。目標の為なら私はどこまでも頑張れるし、それを達成する事も容易だったけど、他人の事はどうしようもできないって知って、丁度絶望してるところだよ…」


「今の出雲の姿を公命に見られたら、なんか言われるだろ?どう言い訳するんだ?」


「私達が定めた目標は、少し難しすぎたみたいだね。でも君は気にしなくていいよ」


 無気力に黒板を見続けながら、芽生は運河公命との会話を再現し、彼から返ってくる返答は口にせず、自らが口にした事だけを立花巴に伝える。


「まぁ、出雲ならそういうだろうな…、でもきっと公命は、でもって答えるよ」


「どうして?私の1年そこらの再現度じゃ、君達の十数年には理解度には勝てない?」


「いや、出雲に会わなかったらそれすらも無かっただろうけど、出雲に会ったからこそ、今の公命はもっと生き足掻くよ」


「そうか…、私に会った所為で公命君は今も生き足掻いているのか…、苦しんでいるのか…」


 それを強制させた訳ではないけれど、芽生がせめてそうしてくれることを祈った事で運河公命が苦しんでいるのは、凄く嫌な気持ちになっていた。


「そうだ、立花君に聞きたいんだけどサ」


「おう、なんだよ」


「立花君は、本格的に野手転校をするみたいだね、ニュースで見た」


「あぁ、別に投手として大成するつもりは無いよ」


「そうか、じゃあ君で八つ当たりをしようかな。立花君の引退登板でもして」


「は?」


 グラウンドにジャージ姿の二人が侵入してきた時は、歓迎の声と疑問の声が上がる。部員たちや監督ならば立花巴の了見は理解できるだろう、練習に参加しに来たのだと少しだけ体を動かしてもいいか?という理由だと、けれど隣に居る人間が我が物顔でグラウンドに入ってきているのかは理解出来ずにいる。


 恐らく皆、芽生が誰かという事は知っている、何をしても完璧にこなす人間、ずっと部活動を通し傍に居た、まず間違いなく立花巴よりも才能に恵まれている人間、あるいは手軽に見る事が可能な完全無欠。鬼才と言われた出雲芽生だと。


「監督少しだけ、選手と時間借りていいですか?」


「あぁ、別に構わないが…、何をするつもりなんだ?」


「あー、うーん、引退登板と憂さ晴らしですかね?」


 グラウンドで一番小高い場所、マウンドに立花巴は君臨する。この年の夏このマウンドに登り、4番として打席に立ち、世間を沸かせた人間が最後の投球を開始しようとしている。バッグは新チームのレギュラー陣。打席に立つのは、どうしてか芽生だった。


「………流石に女に140キロは打てねーだろ、巴先輩も何してるんだ?」


 ヒソヒソと周りから、女じゃ無理だという声が聞こえてくる。確かに芽生であっても女でありながら、男を凌駕する様な肉体を持っている訳ではない。女としての運動性能は極限まで極められている事がっても、それでも男の上位層に掠る事さえできないというのがこの世の摂理ではある。肉体的構造に成長幅、筋肉の総量からして違うのだから当然だ。


「俺が3アウト取るまででいいんだよな?」


「えぇ、精々本気で相手をしてくれることを期待してる」


 その言葉と同時に立花巴は振りかぶり一球目を投げる。芽生は見逃し、ストライクのコールが響く。二球目は空振り、三球目はバットに当たりはしたがそのまま捕手のグラブに吸い込まれ結果は三振に終わった。


「1アウト目…」


 三振後の一球目を芽生を振り遅れながらも食らいつく、打球弱く三塁手へのフライと言った所だった、ファールゾーンに飛んだ故、捕らなくてはアウトにはならない。だからか、女だからいい気にさせようと余計なお世話をしたのか、三塁手はやる気なくボールを追う事はしなかった。


「貴方、真面目にやらないの?一応練習中でしょ?本番でもそうやって手を抜くの?」


 やる気のないプレー、どちらかと言えば接待と言った所か、そのプレーに対し芽生は嫌悪感抱く、自分が舐められていると感じたというのが正しいのかもしれない。


「いやー、折角当てた打球をすぐアウトにするのも勿体ないかなーって、いやここまで飛ばせただけで凄いと思いますよ?本当に」


「そう、でもそれは余計なお世話だから、すぐ意識を改める事を助言するよ」


「二球目いいか?」


「えぇ、いつでも」


 芽生はバッドを強く握る、二球目は真ん中からアウトコースへ逃げる球だった。4球で自らに一番合う理想のスイングと、今行っているスイングのズレを確認し、それを脳内で修正する。五球目のそのボールをスイングするときにようやくズレを完璧に修正する事ができた。


 キィーンという快音が響く。鋭いスイングと称すに相応しいスイングが先ほど手を抜いた三塁手の顔を掠める、気を抜いていたが故に反応が遅れ尻もちをついたその姿を見て、芽生は笑う、その姿が本当に心の底から笑え、気分が良かった。


 スカッとしたそんな全てをひっくるめ、一つ立花巴に提案する。芽生という存在を舐めてかかるとどういう事かを、証明するように最大限の嫌味を込めて、運河公命が大変な事になっていて、それ故抱えたストレスの所為か、芽生の性格はそれはもう醜いモノになっていた。


「今のアウトでいいよ、サードが真面目にやってたらライナーでしょ?」


「それは否定しないけども、まぁいいか…貰えるアウトは貰っとくに限る」


 ボールを返却して貰い、3アウトを取る為に立花巴は振りかぶる。けれど相対するは再現性の化物だ、力が無くても選手間を打球が抜けるか、内外野の間にボール落とす、そして頭を越すようなライナーの打球を打てば事実上塁には出られる、野球に置けるヒットというのはとても単純な事だった。


 キィーンと快音が続く、どんなコースに来たボールに対しても理想と言われるようなスイングをする、どんな変化球が来たとしても投げる前の僅かな仕草、そして何より立花巴を理解し再現してしまえば、コースの特定はできなくとも球種の特定は、芽生にとってはいつもやっている事だった。


「はい3点目、なおもランナー2,3塁一打で5点目、くしくも立花君が負けたあの試合の再現をしてしまった…、さぁ立花君はどうする?あの時みたいに捕手のサインに従って裏をかくかい?それとも己を信じてみるかい?」


「はは…、そういう事かよ。嫌な奴だな出雲って、まぁいいさ投手として唯一の心残りを解消させてくれる機会をくれるなら…、それには感謝しなくちゃあな!」


 立花巴が放ったのは、決勝点を献上する事になった裏をかいたカーブではなく、決して自信がある訳でも無く、甲子園という舞台に立ち。自分は投手としてはそこまででもないという事を知るに至ったストレート、けれど、どうしても周りの自分より凄い投手を見ていると、自らのストレートに自信を持てなかった、故に捕手に指示を仰いだ、逃げたのだ。


 その時、あの舞台で逃げた事は決して消えない、いつまでも立花巴は後悔するだろう。けれど態々、親友の恋人である同じ人間とは思えない鬼才が態々打者のフォーム、そして打席での利き手まで真似て、再現してくれたこの機会を逃す訳には行かない。


 だから立花巴は、最後まで自信が持てなかった。けれどあそこで投げたかった一投を投じる、それでも簡単に弾き返されるのであれば悔しくも無い、抑えられたとしてもあの日同じ選択を出来なかった事を悔いはしない。


「お見事、立花君のボールは私の再現を上回ったよ…」


 たかが練習、しかも女相手。けれど立花巴は叫ぶ、嬉しさの余りガッツポーズまで加えて、それに混じる気は芽生には無い。けれど時間を割いてくれた監督と見ていた部員に頭を下げてグラウンドの外に足早にでるのだった。


 丁度良い所にあった椅子に腰を掛け、芽生は空を仰ぐ。完全に状況再現するというのは、中々に疲れる事だった。もう二度とやりたくないと思う程度には額から汗が流れ、それと同時に酷い自己嫌悪に襲われる。運河公命が必死に生きている間に、私という人間は何をしているのだろうと。


「わっぷ………、ちべた…」


「お疲れ様、芽生ちゃん。巴の為に色々やってくれてありがとうね」


 空を仰いでいた顔を覆う様に、白い布が眼前を覆い、見えなくなった視界から位置を知らせるように、首元に良く冷えたペットボトルを当てられた。


「いおりん、居るなら応援してあげればよかったのに、そしたらもっと早く終わっていたかもしれないよ?まぁ私の素の実力が凄すぎるからそうはしないんだけどサ」


「今日、巴と話してきたの」


「何を?」


「気持ちは嬉しい、私も同じ気持ち。だけどまずは北大受けて合格して、最低限巴の隣に自分が居てもいいんだっていう自信をつけるから、それまで待ってって」


「ふーん、それに立花君は納得した訳だ。そしてそれも公命君の入れ知恵でしょ?私は、後は二人が自分で気づいて進むべきだと思ったけど、公命君はそうは思わなかったのかな?」


 運河公命と芽生の考えかたの違いを今知った、当たり前の事だが想いは寄せ合う事ができても、考え方までを同じにする事はやはり無理らしい。それも再現してしまえばできるのだろうが、運河公命との関係では、もう再現なんてしなくてもいいという考えに至った芽生にとってはどうでもいい事だったのだが…。


「ああああアアアアアッ!……公命君と一緒にクリスマスデートしたいなー、一緒にアメリカに来て欲しいなー、それが無理なら空港で見送って欲しいー!ずっと傍で私を支えて欲しいなぁー、不安な時も寄り添って欲しいなあああああっーあぁあ!」


「いきなりどうしたの芽生ちゃん」


「愚痴………。やっぱり寂しいよ、早く目を覚ましてよ、私を……独りにしないで…」


 タオルに隠れた顔から表情を読み取る事は出来ない、けれど小山伊織は確かに目で、耳で直接確認した。完璧な彼女でも弱音を吐く事はあるのだと、そして自らの全能性を持ってしても何もできない無力さ故の悔しさを持っているのだと。どんなに怪物の様な才能を持っていたしても、常軌を逸する存在であったとしても、やはり彼女も人間なのだ。


 例え彼女が本当に怪物だとしても人として生きているのであれば、人間故の弱さは確かに存在する、だってそうでなくてはこの表情をしないだろう、子供の様に泣きじゃくるその表情は確かにタオル越しでも分かる。出雲芽生が化物でも怪物でもなく、彼女もただの人である事をその涙が証明していた。




 11月下旬、例年と同様に、北海道では平地にも雪が深々と降り始める。それ以前から最低気温だけで言えばマイナスに辿り着き、既に冬といっても過言ではないのだが、雪国の人にとっては積雪こそが冬の始まりを意識させるモノらしく、今年も冬がやってきたという気分に学校の生徒はなっては…………、いやしなかった。


 なぜならば11月下旬、つまりはセンター試験や共通テストまで二か月を切っているという事、就職組は続々と進路を確定づけるが、進学組はまだ始まってもいない道半ばという状態であるからこそ、教室はピリピリとした雰囲気を保っている。


「居心地ワリィー、かといって伊織の邪魔する訳にもいかないしぃ、暇だー」


 立花巴は嘆く。既にプロとの契約は締結し、1月には球団が主催する新人合同自主トレがくしくもセンター試験や共通テストと被っているような時期に待っている。


「そうだねー、これまでの成果を出すのが受験というのなら、今までの学び得た事を発揮すればいいのだから、今真剣になる理由が私には分からないなー」


「どうしても出雲はいつも、自分は別だと考えられるのか…俺はそれが疑問でならないわ」


「うーん、立花君と同じだよ。日頃から努力しているのだからそれを発揮するのが選手ってものだろう?私は選手じゃないけれど。まぁ練習は本番の様に、本番は練習の様にってやつだ、私は人に思われている以上に、才能に縋りついてきた人間ではないのさ」


「そういうもんか…」


 その答えを後にしばしの沈黙が訪れる。芽生が作る事が出来た本当の意味の表面的に体裁の為に作る友人でもなく、手駒にするには丁度よいからでもなく、一緒に居て不快感の無い友人という存在である、立花巴と小山伊織だが、そういう相手を作り慣れて無いが故、芽生は言葉に詰まる。


「えっとさ」「あのさ」


 ちびちびと飲んでいたペットボトルから口を離し、意を決して話題を振ろうとした瞬間、それは二人とも同じ気持ちだったのか、思わず同じタイミングで話してしまった。


「立花君からでいいよ、きっと言いたい事は同じだろうから」


「そうか、じゃあ遠慮なく…、公命にはちゃんと会いに行ってるのか?アイツちゃんと目は覚ましただろ?心なしか意識がなくなった時より元気にも見えるし…、出雲のお蔭なのかなって」


 そう、運河公命は立花巴の引退登板の後に目を覚ました。だからこそ3人は友の帰還、恋する人の帰還を祝う為に集った。しかしそこにあったモノは無情で、どうしようもなく衰弱しきった運河公命の姿だった。


 いつも通りの談笑も、癖と呼べた行動も何もかもが一瞬の遅れが生じる。だからいつも通りの会話だとしても、その一瞬のラグとも言える一瞬こそがもう普通の運河公命は元には戻らないのだと証明していた。


「私はちゃーんと会いに行ってるよ?だって恋人だもん。でも立花君達は会いに行ってないよね?公命君が寂しがっていたよ」


「会いに行ってやりたいって気持ちある…。まぁ伊織は少し厳しいかもしれないけど…、でも公命を見てるとさ、どうしてだって、なんで公命がって、そう思わずにはいられないんだ、そういう気持ちで会いに行ったら同情してるってわかるだろ?きっとさ」


「まぁ、確かにそれはバレるかもね、まぁいいや私は今日も会いに行ってくるから、言伝があるのなら幾らでも聞くよ?」


 芽生は指で丸を作り、その行為が無償で行われる事ではないという事を暗示させている。お金には全く不自由していない筈なのにも関わらず、どんな小金でも貰えるモノであるのならば欲しいと思ってしまうのは、自らが稼ぐまでは金銭的には不自由だったからこその感性なのかもしれない。人というものは簡単にはやはり変わらない、技術は幾ら進歩しても、いつまでも似たような理由で争っている、進歩よりも進化していないという言葉の方が正しいのだろう。


「なら自分で行くっつーの…、てか出雲はさ、金めっちゃ持ってるんだろ?だったら要らねーだろ?なんかそんなお金にがめついと…なんか、そのー、えっとさ…」


「何を言うか!お金はあるに越した事はないよ、そもそも私の家は貧乏といえる方だしね、お金があって困るのは、私の死後起こるであろう遺産や、そもそも私が保有している………そういう話が聞きたい訳じゃないか…、立花君が本当に聞きたいのはどうして私がそんなにお金を持っているのか、かな?」


「うん、まぁ…、うん正解」


 プロ野球選手、それも大注目のドラフト1位となると契約金は1億円とも言われる。その金額から仮に所得税を引いてたとするのならば、約5千万となる。その金額を何かに属している訳でもない芽生が持っているというのは、それだけ聞けば確かに法外な事をしているんじゃないか、人には言えないような事をやっているのではないかと疑うのは、まぁそれは当たり前の感性であろう。だが芽生は、間違いなくまっとうな方法で中学生の頃から5年かけて溜めたお金であるという事を、誰でもない私という存在が証明できる。


「なに?立花君は私がパパ活でもやっているとでも思ってるの?」


「いやぁ、そーいう訳じゃないけども、なんかグレーゾーンに居そうで怖いって感じはある…かも?もしそれで悪い事をしているなら、公命に近づくなって声を大にして俺は言う。公命がそれを望んでいないとしてもね」


「なんか私ってそんな風に見られたんだって、ちょっとショックー。酷い…友達だと思っていたのに………、なーんて嘘なんだけどサ。大丈夫中学生の頃お父さんにお金を貸してもらって起業して、まぁ色々やって高3になったと同時に後は後任に任せただけだよ、私が作った会社だけど、もう私とは繋がりが無いからどうなっているかは知る由もないけど…、まぁちゃんと数年間に渡っての計画書は残したし、きっと大丈夫でしょ」


「それをさも当然化の様にいう、出雲の事が俺は少し怖いよ化物みたいで、でもよく成功した会社早々に手放したな、俺ならもったいなくて手元に置いておきたいけど」


「私の事を化物みたいだなんて言わないでくれよぉ、私はたった一人に恋するただの人間だよ、心を持った怪物じゃないのサ。まぁ手放した理由は他にもあるけれど、一番の理由は必要なくなったからだね、今あるお金を元手にすれば金銭問題は大体解決できるし、方向性までお膳立てしてあげたんだから後は大人でやりなよっていう子供からの皮肉でもある。あとは、そうだなぁ、学生らしいことなんてしてこなかったから、最後の1年くらいは、はっちゃけようかなって思ったのが理由かな」


 その高校最後の1年を、本当に人生最後の1年の人間に恋してしまうのもどういうものなのかと、少し立花巴は呆れてみせた。そして私からも一つ言わせてもらうとするのならば、その人生最後を自由に生きようとした運河公命もだが、彼女らは運命的な出会いをした、それに疑問はない。


 お金を集めきりテンションが昂った所に現れた、芽生に興味が無さそうな男。そして自分がした勘違いから関係が始まり、芽生は運河公命の再現出来ない事で目を引かれ、心を惹かれ、いつしか想いは恋となった、だからこそ夏祭りのあの日少しばかり早いプロポーズをして玉砕し、そして自らの気持ちに気づかないフリをしていた。運河公命は自らの魂を変質させてしまう程の重い想いを背負ってしまった。そして芽生もまた運河公命を再現出来なかった理由を悟り、運河公命との別れを実感しまた彼女も己の魂を変質させてしまった。


 どちらも私の特異点(お気に入り)だ、そしてどちらも観測してきた中でも飛び切りの特異点だった。ここから辿る結末などたかが知れている、けれど私は最後まで彼女らが至ったこの人生の結末を見届けたいと思っている。


 出雲芽生、運河公命の魂が歩む旅路は困難なモノだろう、両者が両者を想うがあまり、きっと何度も両者は出会う人生を遂げ、そして望む結末に辿り着くまで繰り返すのだ。


 それが1度目で済むのか、百度繰り返すのかは分からない、だからこそせめて今回の彼女らの人生が納得いく結末である事を私は願う事しか出来ないのだ。


「……っと、もう時間だ。まぁいおりんには最後の追い込み頑張ってって伝えておいてよ、私は私で頑張っとく」


「あぁ、了解」


 キンコンカンコンと予鈴が鳴り響き、開いたままだったペットボトルに蓋をし、芽生は自分の教室へと、足取り重くし帰る。大してやる事が無いというのは本当に暇らしい、努力を怠った事が無いからこそ、どんな状況に置いても自信を持って行動できる、それがこの状況に置いては不利に働いていた。


「まぁ、どの道クリスマスまでは暇だなー、叶わない目標でも待つ位はいいよね?待っている間も拡大解釈をすれば、きっとそれはデートだ…、君が来なくても私は楽しめる…よね?」


 ボソっと芽生は独り言を呟く、運河公命とした三つの目標は一つでも叶うのだろうか?一つでも叶ってくれれば、それは芽生にとってかなり救いになるという事を考えながら、今日も芽生は、独り運河公命を想う。


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