観測記録の破片2 最高の人生への道中(3)

9月上旬、夏休み後に発表されたアンダー18WBSCメンバーの一人に立花巴が選ばれ、ただでさえ英雄の凱旋を祝う生徒達が更に大きく盛り上がり、この街にとって立花巴は紛れもなく時の人となる。そして立花巴が合宿に向い、学校が落ち着きを見せた頃だった。


「あぁー、数少ない友人が居ないって言うのは…、なんとも暇だ」


「だからってなんで私の所来るんだ?そういう時は芽生ちゃんに構って貰うべきでしょ」


「いやぁ、何もしてない筈なんだけど、最近距離置かれてる気がしてね、それに巴の状態はどうなのか聞くために来たんだから、小山さんが一番でしょ?」


 公命が放った一言から数秒の静寂が何故か訪れる、故に公命が小山伊織の顔色を窺う為に彼女の方へと視線を向けると、そこには嫌そうに顔をしかめた小山伊織が居た。


「同じ様な事聞かれ過ぎて嫌になった顔だね、それは」


「良くわかったね、本当に私とアイツが幼馴染だからって…あいつら関係が深いとばかり思いこみやがってぇ」


「そうなりたいと望んでるくせに…、隠しきれてないよ。巴より短いとはいえ小学生からの付き合いなんだ、それ位は見てれば丸わかり」


「うるさいなぁ、そんな事は自分でもわかってるんだよぉー。でも今までの事があるから素直になれなぃー」


 窓から顔を出し、まだ一口も口を付けていないペットボトルの水を、ちょろちょろと外にある花々に与えている、少し前まで立花巴に対して悪友でありながら、心配性からか母の様な態度を取っていた人間が、何時しか一人の男に恋焦がれる女になっていた事を公命は少し驚く。


 私としては立花巴と小山伊織の進展は大して興味は無いのだが、だが間違いなく彼女らが公命という人間を作った一部である事を認識し、少しばかり彼女らにも注視しよう。


「何が小山さんを変えたの?巴に口説かれた?それとも中学の頃アレまだ引きずってるの?あれは小山さんが悪い訳じゃないのに、いつまで気にしているのさ本当に」


「そんな単純な事じゃないでしょ?だって巴が私を庇ったから、あの夏、成長期が終わってない中でも二年生でレギュラーを取っていたのに、大活躍出来ていたのに結局全道の道半ばで、巴の抜けた穴で、負けたようなもんじゃん!その後あんなに家で泣いている巴を見るのが悲しくて、その原因が私って事も悔しくて、だから巴には楽しんで野球をしてもらいたいって、私はそう思っていたの!」


「はいはい、熱くならない。その気持ちをそのまま巴に伝えればきっと、お望み通りの展開になるよ?まぁそれが恥ずかしいから出来ないって言うのも分かるけど」


「はぁー、同じ男なのに男心が分かってないなぁ公命は。顔も別に出雲さん程良くない、頭も上の下程度、ついでに勝手に母親面していた私が、プロになるの確実でもうそれはそれは、遊びたい放題、選びたい放題のより取り見取りの巴が振り向く訳ないって、ハッハッハ」


 産まれたころからの幼馴染、家族間交流も多く、課題を見せ合い、時にはラッキースケベすら生まれていたこの関係が進展しないのも中々考えられないと、私は思う。そして公命もそう思う。


 恋は盲目というその言葉通りに、出雲芽生は普段であれば気づける筈の物を見落としている、このまま気づかなければきっと彼女がこれから生きるにあたって一生後悔するというレベルの物を見落としたままである。


 この言葉の本来の意味は恋によって常識や理性を見失う様を表していると私は考えるが、ならば小山伊織の今考えている、そんな事はある訳がないとそれまで築いた立花巴との交流を見失っている様は、恋によってまともな判断すらできなくなっている様を、正しく表しているのではなかろうか?


 そうでは無い事はきっと出雲芽生が相手を再現しなくても、小学校のアルバムを見たからこそ完全に違うと断言できるレベルだ。


「はぁー、これは巴も時間が掛かりそうだ……せめて俺が……」


「何か言った?」


「んにゃ?何も、まぁ言いたい事は言ったし、その様子じゃ巴も順調そうだから、今日はオサラバだ、出雲さんと話してこよー」


「初めからそうしとけよぉー、バァーカ」


 減らず口を叩く後ろの、盲目女を無視して残り少ない休み時間を気にしながら公命は教室へと戻る。公命は何を口にしかけたのか、誰にも気づかれたくないのにもかかわらず、少しだけ気づいて欲しいと思っている。彼も案外面倒くさい人間で、我儘な人間でもあるという事だ、全てを諦めたつもりなのに諦めきれていない。否本当は諦めきれていたのではないだろうか?それを偶々近くに居た例外が変えてしまったのかもしれない。


 どうか長い付き合いの二人が幸せになれますように、そしてどうかもう少しだけ出雲芽生と一緒に居られますようになんて、そんな風に言いたいと見えて仕方ないのは気のせいではないのだろう。




 9月下旬。芽生が運河公命の姉に言われ勝手に感じていた事。運河公命という人物は芽生という人間といて、幸せを感じているのだろうか?相手を再現して相手の気持ちを探るという事しかしてこなかった芽生にとって、この状況はこれ以上にないストレスそのものであった、だからこそ現状を打破するきっかけを作ったのもまた運河公命なのだが。


「ねぇー、出雲さん?どうして避けるのさー、前はこっちが嫌っていってもべったりだったのにさー、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇー」


「公命君、なんか性格変わった?いつもより面倒くささがある気がするんだけど」


「いや出雲さんの真似をしてみただけ、自分が避けられる理由解った?それにさ、もう高校生活は実質4ヶ月あるかないかなんだし、もう少し出雲さんと一緒に居られる時間増やしたいなぁって、別に進展求めている訳じゃないけど、お互いの事をもっと詳しくなるという気概がないんじゃ、それはただの友達としての関係でいいじゃん?って思った次第です」


 そうか、そういう事だったのかと芽生はこの言葉からまた初めての気づきを得た。再現も出来ないのであれば、相手の気持ちを上手く理解出来ないのであれば、考えて結論づけるのではなく、ただその人と触れ合えばいいんだと。また彼は、再現不能で理解不能な運河公命に一つ自身に無いモノを教えてもらった。


 だからこそ芽生はこう思う。


 嫌味でもなく、嫉妬でもなく、感謝を込めて運河公命にただ一言。


「なんか…、生意気ぃ、私より何もかも実力無い癖に、こういう時ばっか私の知らない、今まで気づかなかった事を教えてくるなんてサ」


「知らんがな、そこは人生経験の差と言う事にしといてくれよ」


「なに?人生経験の差って、同年代でしょ?君の方が誕生日は早いけれども」


「うーん、まぁその数か月の差がこの認識の差って事で…っとなんか巴からメッセージが……出雲いるか?なんで巴が出雲さんに?そんな個人的に話す程仲良かったっけ?」


 芽生自身も思い当たる節が無いのか、少し斜め上を見上げるが、記憶を遡り一つだけ、立花巴が芽生個人に会いたがる理由をすぐに思い出した。そして芽生に会いに来たという事は自身の感覚は間違いではなかった事への証明となり、少しだけ芽生の気分は上々となる。


「うーんにゃ、多分私のご高説の返礼品を手渡したいんじゃないかな?」


「なにそれ?じゃあ食堂に居るって知らせていいんだね?」


「どうぞどうぞ」


「なんか気分いいね、やっぱりさっきの辛気臭い顔より、そういう人を見下した顔をしている方が可愛いと思うよ、俺は」


「ブッ…、グッェ……、飲み物が…器官に………ゴホッ、ゴホッ…なんて事言うのさ、あぁーびっくりしたぁ」


「人が褒めたらこれかい、失礼だろ。それはーさぁあ」


「にゃ、君がそんな直接的愛を言葉にできるなんて思っていなかったから…。うりぃー、どうしたんだぁ?このこのぉ、私と結婚する気になったかぁ?」


「結婚はしない、この関係も卒業までって事を変える気は無いよ」


「あっそ…、でも本音は?…………あっ、変わって無さそうですね、ハイ」


 素っ気ない態度と、すぐさまスマホに視線が移った運河公命を見て、やはりその気はないのかと気づき、芽生はシュンとした。望み薄なのは分かってはいる事ではあるが、運河公命の姉が言った通り馬鹿みたいに頑固という事を、付き合い初めて半年経つが、改めて芽生は痛感した。


 これも今さっき、相手を再現して相手の事を考え理解する方法ではなく、言葉を交わし合って、見つめ合って、触れ合って、そうしてでも相手の事は理解できると学びを得たからこその気づきではあるが、どうしてここまで彼は頑固なのだろうと、芽生は考える。


「まぁ、その方が可愛いって思うのは本心だよ。うん…今の自信過剰の芽生の方が可愛い」


「………………………、なんか今違和感あったような?でも嬉しいぃー、君からそう言ってくれるなんてさぁ、明日から天気が所により槍になったとしても優雅に学校に来れちゃうくらい嬉しいぃ」


 そんな惚気を食堂内でしていると、間違いなく周りの人間は奇異な目で見てくる。芽生が運河公命との交際を始めてからは、それまで被っていた化けの皮が嘘の様に、異常すぎて近寄り難いというのは周知の事実であり、芽生自身も気づいて放っておいている。けれどそんな中でも、彼女に近づく人間が居るとすれば、それは彼女に用があるか、運河公命に用事があるかのどちらかだ。


 この場合は両方に該当する人物が、ただ約束のモノを渡しに来たのだが、その顔はやはりと言うべきか引きつっていた。


「あぁー、礼もちゃんと言おうと思ったんだが…、なんか俺まで変な噂立てられそうだし、すぐ戻っていいか?」


「巴じゃん、どしたの?その手荷物」


「立花くぅーん、ままそんな噂なんてモノは75日で刈り取れるんだから気にしなくていいよ。ささ、座って座って、その様子じゃ公命君にもお土産あるんでしょ?」


「いや、まぁ、そうなんだけど。うーん、なんか納得いかねー…まぁいいや、はいこれ出雲の親父さんに渡しといてくれ、それとこれは公命への土産」


「おぉーサンクス、サンクス、お父さんも喜ぶよー、で?結果はどうだったの?私にこれを渡すって事は私のアドバイスが事実だった証明だけど、成績は?」


 いつぞやに芽生が立花巴にした、バッティングの際の意識の変更、具体的な事は何一つ話す事は無かったが、言われた通りの事を意識して練習すれば、立花巴の弱点が一つ消えると分かっていたからこそ、彼氏の友人の好で教えてあげたときを思い出す。


 あれだけ賭けの様な事をしておいて、それがどうなったかの確認をしないのは勝利の確信故か、先ほどまでそれ以外のモノに脳内を割いていたからこそ、興味が無かったのか。公命が話題にしなかったという事もあって興味が無かったという可能性もあるが、まぁ理由は最初と最後な気が私にはあった。仲良くなった小山伊織の付き添い、そして運河公命が隣いるからという理由以外で、野球というモノに目を向けないのが答えになっているだろう。


「5割弱、4ホーマー…きっちり出雲の言ったこと意識して練習したら、苦手な内角の球に対して嘘みたいにバットを出せるようになったよ」


「へぇー凄いじゃん、俺もニュースとか映像とかも見て無かったから知らなかったけど……、ただなんでそれと色紙が関係してるの?」


「お前は親友の活躍を見とけよ!…まぁいい、出雲にアドバイスされて、それが無駄だったらコイツの親父さんが欲しがってる俺の色紙は渡さないって約束したんだよ」


「なるほどねぇ、それで結局出雲さんの思った通りになったと…」


「そうそう、そうなんだよ、野球未経験ながら完璧なアドバイスを出来てしまう私…。うーん自分が末恐ろしくなってきたなぁー、アンダー18の映像も見て更なるアドバイスもあげようか?」


「いいじゃん、そうして貰いなよ巴、百発百中のアドバイスならプロ入り即レギュラーもあり得るんじゃない?」


 運河公命が言った事に対し、立花巴は無言を貫く、だからこそ運河公命もその迫力に負けシュンとしてしまうのだが、けれど少し考えれば分かる事だが立花巴が抱く感情はただ一つだけだ、それは1スポーツマンに限らず、どの分野でも自ら高みを目指した者ならば、当たり前に行きつく感情なのではないだろうか?


 その状況に行く前に全てを諦めざるを得なかった運河公命と、そもそもそんなプライドも持たずに高みへと上がれてしまう芽生という二人の方が異常だと私は思う。


「いーや、これっきりだ。これ以降は自分で試行錯誤して見つけてみせる、それでスランプに陥ろうが、覚醒を遂げようが、これは俺自身が作り上げた技術だと誇る為に」


「そっか…君ならそう言うと思っていたよ、本当に予想通りの男だ君は。まぁそれなら私からは何も言わないサ、頑張れ立花巴君」


「おう!いつか出雲が口出しできない所まで到達してやる、今日はその宣言をしに来た」


「ふーん、よく分からないけれど、まぁ巴がそう決めたんならファイトー」


「あ、そうだ、全く関係ないけど。早くいおりん墜としなよ?その内勝手にいおりんは身を引くぞー?」


「う、うるさい。それもわかってるっつーの」


 恋路の図星を付かれ、恥ずかしくなったのか立花巴は一目散にその場から退散し、残るのはいつも通りの二人と、珍しい組み合わせだったと感心している烏合の衆だった。


「幼馴染だと、恋の考え方も似るもんなのかな?」


「ん?どゆこと?公命君もなんか発破かけたの?」


「うーん、それは秘密と言う事で…、っともう昼休み終わっちゃう、次移動教室だから、早く準備しに帰ろー」


「そう言えば、そう…だった。よし教室に戻りましょー」


 芽生が持ってきた弁当箱と、運河公命が購買で購入したサンドイッチのゴミを片手に教室へと戻る、その僅かな瞬間だった、立ち上がりから歩くまでの姿勢、力の入れ具合に芽生は違和感を覚える。彼女の違和感を端的に表すのであれば、動作の一つ一つが重い、そして何よりそれを隠すように支える手にすら力が入っていない。


 その全てを芽生は一瞬では知覚出来なかった、けれど違和感を覚えたからこそ運河公命に寄り添う。目のまえで今にも崩れ落ちそうな砂の城を壊さない様に。


 その芽生が抱いた危機の予想が当たったのか、運河公命は目の前でバランスを崩した。


「ちょ、ちょっと。公命君大丈夫?いきなりどうしたの、今日体調悪かった?保健室に行こうか?」


「え、あぁ…いや大丈夫ちょっと立ち眩みしただけだから、うん…もうバッチリ」


 その場で背筋を伸ばして、笑顔を取り繕う運河公命だが、その頬には冷や汗の様なモノが見える、けれどそれを隠そうとするが如く彼は芽生の瞳を見るかのように見つめ返す。


「犬か、おどれは…、それにしてもなんか君さぁ、目が…なんか変わった?なんかちょっと…うーんなんて言えばいいんだ?」


「なにさ、言っとくけど白内障とかにはなってないよ、そもそも目に異常なんてあったら毎日鏡は見てるんだから気づくよ」


「いや、そういう感じじゃなくて…、なんか目が死んでるというか、そんな暗そうな瞳の色してた?」


「そうは言われても…、それよりも目が死んでるって貶してない?ていうか目が近い、顔が近い、手で拘束しないで…てか予鈴なったからさっさと行かんと遅刻するー」


「あぁーちょっと待ってもう少し、もう少しでいいからさぁ、君の瞳見ていたーい。なんか引き込まれるような不思議な魅力あるんだって、本当だってばぁー」


 ずっと運河公命を観察している芽生だからこそ、と言うべきか…運河公命は心象の変化が瞳に現れた、何時までも傍に居たいのに、自分は絶対に傍には居られない、その叶う事のない悲願が、宿願という形で人生ではなく、魂に刻み込まれた。


 証明を家族でもなく、出会ってから1年未満の彼女が気づいた、見た目が変わっている訳ではない。本当にそんな気がするというレベルのモノだ、だからこそ私はこう思ってしまう。


 芽生と運河公命が出会ってしまった事は彼女らにとって良くない事なのではないだろうか?今が良くても、この先の人生を越えてまで影響をもたらすのでは?と、だがそれはヒトから見れば神の様な権能を持つ、我々傍観者が、ヒトが死んだ際にごく稀に渡す特典と言う名の我々の介入でしか生まれない、故に幾ら彼女がその変化に気が付いた所で無意味である、それは運河公命が勝手に変質させたモノであって、芽生という存在に何かを与えるモノではないからだ。


「でもさ…」


 芽生は廊下を走る足を止め、運河公命に聞こえないように呟いた。いつもであればきっと運河公命に聞こえる様に言葉にするだろう、けれど今の芽生はそれをしない、まるであの夏の夜ではないか、その小さな呟きは急げ急げと駆け抜ける生徒にかき消され、届けたいと思ったはずの公命には、決して届かない。


「君のその目を見ていると、なんでかな?…、どうしようなく君以外を考えられなくなる…」


 その瞬間に私は気づく、やはり出雲芽生と運河公命は絶対に交わる事の無い人間だったのだと。それがどのような形でかは、私にはわからない。けれど反発し合っていた磁石、いや惑星の放つ引力だろうか?同じ質量の惑星はぶつからない為にも離れていないければならない、けれど言ってしまえばどちらかがワープをして、惑星間の距離を0にしてしまえば、その先に起こる結末は破滅だ。


 それが今、出雲芽生と運河公命という私が気まぐれで始めた、特異点(お気に入り)の同時観測で起きてしまっている。この星が滅びるわけでもない。


 私にとっての普通とは、思考ある魂は本質的には変わる事の無いモノだ、乱暴者の魂はいつまで経っても乱暴者で、善人の魂はどの世界でも善人で、それが変わる事は無い。それを変える事が出来るのは来世というモノを迎える際に、私がその魂の持ち主に何か施す事それだけの筈だ、それ以外は起こりえない筈だった。


 しかし運河公命は完全に自らの魂を変質させ、そして出雲芽生も運河公命の魂からウイルスを貰ったかのように徐々に魂が変質している。暗く瞳が澱み始める、他の誰かがではなく、両者がその結末を受け入れたかのように、魂は変質した。


「なんか変な感じかも?」


「出雲さん、遅れるよー?」


「わかってるー、靴紐がちょっと変な感じだったー」


 取って付けたような嘘を吐き、運河公命の背中を芽生は追う。彼の魂の終着点が良きモノになる事を私は希った、けれどもう一つだけ希わせて欲しい、出雲芽生も同じ結末を辿ろうとだけはしないで欲しい、それでは余りに救いが無い。傍観者の興を削ぐどころか、その変質はきっと今生きる者、誰一人として望まぬモノになるという結末だから。




「どもどもー、いやー暇っすねー。ご両人は二人で昼食ですかい?あいやっ、っかぁーお邪魔だったかな?」


「いやお前は誰だよ、伊織の母ちゃんが今日学校行く時に弁当渡してくれただよ、今日俺の両親どっちも夜勤だからって」


「そしたら私のママが慣れない事をするから、案の定弁当を間違えて…まぁそういう事よ」


「なんだつまんね、なんか心境の変化でもあったのかと思ったんだけど、こっちこそ案の定だよ、早く進展してくれよぉー、互いの気持ちだってもうわかってるんだろー?」


 食堂で二人を見つけると同時にダルがらみをする公命に対し、素っ気ない態度をとる立花巴と小山伊織、公命がこういう事をしてくる日と言うのは、この半年で理由が固定化されていた。最近はそれが多かったからこそ、1ヶ月弱で公命と言う人間は、案外そういう人間だったのかと思わせるような関心が向いたが、それも慣れれば関心も薄れる。


「で?また芽生ちゃんとなんかしたの?大体公命が原因なんだから先に謝っておきなさいよね、それよりアンタそれだけで昼足りるの?」


「なんか最近碌に昼ご飯食べてる所見ないけど、本当に大丈夫か?それ以上痩せたら本当に皮だけになるぞ?筋肉をつけろとまでは言わないが、少しは肉を付けないとよ、今度どっか食べに行くか?」


「いや、家では普通に食べてるよ、なんか学校だと食が進まない…、皆が就活と受験勉強ばっかりやってるからかな?」


「「公命がやらなすぎ」」


 二人が同時に公命に対しツッコミを入れた、する気のない者に何を言っても意味はないのだが、結局学校にすら自分の事を話していないのだから、周りからは不自然にみられるのも無理はない。出雲芽生の優秀さが故に周りでは、将来彼女の腰ぎんちゃくになる気満々やら、親友がドラ1確実だからこそそれに縋ろうとしているなんて、ありもしない憶測を立てられるまでに至る程度には、公命は将来の為の活動というモノをしていない。


「私が言うのもアレだけどさ、公命結構ある事無い事言われてるよ。まぁ自業自得の面があるとはいえ、本気でどうする気なのさ」


「俺の方でもそんな奴じゃないとは言ってるし、最初から親友に縋るような男だったらそもそも親友になんかなってない、とは言っているけれど…でも人の噂は勝手に広がるから、どうしようもない時もある事にはあるぞ?公命がどうするかは、俺には分からん、けれどどうあれ見せかけでも何かやっとくべきなんじゃないか?」


「ふーん、まぁ気が向いたら…やっとくぅー」


「いや、ふーんじゃなくて」


 友人達に心配されなくても、自らの進む道は既に決めているのだから、公命にとってもう何を言われてもノーダメージではあるのだ、けれどその諦めで友人達に迷惑が掛かるというのであれば、出雲芽生という存在の汚点になるのであれば、少しは行動するかと、やる気のない決心を一つ付いた。


「それよりさー、今日久しぶりに3人で帰ろうよー、巴も引退してるし、どうせ小山さんも勉強行き詰っているでしょ?俺の得意科目なら教えるからさーあ?」


「いや公命は、早くちゃんと芽生ちゃんと仲直りしなって。碌な事にならないって分かるでしょ?互いに空気を重くするんだからさ、そういう所に気を遣おうよ」


「俺は別にいいけど、なんか大学スカウトが来るとかで一応学校に少し残らないといけないから、少し待ってくれるならいいけど」


「大学⁉巴、即プロに行かないの?アンタそれ騙されてない?」


「いや、プロ志願はもう出したし、順位縛りもするつもりないし、育成だろうがドラフトにかかったら即プロ行くよ、ただどうしても話だけでいいからって言われて、改めてこっちの気持ちを相手に伝える時間を取っただけで…」


「ならよかった…、馬鹿だから大学行った方がいいなんて唆されたのかと思った…」


 小山伊織の放つ余りにも失礼な言葉に、立花巴は絶句する。まさか自分がそこまでと思われていると事にも、ショックを受けていた。


「いや大学行くことに超した事はないでしょうよ、まぁ大学4年歩んでいる間に巴がプロ野球に適応できたら、まぁ無駄ではあるんだけどさ…。あ、あと俺は別に出雲さんと喧嘩した訳じゃないからね?今出雲さんはアメリカに居るから」


「アメリカ?知り合いでも居るの?」


「んにゃ?普通にハーバードだか、マサチューセッツだか、スタンフォードだか…まぁそこら辺に受験するつもりではあるから、見てくるってメッセージ来てた。あり?その様子じゃ知らなかったの?出雲さんの海外受験の話…」


 出雲芽生がその決意をした事が決まっていたのは、当たり前だが私は知っていた、その旨を教師にも伝えていたし、公命にも話していた。まぁ公命が自分についてこないならば、という条件での話ではあった気がするが。だが立花巴はともかく、小山伊織にも話していないのは少しばかりだが意外ではあった、そこそこやり取りはしている筈だったのだが、何故その話をしていないのだろうか?


「まぁ出雲の才能見ていたら、そりゃそんなところでも行けそうではあるけど…」


「てっきり国内に残るのかとばっかり…、つい最近も将来は公命と一緒に暮らしたいとか惚気てたのに、やっぱり公命なんかしたんじゃないの?ていうか、公命大丈夫?暑いの?汗かいているよ?」


「いや別に暑くはないけれど?そんな事よりも、出雲さんは大分前からそういう話はして気がするけども…、まぁいいやなんか時間使い過ぎた、話しに夢中で腹の虫もどっか行っちゃったし、細かい事は今日の帰り話すよ、じゃ」


 腹の虫がどこかに行ったのではなく、体の蝕みが這い寄ってきた間違いだった、笑顔も話の後半は保てていなかったし、そもそも冷や汗が止まっていない、公命の心臓は高鳴りを続け、息が荒くなっている。


(うるさい、うるさい、ここじゃない、まだ耐えろ、今はまだ…違うだろ!)


 そう心で公命は言い聞かせる、元からおかしかった筈の体が最近になり余計おかしいと感じさせるようになっていた。苦しみも痛みも、慣れてはいけないが慣れている。けれどどうしてか、公命はその症状が出る度にどこからか湧き出る恐怖に怯えるようになっていた。


 死にたくないなんて贅沢は言わない、ただもう少しだけ彼女の傍に居たい、もう少しだけ記憶に残りたい。出雲芽生と一緒に居る時間が長引く程、その想いが強くなる。


 怖い、怖い、怖い。死ぬことには納得した、皆と同じ道を歩む事も諦めた。けれど出雲芽生の事を考える度に、彼女と離れる事だけは、どれだけ言い聞かせても納得も出来ないし、諦めもできない、その想いが強まれば強まる程、瞳の澱みは酷くなっている。


「なんで…、出雲さんと出会っちゃったんだろう」


 そんな言葉が出るほど、公命にとっての出雲芽生は果てしなく大きいモノになっていた。出雲芽生と過ごした日々は花火の様に煌びやかで、そしてその過去は底なし沼の様に公命の動きをままならなくする。だからこそ公命の感情はたった一つに集約された。


 死ぬ事が、別れる事が、恋焦がれる事が、横で彼女を見れない事が、そして自分の諦めを、家族にして貰った理解を無下にする事が……公命は果てしない程、怖くて仕方がないのだ。


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