私は婚約破棄されるほうに賭けます

uribou

第1話

 今日は貴族学院のサマーパーティーです。

 夏は暑いので集まりたくないと仰る方も多いですが、私はサマードレスの方が動きやすいので好きなのです。


 あちらには私の婚約者であるはずのクーパー・ウィリス子爵令息が、可愛らしいピンク髪の令嬢を侍らせていらっしゃいます。

 少し胸がきゅっとなりますね。

 いえ、クーパー様とは家の事情での婚約で、愛情は特にないのですけれども。


 家の事情ですか? 

 簡単な話です。

 私アシュリーはランドール伯爵家の長女です。

 洪水で領が荒れたため大きな借金を抱えてしまい、資金援助が欲しかった。

 先方はより上位の貴族と繋がりを持てるチャンスだった。

 それだけのことです。


 今日クーパー様は上手に踊ってくださるかしら?

 私が心配するのは、ただその一点なのです。


 吹奏楽によるプレリュードが流れます。

 そろそろダンスの時間ですね。


「アシュリー・ランドール伯爵令嬢! 僕は貴女との婚約を破棄することをここに宣言する!」


 来ました。

 思った通り今日のパーティーでしたか。


 私がクーパー様による婚約破棄を予想できていたのは、私が『虫の知らせ』というギフト持ちだからです。

 ギフトとは生まれつき持つ特殊能力みたいなものです。

 国家運営を左右するほど有益なものもありますので、ギフト所持者は国への登録が義務付けられています。


 それほどギフトは稀なものですが、私の『虫の知らせ』は大した能力ではありません。

 自分に関する本来知るべきでない情報を、何となく知ることができるというものです。

 確実でもないしハッキリとわかるわけでもない、あやふやな力。


 いけない、私は婚約破棄されることを知らないことになっているのでした。

 練習してきた、呆然としてかすかに震えるマネを。


「り、理由をお聞かせくださいませ!」

「僕は真実の愛の虜となってしまったのだ! ここにいるパルマ・モーグ男爵令嬢とのなっ!」


 踊り出したい気分をムリヤリ押さえつけます。

 この破棄理由だけはギフトで見えていなかった部分なのです。

 よかった、サマーパーティーでクーパー様からの婚約破棄宣言、ここまでは最高です!

 

 傍からは私が悲嘆とショックでブルブル震えているように見えるでしょう。

 いいえ、私は歓喜に打ち震えているのです。


「謹んで、婚約破棄をお受けいたします」


 見せ場です。

 できるだけ淑女らしく、背筋を伸ばして答えます。

 これで確定、あっ、この先の未来がぼんやりと見えてきました。

 ……やはり!


「私はこれにて失礼させていただきます」


 場の雰囲気に耐え切れなくて退場する令嬢に見えるでしょうか?

 これでギャンブルは成立。

 お父様に報告しないと!


          ◇


「お父様、お喜びください! 婚約破棄されました!」

「ええっ!」

「これで全てうまくいきます!」

「……えっ?」


 帰宅後すぐにお父様に報告しましたが、全然伝わっていないですね?

 当たり前ですけれども。

 お父様が絶望的な表情で目を白黒させています。


「……アシュリー、順番に説明してもらおうか。クーパー君に婚約破棄を言い渡されたということかい?」

「そうですね。正しくはパーティーで大々的に婚約破棄宣言されました」

「ああ……」


 お父様、頭を抱えておりますね?

 大勢の前で婚約破棄宣言されたことは、大事なポイントの一つなのですけれども。


「大々的に? アシュリーが傷物になってしまったじゃないか!」

「……そういえばそうですね」


 婚約破棄されると傷物という古い考えは、完全に頭から抜けておりました。

 お父様が我がランドール伯爵家の借金より、私を心配してくれていたことにほっこりします。


「何をのんびり構えているんだ!」

「まあまあ。クーパー様からの破棄とはいえ、真実の愛を見つけたからという戯けた理由ですよ? ガッポリ慰謝料を取れます。パーティーですから証人もたくさんいますし」

「それはそうかもしれないが」


 あ、少しお父様の表情から険しさが抜けました。

 我がランドール伯爵家にとって金欠は重要な問題ですからね。


「気のせいかもしれないが、アシュリーが喜んでいるように見えるんだが」

「はい、嬉しいです。クーパー様が私の思う通りに踊ってくださったので」

「何故だ? クーパー君と結ばれることが、婚約破棄されて傷物になるよりも嫌だったのか?」

「そうではありませんが、公営魔道ギャンブルが成立、結果が確定したのです」

「公営魔道ギャンブル?」


 公営魔道ギャンブルとは、ある事象について未来を予想し賭けを行うというものです。

 当事者はもちろん関係者にも知らされず、賭けの参加者は魔道でロックされ、他人に賭けについて話すことを禁じられます。

 今回は私が婚約破棄されるか否かがギャンブルの対象になっていました。


「つまりアシュリーは自分を対象にしたギャンブルが行われていることを、ギフトで知ったということかい?」

「そうです」

「……と言われても、どうしてアシュリーが喜んでいるのかはまるでわからない」


 それはそうでしょう。

 関係者ですからもちろん賭けには参加できませんし。


「実は『虫の知らせ』によって、もう少し先の未来まで見えているのです」

「ふむ?」

「このギャンブルで、『貴族学院のサマーパーティー』にてクーパー様が『真実の愛』を理由に『公開婚約破棄宣言』を行い、私が『その場』で『婚約破棄を受け入れる』を全て当てて、超高額当選金を手にした方がいらっしゃいます。その方は超高額当選金を持参金に私との結婚、そしてランドール伯爵家への婿入りを希望しているのです」

「夢みたいな話だな。その方とはどこのどいつだ?」


 いかに娘が傷物になったとはいえ、下品な馬の骨ならお断りだとでも思っているのでしょう。

 お父様の目が少々怖いです。


「クリフォード様です。ホイットフィールド公爵家三男の」


 貴族学院で一年先輩のクリフォード様。

 去年は生徒会で御一緒させていただき、大変親切に色々教えてもらいました。

 今は卒業されて、王宮勤めの文官として働いていると聞きます。


「クリフォード君? 彼が本当に婿入りしてくれるのかい?」

「はい。そういう未来が見えております」


 卒業しても時々会おうと言われておりました。

 それなのに一度も会えませんでした。

 私が婚約者持ちなのを憚っているのか、それとも王宮勤めともなると忙しいのかなと考えた瞬間、私を対象とした魔道ギャンブルが行われていることが頭に浮かんだのです。

 まさかクリフォード様も賭けているから私に会えない? と考えると芋づる式に未来が見えてきまして。

 私の『虫の知らせ』はヒントがあるほど、私にとって重要な未来であるほど見えてくるのだと初めて知りました。


「アシュリーのギフトがそんなにズルいものだとは知らなかった」

「実は私もです」

「ギャンブルが無効になることはないのかい?」

「あり得たかもしれませんが、もう確定です」


 私は無登録のギフト持ちではありませんので、私に非はありません。

 ギフトでギャンブルについて知った私は、他人に話せないよう魔道でロックされてはいませんでした。

 だから結果確定前に誰かに話せば、賭けが無効になっていたのかもしれません。


 もちろん私はそんな愚かなことはいたしません。

 私ができたことは、クリフォード様の賭けていた未来に可能な限り寄せようと、密かに画策したくらいです。 


「クリフォード君ほど優秀な男が来てくれるなら願ったりかなったりだ。いつ頃話があるだろうか?」

「数日中だと思いますよ」

「それも見えているのか?」

「いいえ、そうではないですが……」


 お父様は傷物を気にされているようですけれども、私は学院でもモテる方です。

 今までは婚約者持ちでしたから露骨なアプローチはなかったですが、これからの私はフリーですし。

 私に過失がないこともその通りですので、逆にどんどん縁談が舞い込むと思いますけれどもね。

 お父様に傷物と呼ばれて、私がピンと来なかった理由です。


「クリフォード様は機を見るに敏な方ですので、すぐに話を持ってくるはずです」

「ふむ、そうか」

「旦那様」


 執事がやって来ました。

 何事でしょう?


「ホイットフィールド公爵家のクリフォード様から、面会予約が欲しいと使者が参っております。できればアシュリーお嬢様も御同席願いたいとのことです」

「ハハッ、これはまた驚くほど早いな」

「そうですね、ビックリしました」

「アシュリー、いつがいい?」

「もう明日から夏季休業期間ですので、私はいつでも結構ですよ」

「先方も早い方がよかろう。明日か明後日の午前中と伝えてくれ」


 明日は一般の役人の休業日です。

 どうやら明日会うことになりそうですね。

 ああ、クリフォード様にお会いするのも久しぶりですこと!

 嬉しいですわ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

私は婚約破棄されるほうに賭けます uribou @asobigokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る