第一部 固定と始まり

 「うっわ! 臭えな。何ッスかここは?」

「あぁ? お前はここに来るのは初めてか新入り」


 ・・・人の声がする。

焼印を押された日。あの日から "僕" は

この娼館の所有物になった。最初は抵抗を

続けていたが、ここの連中はおろか客にさえ力で敵わない僕は、いつしか全てを諦めていた。王家やクラスの連中に復讐しようにも、

そんな気力はとうの昔に消え失せた。


 あれから何日? 何年? 経ったかは分からないが、客の相手を終えると、王家から隠す目的もあるのだろう? このすえた匂いの

する、地下牢に戻ってくる日々だ。


 「ここはな、我が娼館1の売れっ子様の専用部屋さ。客の相手をさせる時に、風呂にぶち込まなきゃならねぇのが、少々手間だがな」

「へ〜。にしてもッス? 売れっ子なのに、

どうしてこんな地下牢に入れてるんッスか?」

「さぁな。俺達下っ端が知る事じゃない。

それになコイツは、少し変なんだよ」

「変?」

「コイツはな、"死な無いし" 年をとら

ないんだよ」

「え!? 不老不死っスか?」

「さぁな? だが、コイツはここに入って来て、もう4、5年になる。コイツの取る客はお前も知っているだろう?」


 そうか、4、5年。もうそんなに経つのか。


 「知ってるッスよ! えげつない趣味を持つ、お偉いさんッスよね? たまに何人か死んでるッス! コレだって」

持っていたズタ袋を掲げる、男


 「そうだ。それにここは娼館だぜ? 当然

病気も流行るわけだ。コイツも当然ボロボロにされるし、病気もかかる。が、苦しみは

するんだが、何故か死なない。いつも生き残っているのさ」

「へー。不思議な奴ですね。」

「まっ! そのおかげで長く稼がせて貰えているがな? さっさとソレを入れて、戻るぞ」

「ヘイ!」


 男共は、僕の牢に袋を放り込むと、去っていった。

また、死体か。死体が処理出来ない時間帯は、こうやって僕の牢に置きに来る。


 すると、袋が微かに動き、か細い声が聞こえた。

「ぁ、ぁぁ」


 「!?」

まだ、生きているのか!? 気怠い体を起こし袋の封を僕は開けた。

「た、タスけて。からだイタイ」


 中にはズタボロのワンピースを着た少女が入っていた。黒。いや美しい漆黒の様な髪と目をした、小柄で幼い少女。

全身傷だらけで、特に顔の半分は焼けただれていた。


 「おねがい。タスケテ。死にたくない」

死にたくないか、

「・・・なぜだ? ここで生きるよりも、

死んだほうが楽だぞ?」

「分からない。でも、死にたくない。

死んじゃダメな気がする」


 死んじゃダメか。 僕はここに来てから

死ぬ事ばかり考えていたな。

「別に死にたく無いなら構わないが、僕には何もできないし、生きてる事にも興味がないんだ」


 すると、少女が僕の手を掴んだ。

「なら、私を助けて? 私のために生きて」


 死にかけているとは、思えない力で僕の手を掴む少女。私の為に生きて? 何故か僕の心に少し響いた。

「お兄ちゃん、死にたいんでしょ? じゃあお兄ちゃんの命を私のために使ってよ」

「君の為に?」


 その時、僕は理解した。今までの僕は誰かの為に、何かをした事が無かったんだ。

ずっと、自分が1番だと。選ばれた存在だと

他人なんて、道具にすぎないと思っていた。

そんなねじ曲がった考えを、ここまで落ちてもまだ気づかず、こんな少女に自分の過ちを気付かされるなんて。


 ・・・バカは僕だ。


 「わかったよ。何も出来ないけど君の為に。誰かの為にもう少し生きてみるよ」

「ありがとう。お兄ちゃん」

少女の握る力が弱まっていく。死ぬのか?

せっかく大事な事を気づかせてくれた、恩人なのに。


 「クソ! クソ! クソ! 死ぬなぁぁ〜!」

僕は、より強く。少女の手を握り返した。


 スキル【固定ロック】ノ範囲ガ増エマシタ

【生命固定ライフロック】ヲ他者ニ適用可

【固定ノ壁ロックシールド】

【固定解除アンロック】ヲ使用可能ニ

ナリマシタ


 頭に声が響いた気がした。


 「あれ? 私死んでない? 体も痛いけど

さっきまでより痛くない」

「はっ!?」

「お兄ちゃんが、助けてくれたの?」

「いや? 僕は?」


 ドーーーーーーーーン!!


 突然の大きな爆発音! 上から聞こえる怒声! ここに、降りてくる足音!


 「ここか!」「いたぞ!」

地下に雪崩れ混んできたのは、多数の王国兵だった。

「な、何?!」

「僕から、離れないで!」

思わず少女を抱きしめて、立ち上がる僕。


 「ここにいたか? 少し見た目が違う気がするが? 勇者様たちのなり損ない」

「助けに来てくれた・・・訳でもないですね」

「フハハハ! 笑かすなよなり損ない! 王命により暗殺させてもらう!」


 王命!? 暗殺!?

「なぜ!?」

「王曰くだ、どこで野垂れ死のうと勝手だが、あくまでも転移者のメンバーが、娼婦の真似事など、勇者様達の評判に関わるとの事だ」

「それで、暗殺」

「貴族連中も通う娼館だからな、噂を聞いて探し出すのに苦労したぞ? さて」


 牢屋を開け、入って来た一人が剣を振りかざした。

「僕は良い! この子は助けてくれ!」

「なんだ? その醜い顔のガキは? あいにくこの場所にいる人間は全員殺せとの命令なんでなぁ!」


 クソ! せめてこの子だけでも助けられないのか? 


 ・・・待てよ? さっきの声が言っていたスキルならば!


 「ロックシールド!!」


 スキルを発動した僕の目の前に、青白い線で囲われた二メートル程度の、壁が現れた!

「ぐっわ!」

良し! 壁が、剣を弾き返した。

「何だと!?」

「お兄ちゃん!?」


 すかさず、次々と剣で攻撃してくる兵士達だが、壁を壊すことは、出来ないようだ。

「クッソ! どうなってやがる?」

「なぜ、こいつの前で俺達の剣が弾かれるんだ!」

「ならば! 魔法だ!」


 ・・・


 「ゼェゼェ」「ゼェゼェ」「ゼェゼェ」

10分位経ったか? 兵士達に疲れが見え始めた。どうやらこの壁は、僕にしか見えないみたいだ。

しかし、殺されないが膠着状態だな?

少女も安心したのか、眠っている

(とんだ大物だ)


 ん!? そういえば、もう一つ開放され

たな? 試しに使ってみるか。


 「アンロック!!」


 壁が消え、壁があった場所に急速になにかのエネルギーが集まりだした!


 「何だ!?」「何が起こっている!」


 「ヤバイ!?」

とっさに僕は、少女を抱きしめた!


  ドーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!


 先程の爆発以上の音と共に、空間が爆ぜた気がした。 地下室も。兵士も。僕達も。

バラバラに吹き飛ばされた!


 ・・・


 気がつくと、僕を少女の漆黒の瞳が覗き

込んでいた。

どうやら、僕と少女は娼館から少し離れた路地裏に飛ばされたらしい。遠くで炎上する

娼館らしき物が見える。


 「大丈夫?」

「イテテ。うん大丈夫だよ。君は?」

「私は、大丈夫。お兄ちゃんが守ってくれたから」

「そうか、良かった。一応兵士達と、ついでに娼館から脱出出来たみたいだね」

「ありがと! さっきの爆発。お兄ちゃんがやったの?」

「そう。みたいだね」


 【固定解除アンロック】ダメ元で発動してみたけど、何が起こったんだ? 後で色々調べないとな。


 「さて。無事に出れたし、ギリギリ生きているけど、君はこれからどうするんだい?」

「私、帰らなくちゃ行けない場所がある気がするの。だからそこに向かう。お兄ちゃんは?」

「君と一緒に行くよ」

「え!? 本当?」

「あぁ。君の為に。誰かの為に生きていくと決めたからね」

「嬉しい! ありがと! お兄ちゃん名前は?」


 名前か。ミッチーなんて呼ばれてはいたが、元の名前なんてどうでも良いな。それにあの頃の僕とは、決別したいしな。


 「とくにないよ。君の好きに呼んでよ。」

「わかった・・・じゃあシロ!!」

「シロ?」

「だってお兄ちゃんの髪、凄い綺麗な白色だよ?」


 髪の毛が白色? ふと、足元に落ちていた鏡を見ると、なるほど、確かに真っ白だ。元々、染もせず黒色だった筈だが、人間極限のストレスがかかると、髪が白色になるのは本当らしい。


 「わかった。僕は今日からシロだ。 君は?」

「私も名前ないの。シロが付けて」

「そうだな〜?」

少女は漆黒の目と髪をしている。僕とは反対だな。

「じゃあ君は、クロでどう?」

「うん! 私はクロ! よろしく。シロ!」

「あぁ。よろしくね。クロ」


 数年ぶりに"僕"の人生は、少し上がった。


              第一部【完】








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