3
私は喪服の男が着せてくれたコート姿のまま、火葬場を飛び出していた。
耐えられなかった。あの男の身体が焼かれてしまう。神話の英雄のようにうつくしかった肉体が、全ての絶望を煮詰めて刻んだような刺青が、いつの間にか彫られていた私の名前が、私を抱いたあの身体の全てが、焼き尽くされて灰と骨になる。
火葬場の玄関を出て、少し走ればもうそこは雑木林の中だった。細い雨は木々の葉に阻まれて私までは届かない。ついに何もかもから隔絶されてしまったのだと思った。唯一、黒いコートだけが救いだった。
涙は出ない。とうに枯れ果てている。その分、身体全体に溜まりに溜まった淀みを解消する術が私にはなかった。
湿った枯葉で覆われた地面に俯せ、喉の奥から泣き声を絞り出してみようとしても、無駄だった。
どうしよう、どうしたらいいんだろう、もうこのままどうしようもなかったら、到底生きてはいけない。この淀みを背負ったまま、大して生きていきたいわけでもないこの人生を続けていかねばならない意味が分からない。
焼かれたいと思った。あの男と一緒に私も焼いてほしいと思った。それは私がはじめて持った、誰かと一つになりたいという喉を焼くような渇望だった。
私にとってもセックスは、結局セックスではなかったのだ。私も男もこういう形でしか、人と一緒にはなれない生き物だったのだろう。
セックスは試した。体内にあの男を受け入れてみた。それでもそれはなんの意味も生み出さなかった。だったらもう私は、あの男と焼かれるしかない。
「私も焼いて。」
人生で一番素直に出た言葉だったかもしれない。私は身を起こし、枯葉だらけのまま火葬場に駆け戻ろうとした。焼いてもらうつもりだった。なにがなんでも焼いてもらうつもりだった。その私の肩を抑えたのが、なつみさんだった。
喪服姿の彼女は、背後から飛びつくように私の肩を抑え込み、私たち二人はそのまま枯葉の上を転げた。地面が若干傾斜していたため、随分と勢いよくゴロゴロと転げた。
「千草。」
泣きじゃくりながら私にしがみついたなつみさんは、こんなときでもやはり変わらずうつくしかった。
「来てくれるって、思ってた。」
彼女のうつくしさと劇画的なレベルで転げた衝撃で先ほどまでの衝動を一気にそがれた私が、ぼんやりしたままと言うと、なつみさんは何度も何度も頷き、私の体を正面から抱き直してくれた。
「遅くなってごめん。これ、用意してたの。」
なつみさんが枯葉の中から拾い上げたのは、デリバリーの寿司屋の安っぽいパッケージが2つだった。
「精進落とし。」
泣き笑いした私となつみさんは、その場に座り込んだまま手づかみでお寿司を食べた。 抱き合った姿勢は崩さず、お互いの体の隙間に寿司のパッケージを置いて、醤油もつけずにむしゃむしゃと残さず全部食べた。
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