私となつみさんは、男の骨を二人で拾った。

 人間の骨というものは、親族総出で拾うためにあるものだ。二人ではどうにも多すぎる。途中から箸を使う意味を見失い、私達は手づかみで男の骨を骨壺に納めた。

 喪服の男たちはいつの間にかいなくなっており、コートは返しそびれてしまった。私は骨壺をコートでくるみ、佐山の部下が運転する車になつみさんと並んで乗り込んだ。

 「ひとみさんに、どうにか知らせられないかなぁ。」

 車が国道に出た頃、ぼんやりと虚空を見つめたまま、なつみさんが独り言みたいに呟いた。

 「さぁ。もうとっくに別れてるんじゃないの。関係ないよ。」

 私がそう返すと、なつみさんはきょとんとした目で私を見た。

 「別れるって……確かに折り合いは悪かったにしても、そう簡単にもいかないでしょ。二人っきりの姉弟だもん。」

 「……え?」

 「え?」

 暗い車中で、私となつみさんは数秒間見つめあった。じわじわと顔から血の気を引かせながら、怖れを押し隠そうとするかのようにゆっくりとなつみさんの唇が動く。

 「ひとみさん。亮の、お姉さんの。」

 私も同じような顔で、同じように言葉を発していたのだと思う。

 「私の母親。あいつの、交際相手だった。」

 「……。」

 「……。」

 沈黙は長くて重かった。どちらかが正解なら、どちらかは不正解でなくてはならない。けれど私となつみさんは双方とも、自分の主張が不正解だとは思っていなかった。そして、お互いの主張も。

 「中学の時に会って以来だから、なにも知らないんだけど。……ひとみさん、亮と暮らしてたの?」

 「暮らしてたよ。私とあいつが、なつみさんの家に転がり込むまで。」

 「……それからは?」

 「知らない。」

 「本当に、そういう関係だったの?」

 「知らない。」

 あの男と私の母親が姉弟であり、なおかつ性的な関係を持っていたとすれば、あの男がどれだけ殴られても蹴られても母親のもとにとどまり続けた理由は分かる。少なくとも、私には理解が出来るようになる。

 私は無意識に膝の上の骨壺をゆすっていた。からからと、冗談みたいに軽い音がした。あの男の逞しく大きかった肉体が、今はこの小さな壺の中に納まっていると思うと、それも新手の冗談のように思えた。

 「ああ、そうかもしれない。」

 骨壺の中で骨が揺れる音を聞きながら、なつみさんは泣きそうな声を出した。

 私は黙っていた。そうかもしれないというよりは、そうなのだろうな、と思っていたからだ。

 あの男は、私にしたみたいに半ば強引に私の母親を抱いたのだろう。多分、彼女が処女の内に。

 その後のあの男の人生は、そのことに対する負い目だけで構成されていたのかもしれない

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