黒いコートと精進落とし

私と佐山が式を挙げた4年後に、男は死んだ。

 男の死は、なつみさんの旦那だという人からの電話で、私に直接知らされた。

 金魚の絵と千草という文字の入れ墨が入った男の遺体が山梨県の山中で見つかったと、なつみさんの旦那さんは淡々と告げた。

 千草というのは、貴方の名前ではないでしょうか? 

 機械的に問われた私は、そうです、と辛うじて答えた。

 男の身体は、刺青以外で個人の判別がつかない程度に損壊されていた上に、彫られていたと思しき私の名前も正解を知らなければ解読できない状態だったらしい。

 あの男、死んだよ、と伝えると、佐山は泣いたが、私は泣なかった。涙は佐山の車で泣き続けた晩に全て流しきってしまったのだと思う。

 男には戸籍がなかったのだという事を、私は男が死んでようやく知った。だから男は正規の手続きで火葬にはできず、なつみさんの旦那さんが手を尽してくれ、なんとか営業時間の過ぎた火葬場で荼毘に付された。そしてその時になってようやく、なつみさんが愛人業で生計を立てていることも知った。

 「私から手を回せないこともないでしょうが、あなたの旦那様に話をつけていただいた方が、多分……。」

 涙で頬を濡らしたまま、佐山が電話口でそう言っていたのを聞いてしまったのだ。旦那様、が正規の婚姻関係を意味しないことくらい、端から聞いていただけで分かってしまうような声のトーンで。

 いつもの彼ならば、絶対に私に聞かせたりはしない会話だ。佐山の生業からも、なつみさんの生業からも、私は慎重に遠ざけられて暮らしていた。

 火葬場には、私一人で行った。どうしても火葬場には行けないと、佐山は私の前に膝をついて詫びた。いいよ、と私は言った。彼が私よりはるかにあの男を愛し、あの男の死に絶望していることを知っていた。

 そして佐山は、あの男が身体に刻んで死んでいったのが、佐山の名ではなく私の名であったことで、私を殺したいほど妬んだのだろう。4年、夫婦のような顔をして暮らしてみはしたが、佐山はやはりあの男だけを愛していた。

 佐山の部下が運転する車で送られた火葬場は、北関東の住宅街を離れた山裾に、ひっそりと刑務所のような佇まいを見せていた。

 街灯一つない暗い空から、細い灰色の雨が降っていた。佐山が用意した喪服を着ることを拒絶した私の肩に、12月の冷たい雨が小さな白い雫になって残される。

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