ピーマンの肉詰めと不在着信

あの男が言った 『しばらく』 は一年と少しだった。その間私はなつみさんの家で暮らし、中学を卒業し、調理師の学校に進んだ。なつみさんは普通科の高校に進学して、大学にも行った方がいいと勧めてくれた。男が毎月送って来る金を積み立てた通帳を私に見せ、金銭面は心配いらないのだと根気よく説得してくれた。それでも私は、手に職をつけることしか考えていなかった。いつか、なつみさんもあの男もいなくなったとして、その時に一人で生きていけなかったら惨めすぎる。

 料理は嫌いだった。なつみさんの家に暮らすようになってから家事は分担制になったので、週に三回くらいは食事当番をするようになったのだが、私が作る料理はどうしても母親が作ったそれと同じ味がした。レシピを検索して、完全にその通りの分量や手順で作っても、必ず。

 苛立って皿を割ったことがある。ピーマンの肉詰めが乗った白い皿を、キッチンの床に投げつけたのだ。真白い破片が粉々になって飛び散り、私の手と頬に浅い切り傷を付けた。

 苛立ちが破裂したその音を聞いてキッチンに駆けつけてきたなつみさんは、散らばる陶器の破片と芋虫みたいに転がったピーマンの肉詰めにはちらりとも目をやらず、私の頬から伝った血をガーゼでふき取り、大事を取って病院に連れていてくれた。

 「ごめん。帰ったら片付けるから。」

 狭い待合室のソファでようやく我に返った私が言うと、彼女は白い頬でにこりと微笑んだ。

 「あのお皿、ひびが入ってたし捨てるとこだったの。帰ったら一緒に掃除しよう。」

 私は彼女のその言葉が嘘だと知っていた。身体を売ってジーンズを買ったあの日から、ずっとずっと自分のバカさを引きずり続けている。だって私は、母が作ったピーマンの肉詰めなど食べたことがないのだ。

 「亮はね、そのうち絶対戻って来るよ。千草ちゃんのこと、大事に思ってるんだから。」

 いつからかなつみさんは、私をちーちゃんとは呼ばなくなっていた。

 私は男に戻って来る気があるのかどうか知らなかった。そもそも、なつみさんみたいにあの男を信じられるほど、彼について知らなかった。だから私が苛立つ理由は、彼の不在ではなかったと思う。不在に苛立つほど、私にとって彼の存在は当たり前ではなかった。

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