なつみさんが作るココアは、外国産のココアの粉を牛乳と生クリームで練って伸ばしたもので、缶のココアなんかとは全く別物みたいに美味しかった。私は感動して、ごくごくと根を詰めて飲んだ。

 なつみさんはきれいな白い頬で笑って、すぐに二杯目のココアを淹れてくれた。

 「ロールケーキ、好きなだけ食べていいんだよ。私もこっち側から食べてくからさ。」

 そう言って、彼女は大きな白いお皿に盛られたロールケーキの端に、大胆にフォークを突き刺す。切り分けることなくでんと据えられたケーキはまっ白で、中にはびっくりするほど大きくて甘い苺がたっぷり入っていた。 私は警戒心も忘れて反対の端からケーキを掬った。

 夜も随分と遅い時間だった。そんな夜中に、はじめて訪ねる部屋で、お人形みたいにきれいな人と、お伽噺に出てくるようなココアとケーキを食べているなんて、なんだか夢のような気がした。私の母親は料理こそできたがケーキなど焼かなかったし、男はご飯を買ってきてくれはしてもデザートをつけてくれたことはなかったので、なつみさんが食べさせてくれたロールケーキは、私の人生の中で全くイレギュラーな食べ物だったのだ。

 それに気が付いた私の手は、銀色のフォークを握ったままの形で宙に浮く。

 なつみさんは首を傾げて私の表情を覗き込んだ。

 「どうかした?」

 答えられなかった。あの時の私は、急に与えられたふわふわと脆弱な贅沢に怖気づいていたのだと、今なら分かる。しかし9歳の私にその自分の心の動きを理解することは難しかった。

 なつみさんは私が遠慮をしていると思ったらしく、再度ココアとロールケーキを勧めてくれた。

 私はぎこちなくフォークを持ち直し、雪のような粉砂糖で覆われたロールケーキをゆっくりと口に運んだ。

 「食べていいのよ。私がいいって言っているんだから。」

 そう言ったときのなつみさんは、神様みたいに毅然としていた。多分、私が置かれていた環境を悪い方に取り違えていたのだろう。 私は哀れな子供ではあっただろうが、飢えた子供ではなかった。それでもなつみさんの断固とした物言いに私は安心し、6人分くらいはあったであろうロールケーキを、半分くらいまで一気に平らげた。なつみさんはあまりケーキには手を付けず、残った分を小さめの皿に移し替えてきちんとサランラップをかけた。

 「明日の分ね。残ったら亮にあげよう。」

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