「頭打ってる。救急車?」

 「え? 頭? どこ?」

 女の人は私の前にしゃがみ込み、白くて細い両手の指で慎重に私の髪をかき分けた。

 「ああ、ここ。こぶできているし、様子見でいいんじゃない。」

 「ん。」

 「つーか、あんたの方がひどいし。座って。」

 「出てくる。誰か来てもこいつに会わせないでくれ。」

 「は?」

 「頼む。」

 それだけ言って、男は身を翻して大股に部屋を出て行った。玄関のドアが閉まる音が男の急いた足音にすぐに続く。

 女の人は無言で男の背中を睨んでいたが、すぐに私に向き直るとにこっと微笑んだ。

 「名前は? 私はなつみ。」

 「……ちー。」

 本名ではなく学校でよく呼ばれるあだ名を告げたのは、一重に警戒心だった。なつみさんはそれには気が付かなかったようで、そっか、ちーちゃんか、とさらに笑みを深くした。

 きれいな薄茶色の巻き髪を長く垂らした、華奢でお人形さんみたいな美人さんだと思った。身に着けているワンピースも薄いピンク色のレース地で肩を露出するデザインのもので、お人形さんのお洋服のようだった。

 「ちーちゃん、気持ち悪かったりどこか痛かったりしない?」

 「……しない。」

 「なにか飲む?お腹は?」

 「……いらない。」

 「亮ならすぐ戻って来るよ。大丈夫。寒くない? あいつもこんな薄着で出て来るなんて、どうかしているよね。」

 あの男にずっと抱えられていたせいか、別に寒くはなかった。だから頸を振って、あたりをきょろきょろ見回す。きちんと片付いた、広い部屋だった。白いソファや猫足のテーブル、本や雑誌がきちんと整頓された飾り棚にはピンク色の花が活けられている。パジャマ代わりのトレーナーとジャージ姿の自分が急に恥ずかしくなって、じっと身を硬くする。

 「私は亮と同じ中学校に行ってたお友達なの。だから、心配しないでいいからね。」

 私が一人でこの部屋に置き去りにされて不安がっていると思ったのだろう、なつみさんは笑顔でソファの前にしゃがみ込み、私の肩を優しく撫でてくれた。

 「ココア作るね。クッキーとロールケーキもあるの。一緒に食べよう?」

 歌うように可憐ななつみさんの声を聞いていると、急に堰を切ったように涙が流れてきた。

 なつみさんは驚きはしたのだろうが、そんなそぶりは全く見せずに私にボックスティッシュを渡して髪を撫でてくれた。

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