第8話 三すくみの正体
「ところで、あなたはこの小説が、ドッペルゲンガーだけのイメージで終わっていませんか?」
と言われて、
「どういうことですか?」
「私はここにもう一人の見えない存在を感じるんです。小説であからさまに書いているわけではないですが、もう一人存在させているんです。そう、まるで影のような存在とでおいいましょうか、そこには三すくみのような一つの結界で守られた世界の中に均等な距離と力関係によって結ばれた空間が存在します。それぞれに従属関係、そして呪縛、さらには金縛りに遭ったかのような身動きの取れない感覚。このイメージをもし抱いたとすれば、再読の際に、一人のイメージが変わっているのも分かる気がします。読み直すほどに、影の存在をおぼろげに感じているということだからですね。でも、読み終わってしまうと、その影の存在だけが記憶から消えてしまう。そんな小説ではないかと私は思います」
作者がここまで自分の小説を客観的に見ることができるというのも珍しい気がした。
「まるで夢のような感覚ですね」
と、つかさは漠然と聞いたが、勘違いしやすいその言葉に彼は的確に答えた。
「そうですね。あなたの言われる夢というのは、目が覚めるにしたがって忘れていくものという意味での夢を連想されたわけですね。そうだと思います。私も夢を考えた時の原点がこの小説になったのではないかと思っているくらいですよ。小説を書く時でも集中していて、急にふっと息を抜いた時、何をどこまで書いていたのか分からない時がある。それともう一つ、少しだけ違う意味にもなるんですが、一度書いた小説を、同じ作家が同じプロットを元にもう一度書こうとした時、まったく違った作品が出来上がるかも知れないとも思っているんです」
「それは、プロットの立て方にもいろいろあるからなんじゃないですか? 簡単なあらすじだけを箇条書きのような形にしたものから書いていく人、また段落の段階にまで落としたプロットを元に書いていく人がいますからね」
「それはそうだと思いますが、私が考えるに、どんな形のプロットであっても、書く時間が必ず違っているのだから、その人の感性や立場も違うはずですよね。もう一人の自分が存在しているわけではないんだから、同じになるわけはありません」
と言われて、つかさは一瞬ピンときた。
「じゃあ、同じプロットを元に、もう一人のあなた、つまりドッペルゲンガーと同じ作品を書くことになったら、後の自分が書くのと、どっちが似ているんでしょうね?」
と聞いてみた。
「それは、ドッペルゲンガーが書く作品の方が似ているんじゃないかと私は思いますけどね」
と彼は言った。
「そうでしょうか? 私は逆にまったく逆の発想になるのではないかと思ったんですよ。そう、まるで加害に写った姿が左右対称になっているかのようにですね」
というと、
「それも面白いですよね。でも、左右対称ではあるけど、上下は反転しないんですよ。そう思うと完全なまったく逆という発想は、また少し違っているような気がしますね」
いうのが彼の意見だった。
「私も、鏡に写った自分の姿を見て、左右は対称なのに、どうして上下が反転しないんだろうって時々考えるんですよ。実はさっきも洗面所で同じようなことを考えていたので、今その言葉を聞いて、さっきのことを、つい今の瞬間にも考えていたのではないかという錯覚に陥ってしまいました」
「そうなんですね。錯覚というのは実に面白いもので、どこまでを信じるかによって、次に自分が感じることが変わってくるのではないかと思うんです。そういう意味で、その瞬間瞬間には、必ずと言っていいほど錯覚を引き起こさせるものがそばにあって、それに気づくか気付かないかというのが、キーポイントだったりしないでしょうかね?」
と彼がいう。
「私は少し違うかも知れませんね。なるほど、錯覚が絶えず身近にあるというのは、私も目からウロコが落ちたように感じましたが。気付いてはいるんだと思います。気付いてはいるけど、それを意識として自分の中に取り込むかどうか、錯覚は錯覚として気付いただけにしておくと、本当に何も起こり得ないですよね」
つかさのこの意見は、少し彼に考えさせる時間を必要とさせたようだ。
そのまま考えていたようだが、そこから先、どのように考えたのか、つかさにも分からなかった。
「私の作品を読んで、一回目は普通に自分とドッペルゲンガーと思しき人の二人だけだったのだが、再読することで、ドッペルゲンガーのイメージが変わったということは、そこにもう一つ別の人格が生まれたということかも知れませんね。作者が分からなくても読者には分かる。その逆だったら何となく分かる気がするんですが、作者にも読者にも同じ感覚の不思議な人格が生成されているのであれば、それはかなりの信憑性だと言えるのではないだろうか?」
「無理やりにでも、三すくみにこじつけたいということでしょうか?」
とつかさは皮肉を込めて話したが、作者側もニッコリと微笑んで、
「それはお互い様というところではないでしょうか? 私なりの解釈とあなたなりの解釈とでは少し開きがあるような気がしますが、目指しているところは一緒なのではないでしょうか?」
と言われてしまうと、つかさも返事に窮するのだった。
確かにつかさは、この話を無理やりにでも三すくみの形に収めたいと思っていた。しかしそれは、三すくみにしてしまってそれそれで束縛を与えて、密室のようにしてしまわないと、弾けたところから無理が生じてしまい、ドッペルゲンガーにおける都市伝説のような、
「ドッペルゲンガーを見ると、近いうちに必ず死ぬ」
などということが、ウワサになるまでもなく、事実として暗躍してしまわないとも限らない。
影で暗躍するだけに防ぎようもない。防ごうとすると。そこに矛盾が生じてしまい、ドッペルゲンガーに匹敵する都市伝説を生み出してしまう。
――ドッペルゲンガーのいわゆる「都市伝説」も、案外こんなところから派生したものだったのではないだろうか――
とつかさは感じていた。
となると、ドッペルゲンガーと、三すくみの関係というのはどういうものなのだろう?
三すくみには、三者三葉であるため、別々の人間であれば、お互いにけん制し合うということもあるだろうが、もし、一人の人間の中に三すくみが宿っているとすればどうだるだろう?
「ちなみに三すくみの中で一番よく言われるのが、じゃんけんなんじゃないでしょうか?」
と彼は言った
「そうですね、二人でやる場合と三人以上でやる場合とでは、基本的に変わってきますよね」
「ええ、あいこの種類が二つに増えますね。一つは皆が同じ種類を出した場合。これは一目瞭然です。そしてもう一つは、三つある種類のものがすべて出ていた時のことですね」
「ええ、その通りです。この場合こそ『三すくみ』が形成されているわけですよ。でも、二人では形成することができない。なぜなら、三つが別々に揃って初めての三すくみなんですからね」
「そういう意味で、じゃんけんをした時に三人が別々の形を出した場合は、元々じゃんけんが三すくみということなので、『三すくみの中の三すくみ』ということになるんでしょうね」
「ええ、その通りです。またここでもう一つの疑問が出てくるんですが」
「それはどういうことですか?」
「三人でじゃんけんをして三人とも別々のものを出すのであれば、それぞれ一つだから力の均衡は保てているわけですよね? でも、三人以上がじゃんけんをすれば、例えば四人だったとすれば、一つは必ず、二人が出していることになり、あとの二種類は一人ずつということですよね? これは人数による分かりやすい例なんですが、そうなると、これを本当に均衡と言えるかどうかということなんですよ。鋏が二つであれば。一人が犠牲になれば、それで三つが三すくみになるでしょう? ということは、はさみが一番強いわけですよ。そうなると、後の二つと、はさみのうちの一人の三人が脱落するということですよね。だったら、本当に勝負を決めるなら、はさみの決勝戦でいいんじゃないかと思うんですが、考え方はおかしいですか?」
というつかさの意見を、黙って聞いていた彼は、大きく頷くと、
「なるほど、それは確かにそうですね。今まで考えたこともありませんでした。私の考えた『性格的なドッペルゲンガー』の発想を、はるかに凌ぐあなたの発想には敬服しますよ」
と言われてつかさは少し恐縮した気分になった。
「私は、小説を書く時もそうなんですが、こうやって誰かを仮想の相手に据えて話をしてみると、こうやってどんどんといろいろな発想が生まれてくるような気がするんです。どれが実際には存在しないドッペルゲンガーのようなものだと考えれば、僕はドッペルゲンガーを見たことになり、近いうちに死んでしまうんでしょうか? いや、実際に死ぬことはなかった。ドッペルゲンガーというものが、自分で創造したものなのか、それとも、自分の意志に関係なく現れるものなのかで変わってくるんでしょうね」
と彼はいったが、
「でも、自分の意志に関係のないドッペルゲンガーと言われているものであっても、最初は自分が創造したものなのではないでしょうか? 人が勝手に創造できるものでもないでしょうし、最初から皆にドッペルゲンガーは存在していて、たまたま見たか見なかったかというだけの違いなのかも知れないですね」
というと、
「そのたまたまというのも微妙ですよね。もし、あなたの言う通り、最初から誰にでもドッペルゲンガーが存在しているのだとすると、それを見たというのは偶然なんかではなく、必然的に見る運命にあったという考え方の方が、しっくりくる気がしますね」
と、彼は返してきた。
「そういう意味では、ドッペルゲンガーの存在を知らしめないために、もう一人誰かが介在しているのだという乱暴な考えが許されるなら。そこで三すくみが考えられるわけです」
つかさがそういうと、、
「どうしても、ドッペルゲンガーを三すくみに結び付けたいわけですね。僕はドッペルゲンガーについては、結構いろいろ調べてみたりして、興味深く考えてきましたけど、あなたは、三すくみに対して僕がドッペルゲンガーに抱いてきたような発想をお持ちになっているのかも知れないですね。そう思うと。話をしていくうちに、いろいろな発想が固まってくる気がします」
という彼に対して。
「確かにそうなんですが私は、発想が固まっていくというよりも、どんどん広がっているように思えるんです。発想というものはある程度まで最初に広がって、そこから余分なもんを排除することで、一つの形を作り上げるのだとということを認識しているつもりなんです」
と、つかさは答えた。
「時系列とともに広がりを見せるか、それとも固まってしまうかの違いは、三すくみを考えているあなたが最初から固まるという発想を持てば、永遠に動くことができなくなるのではないかという発想から来ているのでしょうか?」
「そうかも知れません。そうでないかも知れない。まずは、こうやってあなたと意見を交換することで見えてくるものを大切にしたいと思っているんですよ」
彼の小説に対しての取材だったはずなのに、どうも少し雲行きが変わってきたようだ。
「さっきの三すくみの中でのじゃんけんの話なんですが、つくづくその通りだと思いますね。『三すくみの中の三すくみ』などという発想、そしてあいこに対しての疑問など、言われてみれば、どうして自分でも疑問に思わなかったのかって思いますが、果たしてどうなんでしょうね」
と彼がいうと、
「でもですね、時系列という発想でいけば、この三すくみも思いつくことではないかと感じるんですよ。ただし、今回のキーワードは『あいこ』ですよね? 三すくみというのは、三つがそれぞれけん制しあって、自分が動けば相手も動いて、自分が殺されるという、それを繋げた、循環系の発想なんですよ。これってよく考えてみると、例えばヘビが自分の尻尾に噛みついて。そのまま自分を飲み込んでいくとすればどうでしょう? 実際には不可能なのことなんですが、可能だとすれば、果たしてどう納得すればいいんでしょうかね? 今はできっこないと思っているから、疑問にも思いませんが、出来ると仮定すると、その理屈は納得できるものではない。自分を納得させるって、いったい何なんでしょうね?」
つかさは、自分でも何を言っているのか、正直分かっていなかった。
「僕が書いた『性格的なドッペルゲンガー』という話も、書き始めはほとんど形になってはいませんでした。でも書いていくうちにどんどん発想が膨らんでいったんです。一度目と二度目に読んだ時の発想が違うのは私にとっては、想定内のことでした。自分で再読した時、納得できたからですね。でも、そこから三すくみの発想を抱こうなどという発想を持ってくるひとがいるなど、想像もしていませんでした」
――どこかにドッペルゲンガーや三すくみの正体が潜んでいるのかも知れない――
とつかさは感じた。
つかさ自身も彼と話をするうちに、自分を納得させている会話になっていると感じたからだった。
「加算法と減算法という考え方がありますが、小説を書く上でのプロットを考えるのって。そういう発想に別れるのではないかと思っています」
とつかさがいうと、
「ほう、それはどういう意味でですかな?」
と彼がきくので、
「例えば加算法というのは、何もないところから一つずつ入れている考え方です。逆に減算法は、百ある内からどんどん下げていく考えですね。もし、同じものを別々に、同じ人が加算法と減算法で考えるとして、同じ地点に来た時に、今まで自分が通ってきた道を見比べてみるんですよ。そうすると、どっちが最初の地点までで近くに見えるんでしょうね?」
と聞くと、つかさの真意を理解できていない作者は、頭を傾げて。
「どっちなんでしょうね?」
と少し困った様子だった。
「これは、心理的な錯覚のようなものなのですが、上から下に降りる時、そして下から上を目指す時、同じ距離を歩いてきた場合に、元来た道を見た場合の話なんですが、私は下から上に上がる時だと思うんです。上から下に降りる時というのは、最初はてっぺんから一番下が見えているので、どれほどの教理があるか分かっているだけに、最初は恐ろしいと思うんです。でも、次第に少しずつでも降りてくると、だんだん地面が近づいてくるので、それほど怖くない。そんな状態で今度は下から上を見るのだから、結構近くに感じるはずです。でも、逆に下から上を最初に見ると、目的地店は見えません。あくまでも、もう一人の自分がいる位置が見えるだけで、その位置も下から見ているので、それほど怖いとは思わないでしょう。下から上がっていく場合は、いくら目的の地点が分かっているといっても、地表のように、そこに何かがあるわけではない。青い空が広がっているだけ。下から見ていると近づいているという感覚はないが、怖くもありません。でも、そこまでやってきて。今度は来たところを振り返ってみると、高いところに上ってきたという意識もなしに上にいるわけだから、最初から上にいたようなもので、いきなりの高さに恐怖を感じるでしょう。立ち眩みもするかも知れない。途中のプロセスも加味すると、倍くらいの感覚で、加算法の方が怖いと思うはずです」
とつかさがいうと、
「本当に倍の恐怖があるんでしょうか?」
と彼が聞き返した。
「それはどういう意味ですか?」
つかさも興味津々でその話に耳を傾けた。
「人間のインスピレーションというのは、なるほど、その状態に陥った時、そしてそのプロセスに大きな意味があるというのは、私も頷けます。でも、その起点である最初のイメージはまったく関係ないと言えるんでしょうか? 僕は今のお話を聞いていて、最初に感じたそれぞれのインスピレーションが欠落しているように思ったんです。せっかく今あなたが解説してくださった話の中に、最初のインスピレーションを話してくれましたよね?」
「ええ」
「上に最初にいた時は、上から見た時は、遠くに地表が見えるので、これほど怖いものはないという印象。そして、下から見る場合は雲をつかむかのような印象で、目標は見えていても、印象は果てない遠くの青い空にあるわけなので、恐怖を感じるという謂われはない。つまりは、最初の印象としては、前者は、百の恐怖。そして後者は、ゼロの恐怖。数字通りにここから始まっているわけですよ。そして今言ったあなたのプロセスが入り、そして最後に来た道をもう一度振り返ると、確かに恐怖の違いは歴然なのでしょうね。でも、私にはその二つを一緒に考えれば、結局はそれぞれに、その途中の半分、つまり五十ずつの恐怖を感じることになるんじゃないかって思うんです。お互いに同じ感覚なら、加算法なのか減算法なのかということは同じではないかということです。でも、この感覚はプロットを考える時には必要かも知れません。百から減らしていくのか、ゼロから増やすのか、着地点が同じであれば、後は最初とプロセスの問題です。要するに最初に大きなひらめきがあるかないかということなのではないでしょうか?」
と、彼はいった。
つかさが言いたかったことと少し違う方に話が流れた気はしたが、ここでもつかさの中で何か、目からウロコが落ちたような気がした。
「なかなか小説というものは、書き始めるまでにいろいろあって面白いですよね」
とつかさがいうと。
「そうですね、そういえば、手品師などは、人に見せるまでに仕事はすべて終わっていると言われていますが、それだけ準備に怠らないということですね。小説かも同じなのではないでしょうか」
という表現をしたが、それを聞いてからか、つかさは別の発想もあった。
「男女間の恋愛感情にも似たようなことがいえるのではないかと思うのですが」
「どういうことでしょうか?」
「恋愛感情というか、お互いの気持ちが冷めていって、別れが近づいている時などの感情なんですけどね」
とつかさがいうと、彼は少しキョトンとした表情をしていて、
「男性には少し分かりにくいところではないかと思うのですが、女性の方から別れを切り出した時のことを思い出してみてください」
とつかさがいうと、
「お恥ずかしながら、僕にも以前付き合っていた女性がいたんですが、その人から別れを切り出されたことがあったので、その時のことを思い出しました」
「その時はどんな感じだったんですか?」
と聞くと、彼はその時の心境を、思い出したくないことだとして記憶から消そうと努力でもしていたのか、思い出そうとしている自分を奮い立たせているかのようにも見えた。
「それがよく分からなかったんです。正直今も分かっていません。何しろいきなり別れたいと言われて、僕としては青天の霹靂だったので、必死に理由を聞いたのですが、それに対しての理由を話してくれないんです。まるで、あなたが分からないなんて信じられないとでも言いたげな表情をしているんです。こっちはこっちで訳が分からないし。正直女性が分からなくなり、怖いくらいですよ」
「女性不審になってしまいそうでしょう?」
「ええ、まさしくその通りですよ」
と、彼はその時のことを思い出したのか、かなり憤慨している。
――自分は悪くないのに――
と言いたいのだろう。
「でもですね。別れを切り出したということは、れっきとした理由はちゃんとあるんですよ。それをあなたが分かっていないことに彼女は腹を立てているんだと思います」
「でも、あまりにもいきなりだったので、腹を立てているのはこっちですよ」
と、どんどん憤慨が大きくなる彼をこれ以上煽るわけにもいかないと思ったつかさとしては、
「そこなんですよ。そこが男と女の最大の違い。つまり、言い出したのが男なのか女なのかによって違っているんですよね」
「ますます分からない」
「女性というのはですね。我慢をできるだけしようとするものなんですよ。もちろん、女性の中にはたくさんいろいろな人がいるので、一括りにはできませんが。一般的に言って、女性というのは。我慢するだけするので、別れを言い出す時というのは、我慢の限界を超えた時、つまり、自分で結界を超えてしまった時に初めて別れを口にするんです。だから男性側からすればいきなりに見えるかも知れませんが、女性が別れを口にした時というのは、もう、復旧の道を自らが遮断して、元に戻ることのできないところまできて初めて言及するんですよ」
とつかさがいうと、
「それはひどい」
「男性から見るとそうでしょうね。せっかく今まで二人でうまくやってきたと思っているでしょうからね。でも、その間に相手の女性はどんどん心変わりをしていっていたんですよ。それをまったく気づかないというのは、男性側も、何だかなということになるんでしょうね。だから、余計に女性側も、『しょせん、その程度の人』という見方しかしない。つまり自分のその男性に対する見方が正しいという裏付けを取ったようなものですからね」
「でも、男とすれば、そんなになるまでには、相談してくれると思っている人が大半だと思いますよ」
「それは、女性は甘えてくるものだという意識を持っているからでしょう? 女性はそんなに甘えん坊ではないんですよ。自分が好きになった相手なので、自分一人で解決しようと思う。それも、ある意味女性の優しさなのかも知れないですよね」
とつかさがいうと、
「それはあくまでも女性側からの発想ですおね。男性とすれば、何も言ってくれないと分からない場合が多いですよ。ある意味男性というのは、不器用だからですね。つまりは、女性が別れを口にした時点で、それはまるで事後報告のようなもので、すべては終わっているという解釈でいいんでしょうか?」
「ええ、それでいいと思います」
「何とも理不尽な考えだ」
彼は、そう言って、溜息をついた。
そして、自分の加kを振り返っているのだろう。その視線は虚空を見つめていたのだった。
つかさはここにも見えない何かの力、もう一つの三すくみを形成する力があるのではないかと考えていた。
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