第2話

 陵沙那みささぎさなは名古屋市中区のバーで働いていた。風俗店の夜仕事と掛け持ちで、荒んだ毎日は地獄のように辛かった。午後14時に起きる。煙草を吸いながらエナジードリンクを飲む。一ヶ月以上心神喪失状態で横たわる裸の母親の背中に、憂さ晴らしに煙草の火を押し付け、憐れむように見下ろす。夜の仕事のための下着をベランダから取り込み、バッグに押し込んでアパートを出ていく。17時から23時までキャバクラで男性客のくだらない話に相槌をうち、午前0時から午前4時まで男性客に性的なサービスを提供し、朝の5時に帰ってくる。母親のために食事を作り置きして風呂に入って寝る。常に死にたかった。キャバクラでジジイがのたまう。「髪が汚くないかい?女の身だしなみは髪からっていうだろ?もっと魅力的なアスナちゃんがみたいなあ」「もー、社長はうるさいんだからあ。でもほら社長の好きなピンヒール履いてきたのよ?」栄養状態が悪いせいで、髪は乾燥して肌にはできものができていた。それを化粧とパーマで覆い隠している。風俗で親父がほざく。「ねね、ラナちゃん。即尺してよお」「えー、そういうのはお店の規則的にだめなの。ね、きれいにしてからにしよ?」

 時間も気力も体も、何もかも搾取される毎日。ときどき店の入るビルの屋上に上がって下を見下ろす。怖い。ときどき包丁を腹に突き立ててみる。怖い。どんな手段も怖かった。神様はひどい、と沙那は思った。生まれてくることは祝福する。でもその後の人生には責任を持ってくれない。人生に苦しみしかなくて、死にたいと思っても神様が作った本能のせいで簡単には死ねない。もう何回死のうとして、怖くて逃げたか。死にたいと願うことにすら疲れてくる。かといって生きていれば地獄の毎日。天の神様の、更にその天の神様に救いを乞う毎日だった。

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