第3話 記憶喪失
ゆっくりとしてれば、邪魔になりかねないと思ったあいりは、その場所から離れたところに身を潜め、なるべく存在を消しながら、救急隊員の粛々とした行動を見ていると、そうは問屋が卸さないとばかりに、肩をトントンと叩く人がいた。
ビックリして後ろを振り返すと、そこには一人の制服警官と、二人の私服の男性がいた。
「ちょっとお話を聞かせてもらえるかな?」
と、私服姿の若い男性が代表してそういったのを見ると、警官の横にいた二人の私服の男性は、刑事さんであるとろに間違いはないようだった。
「あ、はい」
と言って、警官が差し出した手に捕まって、やっと腰を上げることができた。
どうも途中から中腰になっていて、次第に座り込むようになっていたようで、それもあまりのことに自分でもよく分かっていなかったのだろう。
ニッコリと笑顔を見せた警官は、いかにも、
「街のお巡りさん」
という感じのとてもいい雰囲気の人だった。
警官というと、中年か初老のひとを思い浮かべていたのは、昔のサスペンスドラマなどの再放送のイメージが強かったからであろうか。あいりは結構テレビは見る方で、しかも、昼間の再放送サスペンスを録画しておいて、休日に見るのが好きだった頃があった。大学時代には平日の昼間など、友達と予定が合わない時などは、早く帰ってきて、サスペンスの再放送を見たものだった。
そのおかげでサスペンスドラマのパターンは分かってきて、トリックというものに注目すると、実に面白くないのだが、ストーリーとして見るしかないと思っていた。
三人があいりを連れていったのは、奥のリビングだった。想像していた通りだったので、別にビックリすることもなく、あいりは、三対一という状態であったが、臆している雰囲気はなかった。
真ん中には一番の年上の刑事さんがいたが、質問は左に座った若い方の刑事がするようで、手帳を取り出して、メモをしながらの聴取になるようだ。
「まずは、あなたのお名前とご職業などをお伺いしましょうか?」
と聞かれたので、
「私は涼川あいりと言います。今年で二十五歳になります。仕事は、M商事で事務をしています。ここの住人の方とは同期入社で、仲良くしてもらっています」
と答えた。
「じゃあ、このお部屋の方とは、仲が良かったということは、ここにも何度か訪れたことがあるというこtでしょうか? ここの住人は山口真美さんという女性のようですが、同じ会社に勤めておられるということでいいんですね?」
「ええ、そうです。ただ年齢としては私が大学卒業であるのとは別に彼女は短大卒なので、少し私の方が年上ではありますけどね。ええ、ここには何度か来たことがありますよ。彼女も私のお部屋に来たこともありますし、私は自分が会社の仕事以外のプライベートで誰かと一緒にいる率を考えると、たぶん、七、八割くらいは彼女と一緒にいると思います」
「それ以外の時は?」
「私の場合は一人の時が多いです」
というと、
「じゃあ、彼女の方はどうだったんでしょうか?」
「彼女はどうだったのかまでは分かりません。お互いに一緒にいることが多い仲ではあると思いますが、お互いのさらなるプライベートには入り込まないようにしていますからね。だからこそ、友達関係が築けるのではないかと思います」
「いえ、それはもっとものことでしょうね」
と、今度は年上の刑事が答えた。
「ところで、山口さんは自殺ではないかと思われるんですが、何かそれに関しては思い当たるふしはありますか?」
と聞かれた。
「そうですね。今のところはピンとくることはありません。ただ、最近彼女は私にも隠し事をしているんじゃないかと思うことはありました」
質問した刑事の眉が一瞬吊り上がったようだが、彼が感じたのは、
――この娘、私にもという表現を使ったが、少なくとも涼川あいりという女性は、自分が一番山口真美と仲がいいということを信じて疑わないんだろうな――
ということであった。
思い込みが激しいからなのか、彼女の感じている通りなのかは、ハッキリと分からなかったが、現時点での聴取とすれば、それくらいのことが分かればいいだろう。もし死んでしまっていれば、もう少し質問が必要であってもいいが、生き残ったということでいずれ本人からも話が聞けるだろう。回復を待ってからの本人からの話を聞くに越したことはないからだ。
そうしないと余計な先入観が入ってしまって、長所が片手落ちになってしまうと思ったのだろう。
「なるほどよく分かりました。またお聞きするかも知れませんが、後は山口さんの回復を待ってからになりますね」
と、そのあと形式的であるため、わざわざここで列記することもないだろう。
時間的には二十分程度の事情聴取だったが、それを終えると、
「我々は救急車を追いかけて病院に向かいますが、どうされますか? 我々の用事は済んでいますが」
と言われたので、
「私も気になるので、病院に行こうと思っています」
というと、
「そうですか、じゃあ、ご一緒しましょう。どの病院に向かったのかは分かっていますので、すぐに向かうことができます」
と言われたので、一緒にパトカーに乗って病院に赴くことにした。
その時、一人の若い刑事は現場に残っていた。
「どうして一緒に来ないのだろう?」
と思ったが、どうやら、部屋を一通り物色しているようである。考えてみれば自殺なのだから、遺書や、自殺の動機になる何かが発見できるかも知れない。少なくとも手首を切ってのことなので、思い切ってのことではあるが、衝動的には思えない。遺書くらいはどこかにあって不思議はないだろう。
そう思って、刑事が捜査している真美の部屋に後ろ髪を引かれるような不思議な感覚に捉われながら、あいりは、パトカーに乗って病院へと向かった。
病院は、彼女の部屋から車で十五分ほどのところにある救急病院であった。搬送場面は実際に見ていないので分からないが、さぞや喧騒と下場面だったに違いない。
三人が到着した時、彼女は手術中であるということだった。
それを聞いたあいりは、
「私の通報がもう少し早かったら、こんなひどいことにならなかったかも知れないわ」
というと、救急犯の人が、
「そんなことはないよ。大丈夫。安心していればいいよ」
と、根拠のない慰めをしてくれたが、それを聞いて安心したと思ったのか、刑事があいりに対して、
「発見が遅れるようなことになってしまったのかお?」
と別に責めているわけではないが、その言葉自体に重みを感じたあいりは、一瞬ひるんでしまったが、すぐに冷静さを取り戻しm
「いえ、そういうわけではなく、まず最初にリビングやダイニングキッチンの方を見に行って、その部屋の様子なんかを見て、少し考えてしまったような気がしたので、それで発見が遅れたのかもって思ったんです。まさかあんなことになっているなんて思ってもみなかったので、部屋の様子を見て、何か彼女の心境が分かればいいかも知れないと感じたというのが、その時の心境でしたね」
とあいりは答えた。
「そうですか。そうですよね。自殺をするような思いがまったくなったのであれば、どこかに出かけていてすぐに帰ってくるかも知れないなどと思いますよね。あのテレビもついていたんでしょう?」
「ええ、テレビもついていました。ただ、音が思ったよりも大きいなというのは気にしていたんですが……」
と言って、あいりはふとトイレのカバーで感じた違和感を思い出した。
――どうしよう、言おうかいいまいか、迷うな――
と思っていると、さすがに刑事は勘がいい。
「どうかしましたか? なんでも言ってください」
と言われた。
あいりは迷ったが、
「これはあくまでも私の勘違いかも知れないので、あまり気にしないでほしいんですが」
と言って前置きをすると、
「構いません、何が重要になるか分からない状態というのもありますからね。情報が多すぎると難しい場合もありますが、情報収集においてが、少しでもほしいというのが、本音というところでしょうか」
と言われたので、刑事に先ほどのことを話し始めた。
「実は彼女のマンションは、どこのマンションでも同じだと思うんですが、洋式トイレになっているんです。そこで気になったのが、その洋式トイレの蓋だったんですよ。彼女は女性の一人暮らしなのに、洋式便所の蓋が開いているというのは、おかしいでしょう?」
ということであった。
刑事もすぐに気付いたようで、
「なるほど、じゃあ、最後に使ったのは男であり、彼女には親しい男性がいたということでしょうか?」
「ええ、そうは言えるかも知れないですね」
「でも、家族ということはないですか?」
「それはないと思います」
「どうして分かるんですか?」
「私があそこに行ったのは、彼女から来てほしいと言われたからなんです。それから一時間以上もかかって彼女の家に行ったんですよ。彼女が家族がいるにも私を呼ぶとは思えません。しかも、尋常ではない様子でした。そう思うと数時間彼女はトイレを我慢していたということでしょうか? それは考えにくいと思うんです。女性であれば特にそうですね」
「なるほど、絶対にないとは言えませんが、可能性としては、限りなくゼロに近いということでしょうね」
と刑事は言った。
「ところで、涼川さんは、もし彼女にそんな男性がいたとして、どなたなのか、想像はつきますか?」
あいりは、当然あるべき質問として受け取った。
もちろん、聴かれることも最初から分かっていて、
「ええ、私も考えてみましたが、ちょっと分かりませんね」
とあいりがいうと、
「じゃあ、彼女にそういう彼氏がいるというような素振りは今までにありましたか?」
「いいえ、私が知っている限りでは、ここ二年ほどですが、誰かおつきあいをしている人がいたという感覚はなかったような気がします」
あくまでも、あいりの独自の感覚というだけの話であるが、思った通りを刑事に答えたのだった。
この二年間というもの、絶えず一緒にいたわけではないが、ただ、一緒にいる時間だけを考えても、誰か付き合っている人がいるとすれば、デートなどのまとまった時間を取ることはできなかったであろう。それでも、誰か彼氏がいたのだとすれば、真美に対しての思いを根本から変えなければいけないだろうと、あいりは思った。
そして、それはきっと自分の知らない相手ではないかと思った。もし知っている人であれば、時間を取りながら、あいりには絶対に知られないようにしないといけないという意識も手伝ってか、かなりのストレスになったからであろう。
考えてみれば、この自殺も今のところ理由が分かっていないのだから、そのストレスの原因の一つとして考えられないこともない。自殺をするだけの何かがあるのだから、当然、あらゆる角度から考えてみることができるはずである。
あいりは、質問に答える間に、それだけの思考を頭で組み立てていたが、それがどれほどの時間だったのかということを、ハッキリと分かったわけではなかった。
「とにかく、私にはよく分からないことが多いような気がしてきました。今回の自殺未遂もそうですが、ちょっと今は信じられないという思いが強いです。その思いを持っていると、自殺の原因にしても、限りなく考えられるような気がしてくるので、それが本当の彼女なのかを考えてみないと、自殺の理由すら、突き止めることができないような気がします」
「そうですね、本人は助かるなんて思っていなかっただろうから、きっと目が覚めればビックリするでしょうね。生きていることを喜べばいいのかきっと苦しむかも知れませんね」
と、刑事はまるで禅問答のような表現をした、それはまさに、以前高校の時の修学旅行で確か京都に行った時、清水寺だったかどこかで、「不老不死の水」と言われるようなものがあり、そこでガイドさんが面白いことを言っていた。
「一杯飲めば、一日多く、そして二杯飲めば一年多く、そして三杯飲めば死ぬまで生きられます」
と言っていたが、まさにその言葉のイメージである。
しかし、実際には一杯でいいのであって、二杯以上飲もうとすると、欲深さを神様に見透かされてしまって、ロクなことにならないとも言われている。
ひょっとして、この時のガイドさんの言葉は、その戒めとして、禅問答のような形で説教したのではないかとも思えた。
だが、死ぬまで生きられるという言い方も実に微妙であり、誰もがそれを聞いて
「そんなの当たり前じゃん」
と言って、まるで自分がバカにされたかのような感覚になることを悟るであろう。
だが、生と死の世界の間にはれっきとした結界があり、一度超えると戻ってこれないものであろう。しかも、生の世界から死の世界に対しては入り口があるが、逆に死の世界から生の世界にその入り口は存在しない。(と言われている)
それを思うと、真美は死の一歩手前まで行っていたところを戻ってきたことになる。
――死の世界とは、いったいどんなところであろう――
と思わないでもいられない。
極楽の世界や、地獄絵巻を思い浮かべるが、誰か見たことがある人がいるというのだろうか? 過去から通算すれば、どれだけの人間が生まれて死んでいったのか、生き返ったという人間を知らないだけに、死後の世界というものの存在すら疑わしく思えてくるのも無理のないことであろう。
そういう意味でも、
「死ぬまで生きられる」
という言葉も、実に風刺が効いていると言ってもいいだろう。死ぬということが、生きることの終点だということは分かっていても、その先を知っている人は誰もいない。
もし、知っているという人が出てきたとしても、その信憑性はどこにあるのか、ウソつき呼ばわりされて、それで終わりではないだろうか。
車が病院に着くと、真美の治療はまだ行われていた。さすがに手術までがしないといけないほどのことはなかったので、まだマシだったのかも知れないが、まだ意識は戻らないという。
手首を切ったショック状態だったこともあり、二、三日は絶対安静だという。入院も面会謝絶の部屋が用意され、警察の事情聴取もそれ以降になるという。刑事は担当医師から彼女の容態について、少し話を聞いた。
「とりあえずは、命には別条ありません。心臓も脈拍も、血圧も問題はないようですね。ただ手首を切ったショックというのがありますし、今は結構な出血もありますので、点滴と輸血を行っているところで、二、三日は絶対安静を必要としますので、お話はそれ以降になると思いますね」
と言われた。
「じゃあ、しばらくは、お話が聞けないわけですね。分かりました。では、後は先生、よろしくお願いいたします」
と、言って、病室を出てきたところに、もう一人の若い方の刑事が合流してきた、
「どうしたんだね?」
「部屋を捜索していると、遺書らしきものが発見されましたので、できれば、涼川さんと一緒に見てもらおうかと思いまして」
ということだった。
もちろん、あいりにも異存はなかった。自分も真美がなぜ自殺などを試みたのか知りたかったのだ。
刑事はそれを見せてくれた。内容はかなり端折っていて、自筆ということもあり、かなり筆は乱れていた。普段からパソコン打ちで、手書きなどほとんどないので、彼女がどんな字を書くのか分からなかった。その乱れた字がその時の精神上血を表しているのか、本当に字が下手なのか分からなかった。
だが、字の大きさがまちまちだというのは、やはりかなり精神的に追い詰められていたのか、普通なら考えられないことであった。
その内容は、あいりをビックリさせた。遺書というよりも、誰かに宛てた手紙のようにも見えるが、その相手はどうやら男性のようだ。実名は書かれておらず。イニシャルで、
「Kさん」
と書かれているだけだったが、その内容は皮肉的な表現が多かった。
皮肉というか、嫌味のようなもので、彼女が自殺をしておらずに、この手紙だけが発見されたのであれば、この手紙を書いた女は、だいぶ嫉妬深い人だと思われるだろう。
嫉妬深いだけではなく、なかなか諦めの悪い雰囲気だ。本人も、
「これ以上付き合っていてもお互いにダメになる」
という言葉を使ったり、
「一緒にいることが、どうしてできないの?」
というようなことが書かれていた。
彼女に対して別れが告げられ、それに対しての返事のようなものを書き連ねたものであってが、そこに死という言葉は出てこない。そういう意味で刑事は、
「遺書らしきもの」
という表現にとどまったのだろう。
そこに死という言葉がない以上、遺書としては成立しない。文章を見ているだけでは、本当にこれをその、
「Kさん」
に送り付けようとしていたものなのかも知れない。
書くには書いたが、それを投函するかどうか迷っていたのか、それとも、次第に死というものを意識してくることで、彼に対して、半分どうでもいいような気分になったのかも知れない。
死を決意するためのきっかけになったのだろうが、実際に死を目の前にした時、その元々の感情がなくなってしまったのではないかと思うと、何となく分かる気がする。
彼への未練がなくなった時、彼女は生きる気力も一緒に失ったのかも知れない。そんな彼女について、思い出したことがあった。
「そういえば、彼女、夏の間でも手首にいつもサポーターを巻いていたりして、手首を隠そうと意識していたような気がしたわ」
というと、
「医者の話では、山口さんは過去にも何度かリストカットを試みたことがあるようで、だから自殺未遂緒今回が初めてではないようですね。ただ、今回が一番酷かったんでしょうけどね。山口さんに鬱病のようなものはありませんでしたか?」
と言われた、
「私は気付きませんでしたね。私は友達だから、なるべくそんな素振りは見せないようにしていたのではないでしょうか?」
というと、
「でも、逆に隠そうとしていれば、その片鱗は分かるもので、そういう意味ではどうですか?」
「言われてみると、そんなこともあったかも知れないですが、正直ハッキリしないというのが、本音ですね」
とあいりは答えるしかなかった。
確かに考えてみれば、思い当たるふしがないわけではない。急に怒り出すこともあれば、それに驚いてまわりが真美に気を遣い始めると、いつの間にか期限の悪さが治っていて、実際に皆が何にそんなに気を遣っているのか、分かっていないようだった。あざとさからの行動ではなく、本当に自分でも分からないようで、
「真美って、自分で何かを引き起こし、まわりを巻き込んで置いて、一人だけいつの間にかその渦中から消えてしまうというような、そんな人なのかも知れないね」
という人に対して、
「でも、あの子、悪気はないみたいなんだけど?」
というと、
「そうよ。だから余計にたちが悪いのよ。罪のないことで罪作りを平気でしてしまうのよ」
という言葉を聞いて、皆納得していた。
真美は几帳面な性格のわりには、どこか大雑把なところもある。それを知っている人は、
「あの子は、早津翔なのか、二重人格なのかのどちらかではないのかな? それもなかなか分かりにくいタイプの人なのかも知れないわね。それを思うと、いざという時に裏切られそうな気もするので、気を許すことができないわ」
「ええ、そうね。心底信用しないようにしておかないと、ひどい目に遭いそうだわ」
などという、ロクな話が出てこない。
そんな話を思い出していると、
――真美さんは、意外と自分によくないウワサが立っていることを知っていて、それを苦にしていたのかも知れないわ――
と思った。
しかも、彼女は自分の悪口を言われているのは分かっているが、その内容がどんなものなのかまでは分からない。陰口と言うのは言われている人は何となく分かったとしても、その内容が分からないので、最悪のことを考えてしまう。
言われている内容は本当に最悪のことなのかも知れないが、真美の場合は自覚がなさそうなので、妄想はどんどん膨らんでいく。却って悪い性格を自覚している方が、そこまで悩むことはないのだろう。
自覚している人は、それなりに自分の態度を一定に保つこともできるが、自覚していないと、中途半端になってしまい、まわりに余計に結果として酷いことをしてしまうということになるだろう。自覚がないというのは、ある意味幸せなことだという人もいるが、やはりその分のリスクは大きいのかも知れない。
今までに何度もリストカットを試みているという話を聞いて、あいりは刑事の前では驚いて見せたが、実際にはそれほど驚いているわけではない。自分の姉がどうだったので真美がそうであったとしても、何ら不思議はないからだ。
しかし、なぜ自分がビックリしたような態度で、分かっていたことを隠そうとしたのか、そっちの方が自分で疑問である。
これが殺人事件で、自分が犯人として刑事に疑われたくないという意識を持っているのだとすれば、分からなくもないが、考えられるとすれば、彼女の自殺の原因を自分だと思われたくないということなのかも知れない。やはり面と向かって話をしている相手から、その時だけの関係だったとしても、疑われたくないという心理は、何とか自分を取り繕うという気持ちの表れであり、自分がまわりに体裁を感じているのではないかと思うところであった。
――人に気を遣うことも遣われることも嫌な私が、体裁を繕うなどを考えているなんて自分でも信じられない――
と思っていた。
これは真美も同じことだったのかも知れない。
それにしても、真美の手紙にあった「Kさん」というのは誰のことなのだろう? 刑事も言っていたが、真美の意識が一刻も早く戻って、それを聞いてみたい思いでいっぱいだった。
だが、あいりが考えている思いは、まわりの人の誰もがあいりの立場になって考えたとしても違うことを感じているかも知れない。それはあいりにしか分からなかった。
そんな刑事やあいりの思いを根底から覆すような情報が医者から伝えられたのは、その翌日のことであった。
真美は、意識を取り戻したのだという。嬉しくてあいりは病院にいくと、そこで刑事と一緒に彼女の状態を聞くと、衝撃的な言葉が医者の口から聞かされることになった。
「山口真美さんは、記憶喪失に掛かっています」
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