第9話 Line out

三閉免疫症候群みたいな群衆はどこの国にも存在する。貧困と混沌があればそこには必ず症候群が発症する。

需要と供給の間に必ず介在する神の見えざる手のごとくだと俺たちは考える。

俺はもともと三閉免疫の家系に生まれたわけではない。だから、家系的に三閉免疫遺伝子の人たちが持っている劣等感のようなものを完全には共感できないようなところがある。遠慮に繋がっていると指摘されたこともあった。

三閉免疫の人々の中には症候群ではなく不全だと言われて甘んじた人々も多い。

プライドを持てなかったのはなぜだろうと俺は思うが、その率直な思いも言ってはいけないような気がしていた。

めぐなどは率直にあけすけに聞いてしまうけれど、あれはあれで天性の社交性が特約のようについているからであって誰でもやっていいものではない。


「その劣等感の根拠は?」

劣等感の問題になるとめぐはムキになる。なぜそこまで怒るのか、俺は理解できなかった。


世界中にいる三閉免疫症候群は今も亜種白路を盲信していたりする。白と名がつけば黒人は白人を目の敵にしたし、亜種といえばムスリムがキリスト教徒を目の敵にした。本質は白人のせいでもキリスト教徒のせいでもなく、黒人やムスリムが差別されるような情報を与えたことが発端だった。しかも慈善活動という職業の名を利用して。

そもそも慈善活動は副産物として存在すればいいものだ。収入の一部を社会に貢献するために存在する。すなわち慈善活動が職業であると言ってしまえば、それは詐欺師の類に相当する。

「亜種白路はボランティア団体の職員ですっていうけど、ボランティア団体に所属していることでお給料もらっているんだよ。人の寄付金で飯食ってる奴。しかもその会計報告なんてどんぶり勘定。見たことある?ないでしょう?それがすべてのを物語っている。人の余剰分をかき集めて収入にしてる、乞食と同じシステム。道端の物乞いと変わらない」


物乞いは世界各地にいる。そこから這い上がる第一歩を踏み出すことが三閉免疫症候群への最初の関門だったりするわけだが、その最初の関門への挑戦権を亜種白路は奪ってきたことを世界中の三閉免疫症候群たちにもあまり知られていない事実かもしれない。もちろん、今もなお貧困で苦しみ、三閉免疫症候群の関門をくぐる手段を持たない人たちも同様に。


「世界の貧困に手を差し伸べるためにはまず働かなきゃいけない。人のために働いて自分の力で収入を得るの。余剰がなければボランティアなんてしなくていい、寄付なんて考える必要もない。善意に対して目標額を勝手に定めているのは亜種白路、無視していいよ、そんなの」

めぐは語気を強めていく。なにがそんなに気に入らないだろう、俺は黙ってその真意を見定めようとしている。


「基実くんと帝都を分断したことと同じ。白人と黒人に誤解が生じたのは白人サイドの亜種白路と黒人サイドの百舌鳥柄がいたから。代理戦争だったのよ。ムスリムは百舌鳥柄サイドが、キリスト教は亜種白路が代理戦争を依頼した。白人も黒人も亜種白路と百舌鳥柄のシンボルだったの、ムスリムとキリスト教もそう。あたしは世界の分断を許さない、絶対に」


ああ、なるほど、俺と帝都の恋路を邪魔したことと重ね合わせているからムキになるのか。相変わらず可愛いなあと思う。

そしてその可愛い発言の後には同じ人間が考えたとは想像もできないようなとんでもない切り込みを必ず入れてくる。


「民事裁判によって寄付金を取り戻してください。世界中の三閉免疫症候群の席は確保してあるけれど、手続きが間違っていた。その手続きがあなたがたと亜種白路を繋ぐ奴隷の鎖となっている。だから必ず権利を主張し、侵害されたものを取り戻してください」


来年と再来年にはいよいよアメリカとイギリスに留学を控えている。めぐは本気でひとりの市民として人権問題をライフワークにするらしい。自分の力で収入を得る、ブルーカラーの養父の影響が色濃く出ているから三閉免疫症候群にも好かれる。

誘拐されたことにも意味があったのだと感慨深くなる。







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