第6話 過渡期

過渡期を迎えるときはいつも8月だった。

あたしの人生は8月を決算月としているようだった。


接触障害のぶり返しが起きている。銅河原特殊部隊の攻撃が佳境に差し掛かっているだけだとわかっていても、あたしにはかなり堪える。加えてこの暑さだ。

スーパーエルニーニョが何なのかはよくわからないけれど、毎日ゴールポストをずらされている気分がする。

来週の月曜日には30度以下になるって言ったじゃないのよ!

毎週文句を言うのは小学校の頃から変わらない。夏は苦手だし、夏は嫌いだ。


帝都とあたしの8月は苦い。すでに33年の歴史があるあたしたちに甘酸っぱかった8月は一度も存在しない。ただの一度も。

「ねえ、帝都、8月好き?」

「1月が好き」

1月はあたしの誕生日だ。

「あたしは帝都が大好き!」

ね?帝都ってあたしのプロでしょ?誰も帝都の変わりはできないの。


歴史は更新可能ですか?

朱雀雪芸に質問しようと思って、時空旅人のインマヌエルに朱雀雪芸の行方を聞こうと思ったことが幾度かあった。でも朱雀雪芸とあたしは父とあたしよりも感性が近いから行方を聞くことを辞めた。きっとあたしなら今は放っておいてほしいと思うだろうから。


帝都とあたしは苦い思い出を自分たちの子どもとして今を共に生きている。

共有したことはいくつもある。苦い思い出もまた別々の場所で同じように経験した。同じ場所であたしが鈍感で子どもだったから大人になってようやく気づけたようなこともあった。


過渡期を迎えたあたしは今、接触障害をぶり返している。

基実くんの顔も比例して険しくなっていく。あたし以外に心を開かないことで、仕事に集中することでイライラを払拭しようと必死だ。見なくてもわかる、聞かなくてもわかる。心が同じように同じ時間に重たくなるからわかる。

「元気?」

あたしがそう聞くときはその言葉の裏に言葉を隠している。

「大丈夫?辛いんじゃないの?何か手伝えることない?」

察して基実くんは反射的に笑顔になる「大丈夫」。

こんなふうに、一度心で会話をして言葉を伝える。言葉は大切だけどあたしと基実くんにとっては今や言葉は補足でしかない。


接触障害の症状に対して緊急受診を勧められた。

16時の診療。1時間の検査のあと、問診を終えてBillはあたしに言った。

「心配はいらないと思うけど、大事をとって一週間は接触を減らした方がいいね。お父さんと帝都くんと基実くんと翠蘭さん、それから一介くんもめぐちゃんにとっては大丈夫だと思う」

「一介さん、今日早速、銅河原特殊部隊の攻撃にあってたからあたし会いたくない」

「ああ、僕も見たよ。元気だよね、亜種白路もセブンティーンズも。薬物のおかげかなって。ところでめぐちゃん第二言語は?」

「英語。でも今は全然話せない」

「英語を習得して日本語レベルで話せるようになれば接触障害も自然治癒に向かうと思う。ただ、あなたは日本語のレベルが尋常ではないほど高いから、、、それが第二言語習得の障壁になっていることは同情するよ」


過渡期だから。そう言って自分を慰めることにした。

8月だから。あたしは毎年8月が過渡期だから。





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