第4話 詐欺グループ
初めて巡査になってすぐの頃だっただるうか。ちょうどその頃、交通事故があった。犯人はその場から逃走し、いわゆるひき逃げ事故だったのだ、轢かれた人はそのまま死亡してしまった。轢かれた時は虫に息ではあったが、早急な手当てがあれば、死なずに済んだかも知れないという事故であった。
いわゆる救援義務を放棄したというものである。しかもそれで死亡したというのだから、下手をすれば、殺人罪が成立するかも知れない事案でもある。
ただ、殺人罪が成立しないとしても、人を殺してしまったという事実には変わりはない。警察は犯人を許すまじとして、捜索を行っていた。事故現場やその付近での目撃情報を捜査したり、ポスターを貼って、情報を広く求めようとしていた。
しかし、一向に情報が得られるわけでもない。もちろん、目撃者などがいれば、その人が救急車を呼ぶなどできたはずである。それができずに被害者が亡くなってしまったということは、目撃者はいなかったということの証明でもある。
もし、その場で目撃者がいたとしても、その人が果たして名乗りであるであろうか?
その方が可能性としては極薄ではないだろうか。なぜなら、目撃者として名乗り出たりなどしたら、自分が事件を目撃し、被害者が瀕死の重傷であるのを、そのまま放置したことになり、それを自らで証明し、救護義務違反を犯してしまったと、公表しているようなものである、そんなことをどうしてできようか。自分が轢いたわけでもないのに、誹謗中傷を浴び、実刑でも食らってしまって、自分に何があるというのか、それを思うと、名乗り出ることなどできるはずもない。
しかもこの理屈は、
「苛めを見てみぬふりしている連中」
と同じである。
苛められている人にいくら同情したとしても、そしその状況をまわりの大人にチクりでもしたものなら、苛めの対象は自分に向いてしまう。大いなる逆恨みを受けるということだ。
「そんなことをして何になる」
この思いが苛めのなくならない根本的な理由ではないだろうか。
それと同じ理屈でひき逃げを目撃した人が名乗りでないのも、本当はひき逃げをした本人と同罪であり、もっというと、罪が重いのではないかと思う。
そのことを頭では理解している武彦は、
「これほど理不尽なことはない」
と思っていた。
そんな武彦の怒りを綾子も分かっていた。
――何とかしてあげたい――
という思いを抱いたことで、綾子は自分の能力を人のために使うことができることに、初めて嬉しさを感じた。
綾子は事故現場に行ってみた。そして精神を集中させて、過去のその場で何が起こったのかを思い返してみたのだ。すると、綾子の中に何かがスーッと入り込んでくるものがあった。ひょっとすると、無念の思いの元に死んでいった被害者の霊が、綾子に語り掛けているのかも知れない。
犯人を特定することはできないが、車のナンバーなどは特定できた。それを綾子は武彦に話した。
ここで他の人であれば、まったく話を聞いてくれるはずもないのだが、武彦は聴いてくれた。
しかし、いくら何でも本当に見たわけではない証言をそのまま上司に報告するわけにもいかず、まずは自分でいろいろ調べてみることにした。
事故が起こってからまだ一週間ほどだったので、数は少なかったが、いくつかの目撃情報の中で、車の特徴だけは何となくだが分かってきた。その特徴と綾子が言った車のナンバーが酷似していたのだ。
しかも、近くの防犯カメラにその怪しい車が写っていたが、事故が発生した際、人間を轢いた弾みに、そのままガードレールにも接触していた。ガードレールがかなりの被害に遭っていたことで、相手の車もただでは済まないことは分かっていた。そのため、防犯カメラに映った車のナンバープレートは、完全に拉げていて、そのせいで肝心なナンバーが見えなかったのだ。
「なんてこった」
それを見た警察の捜査員は、どれほど落胆したことだろうか。捜査としては、大破している車をそのままにしておくわけにもいかないだろうから、修理工場や廃車の買い取りデンターなどを片っ端から当たってみるしかなかった。
警察の捜査がなかなか行き届かなかったことから、なかなか該当する車を特定することはできない。
そんな時、綾子の証言は大きな手助けになった。
武彦には、信頼できる先輩がいた。学校の先輩というわけではなく、刑事なのだが、その刑事が、一度特別講師として、警察学校に教えにきてくれたことがあったが、その時に話をさせてもらったのが、きっかけでそれからもたまにではあったが、連絡を取り合っていた。
その刑事は、門倉刑事であった。
作者の作品を見たことのある人は門倉刑事のことはご存じであろう。なるほど門倉刑事であれば、新人の巡査たちから信頼されるのも分かるというものだ。
門倉刑事も、真田巡査を見て、
「俺の若い頃のようだ:
と言って、頼もしく思ってくれているようで、そんな門倉刑事であれば、話をすれば分かってくれるのではないかと思い、捜査のアドバイスというには、おこがましいが、助言として聞いてもらった。
門倉刑事も、
「貴重な情報をありがとう」
と喜んでくれたが、果たしてどこまで信用してくれているか分からなかったが、今のところ事件情報として、それほど重要な話があるわけでもなかった。
そういう意味では、
「藁にもすがる」
と言ってもよかったのかも知れない。
しかも門倉刑事も、このようなひき逃げ事件を実際に許すことはできなかった。彼は本当は刑事課の人間なので、交通課とは違うので、本当の捜査権はなかったが、ここも貴重な情報提供ということで、知らせておいた。そのために、門倉刑事は武彦に、
「その話をしてくれた証人と逢わせてくれないか?」
ということで、二人は武彦を中心にして会うことになった。
「今日はどうも情報をありがとう」
と門倉刑事が話をすると、
「いいえ、私の方こそ、捜査の邪魔をしないようにしないといけないのに」
と謙虚にいうと、
「いえいえ、今はなかなか警察に協力をしてくれる一般市民の方も少なくなってきましたので、どんなに些細な情報でも寄せていただけるのは、本当に嬉しいんです」
という門倉に、
「そう言ってくださると私も嬉しいんです」
と言ってはにかんで見せた。
「お名前は何というのですか?」
「吉谷綾子と言います」
と綾子がいうと、
「なるほど、あなたのいうことであれば、それなりに信憑性があるかも知れませんね。僕はあなたに本当に感謝しているんですよ、あなたがこの証言をどれほど勇気を持ってしてくれたのかということは、その心情のすべてを理解することはできませんが、あなたのお立場から察すれば、かなりの勇気を必要としたことが分かります。僕は、今あななのその勇気にものすごく感動しています。お会いできて本当に光栄です」
と、あの門倉刑事がいうのだ。
武彦は、目をしばたたかせて、二人の様子を見ていた。武彦は綾子がかつての「天才少女」から一転して、「ウソつき少女」と呼ばれるようになった経緯をまったく知らない。自分を慕ってくれる妹のような女の子というイメージしかなかったのだ。
だが、門倉刑事の話しぶりでは、彼は綾子のことを知っているようだ。そして、綾子に対して最高の敬意を表して話したのだ。
綾子も門倉刑事に対して、
――今まで自分が接してきた大人の人と、まったく違う人だわ。こんな大人の人もいるんだわ――
と、涙が出そうに嬉しかった。
実際に涙が出ていたようだ。本人は涙が出そうだという意識はあったが、本当に涙を流しているという意識はなかった。綾子のように特別な力を持っている人は、普通の人間が普通に感じることに対して、感覚がマヒしてしまうことが往々にしてあるようだ。本人は気付いていないのだから、無意識の行動であった。
綾子が特殊な能力を持つようになった経緯としては、
「無意識と意識的な行動に曖昧な感覚を抱いているからではないのだろうか?」
という自分なりの認識を持っていた。
それが正しいのかどうかは、きっと科学的に証明もできないのではないかと思った。この能力が自分にとってどれほどのものなのか、綾子は考えさせられたのだ。
綾子の助言が功を奏したのか、ナンバーから割り出した犯行に使われた車はすぐに判明し、今は修理工場に回されていることが分かった。修理工場では、最初に何枚か写真を撮っていた。実際に修理を行う場所と、全体を写した写真である。それが決定的な証拠になった。
防犯カメラにはナンバーが写っていなかったが、破損状況を見れば、それが同一の車であることは一目瞭然だったのだ。
持ち主の男性にアリバイもなく、追及すると、簡単に白状したのだ。
個人的なことで急いでいたということだが、彼とすれば、被害者が完全に死んだと思い怖くなってその場を急いで立ち去ったというが、元々小心者だったことで、その後もビクビクして生活をしていたという。
「まともに眠れない日々だった」
というだけのこともあって、精神的にはギリギリのところだったようだ。
警察に自首も考えたが、自首する勇気すらなく、ただ、何もできずに覚える毎日だったという。
「こんなことなら捕まった方がマシだ」
という思いがあったからだろうか、警察が事情聴取にやってきて、少し語気を強めただけで、アッサリと自学下というから、事件としては本当に簡単に解決してしまった。
門倉刑事はその時の目撃者として綾子の名前を警察内部で残しておいた。実際に見たわけではない証言が証言として採用された最初ではないだろうか。
ひょっとすると過去にも同じような特殊能力の持ち主の証言によって解決した事件もあったかも知れないが、真実を知っている人はいないだろう。
この男は、裁判で実刑判決を受けた。実は余罪がいくつかあり、このひき逃げもその余罪に関係しているということもあり、実刑で二年が確定した。
「なるほど、やつがあれだけ怯えていながら、名乗り出ることができなかったのは、この余罪が発覚することを恐れたからなのか」
ということであった。
そういう意味では、余罪の方が法律的には重たかったということになる。
その男が、もうすぐ出所してくるということを誰も気にしていなかったのだが、一人は気になっている人物がいるのは確かで、その人物というのが、巡査である武彦だった。
彼は自分が関わった最初の事件であり、綾子と知り合うことのできた一種の記念すべき事件として意識していた。そのためか、逮捕された犯人のことが気になっていた。別に気にしたからと言って何があるというわけでもないのに、何を気にしているというのだろう。
ひき逃げ班の名前は和田貢という。彼は二年という景気を経てシャバに戻ってくることになるわけだが、身寄りがあるわけでもなく、出所の時、誰も迎えに来ることはなかった。ただ、一人と言っていいかも知れない友人がいて、彼を訪ねることで、何とか生活を送ることができるという状況である。
彼は元々、職があったわけではなく、何を元に生計を立てていたのか捜査が及んでもよく分からなかった。ひき逃げ以外の余罪が多かったといっても、そのほとんどは大したことのないもので、ただ唯一酷いと言ってもいい余罪は、老人を騙して金を巻き上げるという詐欺集団の一員で、その手口を考える役回りを持っていた。
学歴があるわけでもないが、こういう悪だくみに関しては才能があったようだ。結構あくどい方法で詐欺を働いていたようで、その手口には血も涙もないと言われたものだ。
だが、そういう詐欺グループがまともに成功した試しがないように、彼らも詐欺が世間に露呈し始めてから、その後がひどかった。和田が詐欺を働いた後始末も綿密に計画していたにも関わらず、露呈したことで実行犯の連中が浮足立ってしまい、幹部のいうことを聞かなくなってしまったことで、統制が取れなくなってしまった。
こんな時こそ一致団結してことに当たらなければいけないのに、好き勝手に動いてしまっては、せっかくの計画も水の泡であった。
「しょせん、あの連中には無理だったんだ」
と、和田は急いで団体からの離反を計画し、何とか逃げることができた。
彼らは一網打尽で検挙され、当然のごとく和田の名前も挙がったが、すでに証拠も隠滅していたので、名前は上がっても決定的な証拠がないので、彼を逮捕することはできなかった。ただ、それでも間一髪であり、かなり肝を冷やしたに違いなかった。
和田は、本当は前述の通りの小心者であったが、それだけに十分な計画を立てておかなければ行動に移さない。しかし、綿密な計画を立て、それに自信を持つことができると、彼は大胆にもなれた。
その大胆さと小心者としてのギャップがあったから、彼を間一髪まで追い詰めはしたが、それでも何とか難を逃れられたのかも知れない。
それでも彼がもしこの詐欺集団の中で明確な証拠から起訴されて裁判になっていれば、どれほどの罪になっていただろう? 刑罰に関してまでは、ハッキリと分かっていないので見当もつなかなかったが、二年などではすまなかったかも知れない。
武彦は、和田がこの詐欺集団に関与していることを知っていた。実際に交番勤務などをしていると、世間でのウワサは耳に入ってくるというもので、
「三丁目のご老人が、詐欺に逢われて、数百万円だまし取られたんだって、お気の毒に」
などというウワサ話も入ってくるのだった。
ただ、あくまでもウワサであり、その事実を知ったところで、巡査としての自分が何もできるわけではない。
「捜査二課の人たちが捜査に当たってくれているはず」
と思っていた、
ちなみに捜査二課というのは、一課が強盗や殺人などのような強行犯を扱うのに対し、捜査二課では、詐欺や贈収賄などの、金銭や企業犯罪を扱う部署であり、いわゆる、
「知能犯が相手」
ということになる。
それだけに二課というのは、緻密な捜査が求められる部署と言ってもいいだろう。
刑事ドラマなどでは、基本的に捜査一課を中心に描いているが、捜査二課や三課(三課というのは、いわゆる窃盗犯を扱うもの)の方が圧倒的に一般市民が毎日直面している問題に対処しなければならないところでもあり、実際に接している部署と言ってもいいだろう。
和田の行っていた詐欺も、当然捜査二課でも捜査が行われていて、知能犯と言われるにふさわしいほどに鮮やかな手口で詐欺を繰り返していたのが、和田の所属していたグループの仕業だった。
警察も何とか彼らに近づくような捜査は行っているのだが、さすがに知能犯と呼ばれるだけの和田の計画には、これと言った隙はなかった。彼が計画した通りに行動していれば、何も恐れることはないと言われるほど緻密な計画だった。少子者のくせに下手に自己顕示欲が強いものだから、自分の才能を認めてくれた組織に恩義を感じ、その頭脳として動いていた。だから、和田には組織の本当の恐ろしさなど分かっていなかったのだ。
そんな和田だったが、警察に捕まる時は、いかにも神妙だった。いくら自分のいうことを組織がまともに聞いてくれなかったために、計画がめちゃくちゃになってしまったとはいえ、彼も組織の一員だった。だが、すでに捕まった時、彼は組織を見限っていたようだ。
自分の身の安全なところまでは、警察の尋問には答えようと思っていた。他の組織のメンバーからは漏れるはずのない情報が、和田の口から洩れてきたのだ。
和田とすれば、こんな組織、潰れてしまってもいいとまで思っていた。その方が本当はスッキリするのだが、ただ潰れただけではどうにも腹の虫がおさまらない気がしていた。
和田は自分が騙すことになった人たちに同情はしていない。彼らがどのようになったのか聞かされていなかったからで、それは組織が敢えてしなかったのだ、和田の性格からして、情に脆いところがあるので、下手に犯罪被害者の話を聞かせると、せっかくの彼の頭脳が鈍ってしまうと思ったのだ。
小心者であるだけに、ビビッてしまうと、自己嫌悪に襲われてしまい、悪知恵が働かなくなってしまうと思ったのだ。
その考えは間違っていなかった。彼に実態を知らせてしまうと、計画を根本から揺るがしかねない事態に陥ってしまうだろう。そうなると、頭脳が働かなくなるので、最後の砦が起爆剤になってしまう。それは避けなければいけなかった。
組織は和田が捕まってしまえば、戻ってきても、組織には参加させないつもりでいた。他に犯罪計画を立てることができる男を確保できたので、和田は必要がなくなったのだ。
しかも、彼にはいろいろ余罪もあり、どこから火が付くか分かったものではなかった。ただ、これは一部の人間しか知らないことであったが、ひき逃げをした相手というのは、実は組織の中でも隠れた存在であり、彼が素直に逮捕されたのも、そこに理由があったのだろう。
「和田という男が出所してきても、もう我々とは関係のない人間だ」
と、幹部からのお達しであった。
今まで散々彼の計画に則って犯罪を行ってきたのに、急に関係のない人間とすることに一部では違和感があったが、そもそも彼をあまり快く思っていなかった人がいなかった組織では、その決定に誰も逆らうものはいなかった。
和田の方も組織に対して愛想が尽きていた。
「あんなにこちらのいうことを聞いてくれない組織など、俺の方から願い下げだ」
とばかりに、拘留中もまったく顔を見せなかった組織だったこともあり、出所しても誰も来てはくれないことを分かっていた。
それだけに、出所してから何を頼っていいのか、行き先が決まらずに困っていた。
それでも組織を手が切れるにはちょうどいい機会である。ただ、彼がこのまま善良な市民として生きていくことのできないことは、彼に限らずに分かっていた。それを憂慮していたのは、他ならぬ武彦だったのだ。
武彦は彼を善良な市民にしたいと思っていた。せっかく組織から手が切れるようになったというのに、また悪の道に戻っていくことを憂慮したのだ、彼が拘留中、ほとんど誰も面会にはこなかったが、武彦だけはそれほど頻繁ではなかったが、面会に訪れて、今後の話をしたりしていた。
だが、彼は頑なだった。せっかく面会に来てくれたのは嬉しかったが、自分よりも若くて、しかも巡査では、何をしてくれるわけでもない。次第に胡散臭く感じてしまうようになり、「もういいよ。俺のことは放っておいてくれ」
と嘯いてしまった。
ただ、彼には出所してからでも、ひき逃げをした相手の遺族に対しての弁償問題が残っていた。毎月いくらかを送金するように裁判で決まったことで、彼は刑務所を出てからも代償のため、ずっと縛られることになっている運命だったのだ。
「地道に働いて、コツコツと返していくしかない」
と巡査は諭したが、実際にそんなことは誰にでも分かっていて、それ以外に方法はないのだろうが、分かり切っていることをわざわざ念を押されるというのは実に辛いものだった。
武彦はそういう意味で、空気の読めないところがあった。本人はもちろんそんなつもりはない。罪がないだけに、言われた人間は困惑する。そして、その場の困惑をすべて彼の生に置き換えてしまう。だから、武彦という人間に対して、快く受け入れる人もいれば、反対にどこかに恨みを貯めてしまう人もいる。つまりは、
「味方も多いが、敵も多い」
というタイプではないだろうか。
綾子にはそこまでは分からなかった、綾子も特殊能力を持ってはいるが、まだ子供なのだ。人の気持ちの裏側の、本当に汚い部分や、計算された打算のようなものは見抜くことはできない。ある意味綾子が見抜けるのは、人間が素直な気持ち、あるいは、計算されていない部分でしかなかったのだ。
詐欺グループの活動は結構昔からあったようだ。和田が彼らに関わるようになったのが、逮捕される三年前くらいだったが、彼は作戦参謀としては三代目だったという、過去に何人かいたくらいなので、かなり前から彼らの活動は行われていた。警察の方でマークし始めてから五年経っているということだったので、少なくとも七年か八年以上は活動していたということだろう。
そんなに前から人知れず、老人を騙し続けていたというのは許されることではない。彼らのグループはどちらかというと少数精鋭だったこともあって、警察がマークを始めてもそのフットワークの軽さで、巧みにかわしていたことだろう。
手口としても、さまざまだったようで、正攻法もあれば、相手によっては、彼ら独自のやり方があったようで、その方法でしっかりとだますことができていたようだ。
証拠も残っていないので、気付いた時にはすでに遅く、訴えたとしても、お金が戻ってくることはないということだった。
被害に遭った人の中には全財産をむしり取られた人もいる。人によっては、遺言書を何の疑いも持たずに、他人に遺産をすべて遺贈するという遺言を書いて、死ぬまでまったく気づかなかった人もいる。そんな被害を聞くたびに、武彦は身を切られる思いをしたくらいで、彼の考えとしては、組織を壊滅に追い込むのも一つなのだが、詐欺グループに加担する人が少なくなることを願っていた。そういう意味で、和田に対しての接し方も、
「この男は自分に悪意があるという意識よりも、自分の頭脳を買ってくれた組織に対して忠実に従っただけだ」
という考えを持っていた。
自分の手を貸したことがどういう結果をもたらしたか、ハッキリと分かっていないのがこの男の罪であった。人を騙す手助けをしたということと同時に、この男自体、騙されていたと言えるのではないだろうか。そう思うと、
「この男は公正させることはできるんだ」
と武彦が考えたとしても、それは無理もないことかも知れない。
だが、警察官としてそんなに甘い考えでいいのだろうかという意識も上司にはあるようで、彼が刑務所に時々面会に行っているというのも、本当は懸念していた。
「コロッと騙されなければいいが」
と思っている人も少なくなく、特に警察官という立場上、いろいろ難しいこともあるに違いない。
「詐欺などという卑劣な犯罪をなくしていかなくてはならない」
という考えは、たぶんほとんどの人間が感じていることであろうが、
「では、どうすればいいのか?」
ということになると、人それぞれで考え方が違っていることだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます