第43話 王の名のもとに


 楽しいねぇ、楽しいねぇ。

 お空の散歩は楽しいねぇ。

 ほうきに横乗りになりながら、あたしは駆け抜けていく風を全身で感じながら歌うように空を舞う。

 空から見下ろせば、グラノリュース天上国は雄大な自然を誇る豊かな国。

 城がある上層を中心に、細く長い人口の壁が年輪のように内から外に広がるように円形に存在するものの、年輪の内側に人工物はほとんど見当たらない。

 中層なんて特にそう。

 空から見るだけでは、町なんてほとんど見当たらない。

 結構な数の人が住んでいるはずなのに町が見当たらない理由に関しては、推して知るべし、むべなるかな。

 さて、あたしが空中散歩をしているのは、何も暇だからではなく、ちゃんとしたお仕事です。


「あなたたち、準備はいい?」


 後ろには、少し小さな飛竜に乗る名前も知らないハンターたち。

 全部で十数機。

 飛竜一頭当たりに大体、二、三人のハンターが乗っている。

 ま、全員が全員青い顔をしてるけど。


「あ、あああ、ああ! へ、へへ、平気だ!」

「い、いいい、いつでも行けますぜ!」

「あねごぉ!! 落ちないですよね!? 噛まないですよね!?」


 姉御って……。

 魔法使いでもない彼らには、こんな地上の人たちが豆粒に見えるくらいの高さに上ることなんてほとんどないから、怖いのかもしれない。

 ただ、怖いからってあたしのかわいい飛竜たちにしがみつくのはやめてほしいなぁ、いやそうな顔でこっち見てるし。

 後ろで腰を抜かして震える彼らから目を切って、あたしは徐々に近づく最も長大で高い防壁に近づいていく。


「準備はいい?」


 あたしのかわいい飛竜たちに声を掛けると、飛竜たちは訓練された軍人のように横一列に間隔を開けて並ぶ。

 丁度、中層と下層を隔てる壁に向かう合うように。

 あたしは右手を上げて――


「待ってくれ姉御! まだ心の準備が――」

「はいどーんっ」

「「「ああああああ!!!」」」


 手を振り下ろす。

 途端にハンターの泣き言を遮る飛竜たちのブレスの大合唱。

 空気が破裂するぼうぼうという音が連続的に鳴り響き、そろって壁にぶち当たり、高く頑丈な防壁をいともたやすくぶち破った。

 ぎざぎざに砕けた防壁は手入れをしていないのこぎりのよう。

 防壁が砕け、中層側から見た防壁の向こう側、下層が見えても飛竜たちはブレスを吐くのをやめない。

 それどころか位置を変え、角度を変えて次々と爆発交じりの吐息を吐き出す。

 そのたびに、どんどんと防壁が小さく粉々になって吹き飛んでいく。


「やめ」


 手を上げる。

 ぴたりと飛竜の動きが止まる。


「いい子ね」


 この飛竜たちはエフィメラと違ってちゃんと契約してるわけじゃない。あくまで一時的に調伏して従わせているだけ。

 魔法使いとの契約を果たしたら、今まで通りの野生の生活に帰っていくのだ。そうしたら、もう召喚もできない。

 要するに期間限定の特別ということ。


「これが下層ねぇ」


 砕けて瓦礫と化した防壁の向こう側に、みすぼらしい街並みがぽつぽつと見えている。

 下層は中層と違って、街並みが空からでもはっきりと見えている。その数も決して少なくない。

 さて、これであたしの出番は終わり。

 本当ならこのまま下層の町を散策してみたかったけど、それはまた今度かな。

 あたしはほうきごと振り向き、飛竜の上でうずくまっているハンターたちを見る。


「さあ、あとはあなたたちの出番よ。しっかり仕事してきなさい」

「え、何か言いました? 全然聞こえないんですけど」

「……」


 飛竜のブレスで耳までやられたのか、ハンターたちはあたしの方を見て首をかしげるばかり。

 もういいや。

 ――飛竜、やっちゃって。

 あたしが念じた瞬間に、


「うをあああああ!!!」

「おちるううう!!」

「助けてぇええ!!」


 ハンターたち全員が情けない悲鳴を上げながら振り落とされる。


「たいして高くないでしょうに」


 落ちていくハンターを見てつぶやいた。

 防壁の高さはおよそ十メートルほど。登って超えるのも難しい高さではあるけれど、落ちて死ぬほどの高さでもない。

 ちゃんと受け身の取れるハンターなら問題ない。

 あとは彼らの仕事。

 あたしの仕事は下層と中層を隔てる防壁を破壊すること。

 連れてきたハンターの仕事は、下層民たちをまとめて集結地点に連れていくこと。

 飛竜たちは彼らに従うようにお願いしているから、まあ軍に襲われても平気でしょう。

 その心配もないだろうけど。


「ちゃんと寝たら、ウィリアムは頭がキレるのねぇ。ま、ろくに頭も回らない状態でも軍を罠だけで殲滅できるくらいだし、当然なのかな」


 人手もお金も道具も好きに使えるのなら、選択肢はかなり広がる。

 軍の動きを熟知しているウィリアムに任せれば、心配いらなそうね。

 問題は……。


「マリナはちゃんとやれてるかなぁ?」


 聖人で奇跡の力を扱えるマリナだけど、初めての単独でのお仕事。

 人に慣れてない彼女がどこまでできるのか不安だけど、ま、ウィリアムがわざわざ彼女に任せたのには理由があるんでしょうから、きっと大丈夫よね。

 それはそうと――


「あの人に会えるかなぁ?」


 あたしは自分の心配をしないとねぇ。

 作戦の成否を握る人物。

 うまく接触できるかな?



 ◆



 グラノリュース天上国は広大な国土を持ちながらも、いまだ未開拓地域の多い途上国であり、雄大な自然が数多くある。

 では、上中下とある層の内、もっとも自然が多いのはどこか。

 下層が一番広く、国土の半分を占めることから、下層が最も緑あふれる場所だと思う人もいるかもしれない。

 では本当にそうなのか?

 わたしは、違うと答える。

 なぜか。

 中層には町がないからだ。

 理由は単純、軍からの襲撃から逃れるために隠れた場所に街を作るからだ。

 雄大な自然は、ときに近寄ることもできない迷彩となり、障壁となる。

 かくいうわたしが今来ている町も、あると知らなければ、見つけることも入ることもできないに違いない。

 滝下の街、バルセロシア。

 一見してただの大瀑布。

 険しく切り立った崖の上から大量に降り注ぐ水の壁は、自らを通してくれている岩の道すら削っていって、地面を勢いよく穿ちゆく。

 長い間水に打たれて出来上がった広大な滝つぼに落ちた水は、嵐のような水しぶきとなって舞い上がり、周囲一帯を湿らせ冷やす。

 ウィリアムは言っていた。

 滝では、マイナスイオンという物質が発生しやすく、疲労回復や新陳代謝の向上、免疫力の増加といった効果があるらしい。

 ただ、滝は水によって徐々に削られるため、何百年か何千年か経てばいずれ無くなってしまいかもしれないらしい。

 普通の人では変化を感じることはできないけれど、聖人となり常人をはるかに上回る寿命を持つわたしやウィリアムはいずれこの滝が枯れるのを見ることになるかもしれない。

 おっと、話が逸れちゃった。

 滝下の街と呼ばれるバルセロシアは、その名の通り滝の下にある。

 大量の水が落ちる滝つぼの真下には、硬い岩盤に守られた広大な空間が存在し、そこでひっそりと隠れるように人々が住んでいる。

 入ってみると、バルセロシアのある洞窟の側面には、どこかからか持ってきたヒカリゴケが養殖されて一面にびっしりと生えており、陽の光が届かないにもかかわらずあまり暗いという印象は受けなかった。

 ただ、滝下の街、というより洞窟の街といったほうがしっくりくる気がするけれど。

 さて、この街には何も観光に来たわけじゃない。

 神秘的な場所であり、興味がないわけじゃないけれど、ここにはちゃんとした用事があってきた。


「最近下層が騒がしいのう」


 目の前で茣蓙の上で胡坐をかいているのは、バルセロシアのハンターギルドをまとめるギルド長。

 名をアルバン。

 彼は渡された手紙を一読すると、下らなげに鼻を鳴らした。


「馬鹿らしいのう。こんなことがあるはずなかろうて。『聖女』と聞いて面会してみれば、やってきたのがかような小娘、渡された手紙は荒唐無稽。時間を無駄にした気分じゃい」


 明らかな侮蔑が含まれた言葉。

 そしてアルバンは、手紙を放り捨てた。

 隣に案内としてやってきたハンターの一人は、あわあわと震えているけど、そんなことはどうでもよかった。

 ウィリアムの手紙をぞんざいに扱うことが許せなかった。


「時間の無駄……それはそうかもしれない。あなたみたいな人を仲間に引き入れようとしたのは全く以て無駄だった」


 言い返すと、アルバンはぴくりと眉を揺らした。

 わたしはウィリアムから、各町の交渉役を頼まれた。

 交渉をするにあたって、ウィリアムに教わったことがある。

 一つ、相手を嫌うこと。

 一つ、相手を見下すこと。

 一つ、相手より尊大であると自覚すること。

 彼の言うことは大体正しいから、わたしはそれに倣い、アルバンを嫌いになることにした。

 胸を張り、目を細め――


「はっきり言って、この街が協力しようがしまいが大勢に影響はない。だって、あの二人さえいれば勝てるから。……それでもこうしてここに来るのは、ただの慈悲。あなたたちにチャンスをあげるために」

「ずいぶんと上からよのう? 確かにおなごの聖人とは珍しい。『聖女』ともてはやされるのも納得というものよ。しかして世を知らぬ。かの天上人を見たことがないのであろう」

「……フッ」


 おっといけない、笑ってしまった。

 ウィリアムの笑い方が移ったかな? いけない、ウィルベルに口調だけは真似するなと言われてるんだった。

 笑みを引っ込め……いや、笑みを浮かべたまま、尊大に。

 いつも見ている彼を思い浮かべながら。


「天上人なら、何度も見た。大した相手でもない。わたしたちの敵じゃない」

「やはり正気ではないようだ。大方、エセ天上人にでもだまされたのだろう。『雷槌』の名は知っている。だがやつとて所詮、聖人であることだけが取り柄の狂人が、自然を操る天上人にかなうはずがない」


 さすが洞窟の中で生きる民。

 井の中の蛙とは、よく言ったもの。

 仕方ない、せっかく持ってきたんだから見せてあげよう。

 隣にいるハンターに視線を送る。

 すると彼も意図を理解したようで、顔を真っ青にして引きつらせながら一度部屋を出て下がっていった。

 アルバンはお前は去らないのか、とでも言いたげな険しい顔でわたしを見る。


「ところで、この街も軍の動向を調べているでしょ? どう? 最近は」

「ふんっ、お前に教える道理はない……と言いたいが、世迷言は言えど敵ではないのだから、教えよう。最近は軍がこの街の周囲に来ることはめっきりと無くなった。天上人も数週間前から姿を消した。これ幸いと、ワシらは次の襲撃に備えて準備をしておる」


 なるほど。

 さすが、やっぱり彼はすごい。

 思わず笑みがこぼれそうになるけれど、余裕を装う。

 あなたの情報に価値はない、当然のことだということを態度であらわす。

 悠然と、泰然と。


「次の襲撃なんか来ない。備えても全部無駄。わたしの話を断り、この街に引きこもっていたら、戦いが終わった後にあなたたちは罵られる。勝てる戦にも出てこれない臆病者だと」

「何を言うかと思えば、つくづく傲慢なおなごよの。断言しよう、お前らにこの戦を終わらせることなどできん。もしできたとしたらこの首、好きなようにするがいい」

「そう……まあいいけど、あなたが死のうが生きようが彼はどうでもいいだろうし。……じゃあ最後に一つだけ、さっきの情報のお礼に教えてあげる」


 いっても変わらずアルバンは不機嫌そうに見てくるだけ。

 ちょうどよく、さっき出て行ったハンターが一抱えほどの木箱を持って戻ってきて、わたしにそっと手渡してくる。

 ずしりと来る、ずっと持っていたら腕に来る程度の重さのその箱は、側面の板を上にあげることで中身が見えるようになるものだ。

 側面の開け口を、アルバンに向ける。


「あなたはさっき、自分の首を好きにしろといった。……ちょうどいいね? 『躯作り』と言われた彼が敵の首をどうするか、実力と共に教えてあげる」


 不敵に笑う。

 ここに来る前にもう一つ、ウィリアムに交渉について教わったことがある。

 自分の悪評を最大限に利用しろ、と。

 挑発的に笑いながら、一気に箱の口を開く。

 瞬間に――


「ぎゃ、ぎゃあああああああッッッ!!!???」


 アルバンは絶叫を上げて立ち上がり、下がろうとするも足をもつれさせ情けなく転んだ。


「わたしたちの言っていることはハッタリじゃない。これは脅しじゃない、ただの事実。……わたしたちに協力しないあなたの首を、彼がどうするかは御覧の通り」


 歯の根も合わず、アルバンは血の気の引いた顔で箱の中身から必死に目をそらす。

 箱の中身、それは彼の戦利品。


「天上人は敵じゃない。さあ、あなたがどうするべきかは、もうわかるよね?」


 噛み千切られ切り裂かれ、絶望の表情を浮かべたカットスの首が、じっとアルバンを見つめていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る