第30話 勝利と敗北



 山間の谷にある森に隠れた町セビリアの上空で、ぶつかり合う三人と一頭。


「エフィメラ!」


 頼もしい味方の名前を呼ぶと、応えるようにブレスを空一帯へとまき散らす。


「クソ! なんだよこの飛竜! 通常種とは違うのか!?」

「速い上にブレスが強い!」


 逃げ回るのはフリウォルとカベザ。

 たった一人の美少女魔法使い相手に聖人した男二人が情けないねぇ。


「あたしのかわいいドラゴンよ? その辺の野良と一緒にしないでほしいわね」


 ほうきに跨り、エフィメラと挟み込むようにして杖を振るう。

 周囲に浮いたかぼちゃ人形たちが一斉に二人に群がっていく。


「なんだこのふざけた魔法は!」


 カベザが悪態をつきながら大剣を振るう。

 かぼちゃ人形を切り裂くと盛大に爆発が起こり、爆煙によって視界が悪くなり、その隙をついてまたかぼちゃの人形が群がっていく。


 一方でフリウォルは風の刃によって近づかれる前にかぼちゃたちを切り裂いていた。


「なるほどね、フリウォルのほうが席次が上だけど大した差はないのね。カベザが大剣を扱うから、相性の差ってとこかしら」


 冷静に二人の力量を観察する。

 この程度、まだまだ小手調べ。

 だけども、どうやら二人はすでに結構追い詰められているようだった。


「クソ! 飛竜だけなら瞬殺できるのに!」

「結界だと!? ヴァレリア並みの硬さだぞ!」


 二人の攻撃はあたしに届かず、あたしの攻撃は徐々に二人を追い詰める。

 これなら、まだあいつ一人の方が強かったわね。


「大口叩くからどんなものかと思ったけど、大したことないのね。聖人だから長生きしてて、しっかり学んでると思って期待したのに」

「ガキが! 左腕があれば、こんなふざけた魔法はすぐにでも薙ぎ払ってやるのに!」

「本当に学んでないんだね。魔法使いに腕なんて関係ないのにさ」


 ずっと格下ばかり相手にして魔法の研鑽を怠っているからか、長生きしてるくせにずいぶんと魔法の理解が浅い。


 ま、それもそっか。

 たった十人にも満たない数しかいないうえに、格下を潰して満足してる魔法使い。

 どれだけ長生きしてたって、あたしがいた、何十人もの魔法使いが何百年にもわたって世界中を回って研究し続けた里の魔法が負けるはずないもの。


 この遊び心にあふれながらも優れた威力を誇る《魔女の悪戯キュルビスストライヒ》の素晴らしさがわからないなんて。


「カベザ! あれをやる! あいつの弱点は街だ!」

「わかった!」


 二人は合図をして、一気に頭上に飛び上がる。


「へぇ」


 いうだけのことはあるのか、結構な高さまで一気に二人は高度を上げた。

 空を飛ぶのは高度があがれば上がるだけ魔力がかかるし、高度が高いとマナが薄いから余計に辛い。

 指数的に難易度はあがるけれど、二人はすでに雲の真下くらいまで上がっていた。

 あたしも高度を上げたいけど、エフィメラがいるからこれ以上は上げられない。


 何をするつもりなのか。


 目を凝らしてよく見ていると、上空二人の周囲にぽつぽつと黒い物体が現れていく。

 この距離では二人の身体は豆粒程度。少なくともどの物体も豆粒よりはわずかに大きいから、結構な大きさだ。


「なるほどね」


 あたしはほうきからエフィメラに乗り移り、杖を横にして構える。


「あたし防御は苦手なのよねぇ。ま、やるしかないか」


 攻撃は最大の防御ってね。


「――《破壊の守りアミュレトゥム・デストリュクシオン》」


 下に広がるセビリア、その上空に白く薄いカーテンのような天蓋が出来上がる。

 その表面をわずかに気泡のような白い粒が覆う。


 あたしの魔法が完成したと同時に、


「くらえ!!」

「《隕石嵐《シュトゥルムミーティア》》!」


 上から大量の隕石が落ちてきた。

 人の身長を倍は優に超える岩石が嵐によって乱れ飛び、セビリアに降り注ぐ。


 ごつごつとした触れるだけで皮膚が削れるような隕石が天蓋に触れた瞬間に――


 すべての隕石が弾け飛ぶ。


「なぁ!?」

「馬鹿な!?」


 上空から驚きの声が降ってくる。

 それも当然だ。


 これはあたしが使える最大の防御魔法。

 防御魔法……とはいったものの、触れたものすべてを破壊する攻撃魔法を広げただけのもの。


 でも今は効果てきめん。


「ただ岩を降らせるだけの魔法が隕石だなんて、笑わせるわね」


 額に一筋の汗をかきながら、あたしは笑う。

 岩は天蓋に触れるたびに爆発によって砕けて舞い上がり、また天蓋に落ちて爆発を引き起こす。

 セビリアの上空では、鼓膜が破れんばかりの爆発音と地震と間違うほどの振動がずっと響き渡っていた。


 だけどそれも無限には続かない。


 天蓋の表面にある白い粒がどんどんと無くなっていく。そのたびに爆発音が小さく少なくなっていく。


「くっ、全部砕けさせるのは無理だったかな?」


 眼下にある街を見下ろす。人影は時折見えるけれど、どれもが窓からで大多数の住民の避難は済んでいるようだった。

 これなら、すでに細かくなった隕石の破片が落ちても大丈夫そう。


 小さく息を吐く。


 そして、結界表面の泡がすべてなくなったとき。

 ついに天蓋は壊れ、隕石が街に降り注いだ。


「クソクソクソ! なんなんだよあれは!!」

「ただの魔法使いとは思えない! ここで始末しておかなければ!」


 結界が壊れたにもかかわらず、上空にいる天上人二人は癇癪を引き起こす。

 それもそうだ。


「隕石がただの小雨になったわね。精々ひょうがいいところかしら」


 細かくなった隕石は、もはや脅威にはなりえない。よほど打ち所が悪くない限りは即死には至らないはず。


 額に浮かんだ汗をぬぐい、あたしはほうきに乗り換え高度を上げる。二人のいる場所まで上がると、彼らはわかりやすく動揺し、身構えた。


「どうしたの? 男二人がかりで小娘一人に勝てないのかしら?」

「……ッ!!」

「……チッ!」


 にらみつけてくる二人、しかしその顔には滝のように汗が浮かんでおり、先ほど以上に警戒心をあらわに徐々に後退し始める。


「クソ、こうなったらマルコスを呼ぶしかない! ヴァレリアもいれば、まず負けない!」

「ならフリウォル! 殿しんがりは任せる! ここは俺が二人を呼びに行く!」

「なにバカなこと言ってるんだよ! 鈍重なお前じゃ間に合うわけないだろ!! 僕が風に乗っていく! お前が殿を務めろよ!」

「隻腕の弱ったお前にはおあつらえ向きの役目だろうが! 離せ! 俺が行く!」

「なんだと!!」


 そんなにあたしが怖いのかしら? 醜い争いを始めた二人は、そろってあたしに背を向けて町から逃げ出そうとし始める。


「逃がすと思う? どっちが残ろうと一緒よ。一人になった途端にあんたたちは落ちるんだから」


 慌てふためく二人が面白くて、杖をこれ見よがしに振り回す。

 そのたびに尻尾を巻いて逃げ出そうとする彼ら。


「やっぱり魔法を使うのは楽しいねぇ? あんたたちもそう思うでしょ? だからこんなことしてるんでしょ?」

「――クソォ!!」

「マルコス! マルコスーー!!」

「もう遅いわよ」


 新手が来る前に終わらせる。

 隙だらけの二人に向けて魔力を込めた杖を振りかざした、その瞬間。


 ――世界を、真っ白な熱気が染め上げた。




 ◆




「ガハッ――」


 仮面の口から血を吐いた。


「この程度か、粋がってたわりにはたいしたことねぇな」


 上からムカつく屑野郎の声が降ってくる。同時に肌を焼く強烈な熱気と目を焼く光。


「第一席……『火星』。舐めてたな……」


 マルコスの実力は想像以上だった。

 火剣というべきか、炎をジェットエンジンのように噴射する両手の剣は凄まじい勢いを実現させ、なおかつ剣戟を目に見えない速度まで押し上げて威力を増大させる。

 剣自体を止められたとしても、剣ではなく炎が俺のみに迫りくる。


「こんの……クソ野郎!!」


 周囲に無数の短剣を浮かせ、魚群のようにマルコスに殺到させる。

 しかし、


「学ばねぇな、頭空っぽの間抜け野郎」


 高速で飛び回るマルコスに短剣は全く追い付かない。

 それどころか逆に追いつかれ、まるで小魚を狙う鮫のように短剣たちを蹴散らした。


 上空でいくつもの爆発が起き、短剣が折れ、砕けた破片がぱらぱらと川に降り注ぐ。


「カットスじゃ無理かッ」

「フリウォルから聞いたぜ? お前相手の力を奪えるんだってな? どういう仕組みだ? 教えろよ」


 上空からあざ笑うようにヤツが言う。

 俺は血が多分に含まれた唾を吐く。


「お前に教える義理はない。死んでくれたら教えてやるよ」

「偉そうだなおい、前はもっと従順だったじゃないか。慇懃に頭下げてよぉ。礼儀正しいからあんときはまだ俺はお前のことが好きだったぜ? 出来損ないの末端くん? 不相応に頑張る姿が泣かせてくれるもんだったぜ」

「反吐が出る。お前らに下げる頭なんぞどこにもない」


 思い出すだけでも不快な記憶だ。

 どうにかしてマルコスの首を狩る。

 周囲に目をやり、策を考える。


 マルコスは遠近ともに高水準だ。

 火炎放射のような攻撃もあれば炎の剣による高速斬撃もある。何よりこっちの攻撃が全く当たらない。


 ただ勝ち目があるとすれば、ヴァレリアが何も動かないことだ。

 とはいえ、最低限のことはしている。落雷を起こそうとしても、彼女の結界によってすべて防がれる。場合によっては川にいる俺のもとに誘導して落とそうとしてくるので、うかつには使えない。


 飛び回るマルコスには、落雷は相性がいいはずなのに彼女のせいで使い物にならない。

 カットスの技はどっちにも使えない。


「第三席と第二席の間には大きな壁があるってことかよ……」


 舌打ちする。

 有効な手立てが全く思い浮かばない。

 このままでは――


「よそ見してんじゃねぇぞ」

「――ッ!?」


 後ろから声が聞こえ、とっさに剣を構える。

 直後。


 炎の剣が尾を引いてやってきて、剣の上から受けたにもかかわらず俺の身体が吹き飛ばされる。


「……グッ!」

「まだまだ行くぞ」

「――クソっ!!」


 吹き飛んでいる最中なのに、その俺に追いつき再び剣を振り下ろす。

 今度は左手の短剣で何とかして受け流そうとするものの、剣が重すぎて流せずに俺の体にもろに刺さる。


「があっ!!」


 刺さった瞬間に爆発が起き、またしても吹き飛んだ。

 木々をなぎ倒し、地面をバウンドしながら転がった。


「おっせぇなあ」

「――ッ」


 転がった俺の上から、突き刺そうと奴の二つの剣が降ってくる。

 転がっていた勢いを活かして立ち上がり、顔すれすれで何とか避けた。

 それでも、地面に剣が刺さった瞬間に爆発が起き、なすすべもなくまた吹き飛ばされる。


 まるで素人がバレーボールしているかのような、息つく間もない無茶苦茶な攻撃。


 どこから攻撃が来るのかわからない。

 上下左右、一瞬にして移動して襲い掛かってくる。


 再び川に戻ってきて、膝まで水に浸かる。


「なら!!」


 俺は川に腕を突っ込み魔力を流し込む。

 途端に川面がうごめきだして、大波が発生し、俺を守りながらマルコスを呑み込もうと立ち上がる。


 これなら、どう飛んでも水に突っ込み、炎は勢いを失うはず――


「なめてんじゃねぇぞ」


 だがそれでも、奴は止まらなかった。

 一直線に俺に向かう。

 間にあったはずの津波は、奴の炎で一瞬で沸騰して気化し、まるで奴を嫌うかのように道が空く。


 その道を、


「はっはっは!!」


 笑いながらマルコスが飛び込んで、一気に俺に切りかかる。


「クソが!」

「それしか言えねぇのか? 頭まで貧弱な野郎だな」


 炎の勢いも利用したマルコスの双剣を、一心不乱に防ぎきる。それでも、奴の刃は防げても、炎までは防げない。

 ちりちりと、俺の肌が焼けていく。

 剣を交えるたびに、剣の柄が焼けそうなほどに熱くなる。


「――チィ!!」

「あ?」


 思わず俺は地面を蹴って上空へと退避する。

 だがこれは悪手だった。


「はっはっは! 俺と空中でやり合おうってのか!?」

「しま――」


 一瞬でマルコスが消え、俺の背後に現れる。

 振り返りながら剣を振るうもすでに底に奴はいない。


 ――奴がまき散らす炎で視界がふさがる!


「はっはー!!」


 奴の声が聞こえた!


 ――そこだ!


「――な!?」


 わずかにぶれた声の位置から、奴の動きを予測したつもりだったのに。

 振るった剣で炎が払われ、広がった視界の先に奴はいない。


 代わりに俺の全身に影が差す。


 見上げれば、すでに、マルコスが笑いながら剣を振っていた。


 ――剣は深々と、俺の胴を斜めに焼き切った。


「アアアッ!!」


 そのまま俺は炎に噴かれ、川を水切りのようにはね、川辺を転がり、森の木にぶつかってようやく止まった。


「ゲハッ」


 もはや息もできないほどの血液が腹から湧きあがり、一気に喉から飛び出した。


「はぁ……はぁ……」


 視界がくらむ。

 耳鳴りがひどい。

 足が震える。

 剣を握る力がない。

 血の匂いもわからない。

 痛みすら感じない。


「――けねぇ――こんなやつに――はやられたのか?」


 霞む視界で、赤い男が現れた。


 立たなければ、戦わなければ。


 約束を、果たさなければ。




 ――あれ? 約束って、なんだっけ。




 誰との約束なんだっけ。

 なにを約束したんだっけ。

 なんで戦ってるんだっけ。


 なんで、こんなになるまで戦わなくちゃいけないんだっけ。


 もういいじゃないか。


 どうせ、俺が死んでも悲しむ奴なんか一人もいない。


 どうせ、俺が死んでもこの世界の連中は何も変わらず生きていく。


 ここで一人の男が死んだことにすら気付かない。


「はっ……ははっ……」


 木の幹にもたれかかり、乾いた笑いを漏らす。


「おかしくなったか? まあ元からおかしな奴だったから変わらねぇか」


 憎い男の声。


 俺は笑って、ただにらみつけて中指を立てて、


「くたばれ、クソ野郎」


 そう言った。


「……チッ、最後の最後までイカれた野郎だ」


 マルコスが剣を振り上げる。

 死に瀕しているからか、その動作がやけにゆっくりに見えた。


「じゃあな、『親殺し』」


 剣がコマ送りのようにゆっくりと振り下ろされる。


 剣が首に触れようとした最後の一コマで。






 視界一杯に黒髪が広がった。





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