第3話 軍人の務め



 オスカーのおかげ(せい?)で、ソフィアとの話はうやむやに流れ、僕たちはそのまま三人で町を散策していた。


 日が傾き始め、そろそろ戻ろうというときにざわざわと町が騒がしくなった。


「おお! 軍が帰ってきたぞ!」

「やったわ! 今回もたくさんの食料と貴重品を持って帰ってきてくれたわ!」

「グラノリュース軍万歳! 天上人万歳!」


 街の北の方からたくさんの人の揃った足音が聞こえる。

 その足音が僅かに石畳の地面を揺らすと、住民たちは目の色を変えて喜色満面、喜びの声をあげながら足音のする方角へ向かっていった。


 そこら辺の店でパンを買い食いしていた僕たちは、袋一杯に詰め込まれたパンを抱え頬張りながら住民たちを見送っていた。


「そういえば、軍は遠征に行ってるんだったね。今回は長かったね」


 パンを飲み込み言った。

 同様にその辺りで買った飲み物でパンを流し込んだオスカーが話し出す。


「今回の遠征は中層をまっすぐ抜けて下層まで言ったらしいぞ。なんでも最近までは安全だったのに、ここ最近は一気に厳しくなって死者も多く出てるらしい」

「厳しくなったってどういうこと? 上層は安全のために防壁で町全体が完全に覆われてるけど、この外にはそもそも何があるの?」

「さあな。ただこの上層の町の外側には中層と下層があって、そこからこの上層の住民が生活するのに必要な食料や生活用品、資源とか武具を仕入れているらしい」


 ふーん、と相槌を打つ。

 するとソフィアが興奮したように、


「もしかしたらこの国は一つの大きなダンジョンで、外には迷宮が広がってるのかもしれないわね!」


 声をあげた。

 意味がわからずに首をかしげる。


「ダンジョン?」

「あ、知らない? 名前の割に日本人なウィリアムなら知ってたと思うんだけどね。えっと元の世界の創作とかではメジャーなんだけど、ダンジョンっていう迷宮があって、そこには危険なモンスターや魔王みたいなボスがいるのよ」


 残念ながら元の世界の記憶がない僕には理解できないお話で。


「ええ? なにそれ。危険すぎない? なんでそんなものがあるの?」

「なんでって聞かれても創作なんだから理由はいろいろよ。それこそ面白いからの一言で完結しちゃうわよ」

「身も蓋もねぇな……」


 オスカーが気の抜けた声を出した。

 ちなみに彼の顔にはいくつか青あざがある。

 さっき襲われたときに大体ソフィアにやられた傷だ。


 それはそうと、どうしてソフィアはこの国がその危険なダンジョンだと思ったのだろうか。


「ダンジョンには、危険なモンスターがいるけど、その分他では手に入らないような貴重な宝だったり、すごい力を秘めた武器が見つかったりするの。怪我が治るポーションだったり食料だったり。ほら、今の軍と似てるでしょ?」

「……確かにな。上層、中層、下層なんて厳密に壁を立てて往来を制限してるくらいだし、帰ってくるたびに被害を出しながらも戦利品を持って帰ってきてるから、ありえなくはないかもな」


 ソフィアの考えにオスカーも頷いていた。

 記憶のない僕には、いまいちダンジョンってものがわからなくて首をかしげるばかり。


 迷宮ってことは屋内ってことだよね? なのに宝があるの? 魔王とかモンスターは一体どこから来てるの? 一体だれが食料やらポーションやらを作ってるの?


 色々な疑問が湧いてくる。

 それ全部を試しに二人にぶつけてみた。


 すると二人は何言ってんだこいつ、馬鹿じゃねアホじゃね賢くね? と言いたげな顔でひどくあっさりと、


があるじゃない」

「なんでもありだぜ」


 そう言った。


 僕はこの時以上に、魔法って言葉は便利だな、と思ったときはない。


「魔法ねぇ。二人は使えるからいいけど、僕は使えないんだ。どれくらい便利かもよくわかってないんだよ。二人はモンスターとか宝をぽんぽん生み出せるの?」

「まっさかー。そんな上級な魔法なんて、この世界に来て一年かそこらの俺たちが使えるわけないだろ? ましてや俺、基本の魔法ですらやっとだし。でも可能性は十分にあると思うぜ? なあソフィア」

「そうね。私は雷系統ばかりやってるからわからないけど、空飛んだり空間を操ったりもできるから、可能性はあると思うわ」


 ふーん、そんなものか。


 この世界に魔法を使える人はほとんどいない。

 それだけにどれだけの可能性があるのかほとんどわかっていない。


 そして二人は、その魔法を使える数少ない人間だ。

 だけど二人とも魔法の修行を始めてからたったの二年足らず、基本くらいしか修めてないらしい。


 え? 僕はどうなんだって?


 察してほしいね。


 ……僕は出来損ないなんだ。


「お! 軍が来たぜ!」


 オスカーが声を上げ、ある場所を指さした。

 そこからは、赤系統のかっちりとした統一された軍服に身を包んだ大勢の人間がいた。

 それぞれがやりきったような、歯をむき出しに笑い、出迎える住民たちに腕を掲げて応えている。


 僕たちが所属するグラノリュース天上国、その国軍だ。


「おい! 見ろよ! 天上人筆頭のマルコスだ!!」

「その横にヴァレリアもいるわよ!」


 オスカーとソフィアが興奮した声を上げた。

 二人の視線の先にいたのは、二人の異質な男女。


「あれが……天上人筆頭」


 一人は燃えるような赤髪を逆立たせ、赤い装飾の施された一際豪華な衣服に包まれた男性。

 彼の動きは一目で凄腕だとわかる身のこなしであり、腰には両手剣かと見紛うほどの大きな片手剣が二振り下げられている。


 そしてもう一人は、流麗で夜闇のような僅かに青みがかった黒髪を背中まで伸ばしたミステリアスな女性。

 鍛えられているようには見えないものの、その手には大きな宝石が付けられた杖が握られており、口元はきゅっと引き結ばれ、表情は見えない。


 圧倒的なのは見た目だけではない。


 二人の全身からは神聖な気配が絶えず立ち上っていた。


 後ろに続く一般軍人とは隔絶する圧倒的な威圧感。


 僕たちと同じ天上人、そのトップの二人。


 マルコスとヴァレリア。


 二人は住民たちから割れんばかりの歓声で称えられ、ちぎれんばかりに手を振られている。

 赤毛の男マルコスは愛想よく手を挙げて応えているが、青髪の女ヴァレリアはうつむいたまま。


 一方で同じ天上人である僕たちは誰にも見向き去れない。


 そりゃそうだ。


 立場的に言えば、僕たちと彼らはそう大きく変わるものではない。


 だがその実力と注目度は天地雲泥の差だ。


 天上人。

 それは異世界からやってきた、魔法を操り、頑強な肉体と優れた膂力を持つ、人よりも圧倒的に長寿な存在だ。


 ソフィアとオスカー、それと僕もその天上人の一人だが、あの二人とは年季が違う。

 マルコスもヴァレリアも見た目だけなら年齢は二十代に見えるほどの若者で見目麗しいが、その実、百年以上生きている。


 一方で僕たちはこの国でたかが数年しか生きていない。

 そりゃ実力も注目度も桁違いというものだ。


「すげぇなぁ、俺達もいつかあんなふうになれんのかな」

「なにオスカー、あんな風になりたいの?」

「そりゃなぁ、だってこんなに注目されるってことは、そんだけ強いってことだろ? そりゃなりたいさ」

「ふーん、強くなったところで、オスカーの見た目じゃあすぐに底の浅さが露呈して誰も寄り付かないと思うけどねぇ」

「ひっでぇよぉ!?」


 ソフィアとオスカーのじゃれ合いは観衆の騒ぎに紛れていく。

 そのまま軍は二人のトップの天上人に連れられて、王城の方へと足並み揃えて向かっていった。


 軍がいなくなると、祭りが終わったかのように人はそそくさとこの場を後にしていく。


 残ったのは、パンが入った袋を抱えた誰も知らない天上人三人。


「帰ろっか」

「そうね。もう遅い時間だし」

「点呼に遅れちまう。急ごうぜ」


 花道を歩いた軍人たちとまったく同じ道。

 だけどもう閑散として他に誰一人いない道を僕たちはいそいで駆け抜けた。



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