第3話

 そこには筋肉太郎の異名を持つ体育の龍田教師が立っていた。分厚い胸筋がぴくぴく動く。

顧問でもない教師の龍田の入室に緊張する二人。碧はエキドナとリリスを隠すように立つ。


「大丈夫だよ。君に触れないと普通の人には見えないんだろ?この《ゲーム》は」

そう呟くと碧の肩をぽんぽん叩き駒割部長はすこし龍田教師に近づいた。

だが碧の目線は龍田の胸元にあった彫刻の入った大きな十字架だった。


「おはようございます。どうしたんですか先生。我々は漫画制作の会議中なのですが」

駒割部長がニコニコして挨拶すると浅黒い顔の龍田教師は片側の口角を上げ歪に笑う。


「悪魔と、か?」

碧と駒割部長に緊張が走った。


「お父さんから連絡があってな、神宮前碧。大丈夫だ。今救ってやる」


“まずい”


「え?」


つぶやいたエキドナに駒割部長が振り返る。

龍田は十字架を掲げて詠唱をはじめた。


「私はお前の名と知っている。私はお前の悪行を知っている。父と子と精霊の御名において命じる。」


部室の床が白くっぽく光りはじめる。



「えー何、何?!」


驚く駒割部長。

すると突然、碧は両足を広げ合掌し左右手を微妙にずらした


「カムロキノミコトカムロミノミコトスメミマノミコト我信ずる者たちを護りたまえ」


碧の早口台詞にも驚く駒割部長。


「えーおまえもかよ」


「ゴートゥヘル! 地獄へ帰れ悪魔ども!」


龍田教師が詠唱し十字架を掲げると光っている床から白い稲妻がいくつも放たれた!

眩しさに駒割部長とエキドナ、リリスは目を腕や手で覆った。


何かが焦げたような匂いがして駒割部長が目を開けると碧の学ランが焼き芋の皮のようにボロボロになっていた。エキドナとリリスは無傷な自分たちに驚き碧をじっと見つめる。


 「ほう。私の祈りに耐えるとは、神宮前神社のものとは聞いていたが、だがそれならその悪魔に直接鉄拳制裁を加えるまで。生徒とはいえこれ以上邪魔をするならお前もぶん殴るぞ神宮前ぇー!」


龍田は十字架を拳にぐるぐる巻きにし構えてリズムをとる。鍛えられた体はもはや格闘ゲームのキャラクターのようだ。

 

エキドナは龍田を睨みつけ右手を構える。瞳が赤く光り始めるとその掌から幽かに炎らしきものがゆらゆらと存在し始める。だが振り返りもせず碧は制止するように左手をエキドナに向け、駒割部長の前に出ると前後に股を開き拳を受ける態勢をとる。


 更に筋肉が盛り上がったと感じた瞬間、龍田は振りかぶって思い切り十字架を巻いた拳を碧に放つ。碧がその拳を左の掌で受ける。


「な、何!」


ダンベルを100キロも持ち上げるほどの腕力の拳を豚のようなぷよぷよの碧が受け止め、かつ碧の掌から身動きが取れない龍田はこの現実に驚きを隠せない。


「き、聞いたことがある。神宮前神社は悪魔祓いのため密かに練り上げられた正当継承者にしか教えられない古武道があると……まさか、お前この国最古にして最強といわれた神宮前流古武道の……」


碧は龍田はのみぞおちにそっと掌を置いた。


「しゃべらない方がいいですよ先生」

「何?」


「祓掌(ふっしょう)」


ドンっとい衝撃が龍田の体に走る。

龍田は顔から油汗がだらだらと流れはじめ思わず膝が落ちる。駒割部長、エキドナ、リリスは意外な展開に動けずにいる。


「駒割部長! 本を!」


「え? あ、ああ!」


目の前に起きたことを処理しきれずパニック状態の駒割部長は素直に本を閉じて碧に渡す。

その瞬間、エキドナとリリスは驚いた表情で消える。碧は大事そうに本を抱えると動けない龍田教師の前から動こうとする。しかしやはり体に負担があるのか眉をひそめて動作がゆっくりだ。


「な、なぜだ。お前がかばっているのは悪魔だぞ。この世に災いしかもたらさない元凶なのだぞ」


龍田教師はみぞおちを抑え震えながらも碧を呼びとめた。

駒割部長は龍田教師に近づき背中に手を当てた。ひどい汗だ。


碧はしばしの沈黙の後、男前の表情で口を開いた。


「幼女をいじめるものには容赦はせん!」


「幼女?……」


龍田は意味がわからず微妙な面持ちで言葉を返すことができない。

駒割部長も同じ顔をした。


碧は電光石火のごとく部室を出た。

立ち尽くしている駒割部長。


「駒割。行け。神宮前を止めろ。アレはお前たちが思っているようなモノではない。」


「いやいやいや……」


薄笑いで龍田教師を見ると油汗だらけで血の気がひいた龍田の顔は言葉の重さを感じさせた。


「えー……」


駒割部長はうなだれ渋い顔でゆっくりと立ち上がり碧を追った。



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