第7話 スパイラル
さすがに最初は、
「証拠もないのだから、気にしなければいい」
と思っていたが、これだけ執拗に連絡があると、落ち着かない、いわゆる、
「仕事が手につかない」
という状態である。
そんな時、大久保氏が
「いい先生がいるよ」
と言って紹介してくれたのが、鎌倉探偵だった。
「ああ、例の事件ですね」
と、最初に電話を入れた時、鎌倉探偵は事件のことを知っているようだったので安心したのだが、俊六が知らなかっただけで、事件の担当刑事である門倉刑事と鎌倉探偵は昵懇の仲だったので、当然鎌倉探偵もこの事件のことは知っていた。
事情も門倉刑事から聞いていたようで、その話をしたのがちょうど俊六が電話を入れる前の日だったのも何かの縁なのかも知れない。
門倉刑事はその日、別に事件に行き詰っていたわけではないが、いつも話をしに来る鎌倉探偵を訪れていなかったことに気付いて、近くまで来たのをいいことに、鎌倉探偵の事務所を訪れていた。時間的には夕飯近かったが、最初は事務所での話になった。
「この事件は、さほど難しくはないと思っていたので、鎌倉さんのお手を煩わせるようなことはなさそうですね」
と、門倉刑事が言い出した。
新聞などで事件のあらましは知っていたので、鎌倉探偵も、
「そう願えればいいんだけどね」
と、曖昧に答えた。
もっとも、事件の相談に行く時はいつも、こんなに曖昧な返事しかしない鎌倉探偵なので、話をしていて、別に違和感はなかった。
「気になるといえば、殺害方法が毒殺で、その毒というのが、スズランだったというのが少し気になるところです」
と門倉刑事がいうと、
「そうだね。スズランでの殺害などというと、あまり聞かないからね。そもそも普通に咲いている花に毒があるなど知っている人はそんなにいないだろうしね」
「でも、問題はその殺害現場が出版社主催のパーティだったということです。被害者も辛口で有名な評論家の先生ですからね」
「そのようだね」
「その場には、小説家の先生と呼ばれる人がたくさんいたんですよ。ミステリー作家もいればそうでない作家もいる。でも、作家を目指して作家になった人は、基本的にはいろいろなジャンルの本を読んでいるわけですよね。ミステリーが自分の作風でない人も、きっと有名どころのミステリーは読んでいるでしょうね」
「だから?」
「だから、容疑者はたくさんいると思うんです。疑えば皆疑える」
「なるほど。だけどね、それは殺害方法に対して一点からしか見ていないということではないのかな? 動機であったり、死亡したそのグラスを誰が彼に渡せるかなどのタイミングもあるだろうしね。でも、大衆が見ている前での殺害というのは、いくら毒殺でも大胆不敵だとは思わないかい?」
「確かにそうですね。でも、それだけに訳が分からないところが多い気がするんです」
「君は、どうして犯人がスズランの毒を使ったと思うんだい?」
「青酸カリやその他の毒では、入手経路から犯人を特定できてしまうという問題があったからではないですか?」
「だったら、毒殺なんかしなければいいんだ。誰も見ていない場所で、密かに殺すことだってできたはずだ。それをわざわざ大衆の面前で殺害することはないと思うんだけど」
「じゃあ、毒殺自体に何か意味があると?」
「僕はそんな気がするんだ。だから、スズランだったんじゃないかなってね。ひょっとするとスズランの花をそこに残しておいたのも、犯人の何かのメッセージかも知れないんじゃないか?」
「逆に被害者のダイイングメッセージかも知れませんよ」
と門倉がいうと、
「僕はそうは思えない。大体身体に異変が起きて、毒殺されそうになっているというところまでは分かったとしても、その苦しい頭で、スズランの花が認識できるかな? できたとしても、それが毒であって、自分を殺害するものだと、瞬時に判断できるだろうか?」
「確かにその通りですね。そんなに簡単に暴露されるような殺人であれば、スズランであるわけはないでしょうね」
「そう考えると、スズランでの殺害には何か意味があるのではないかと思うんだ。もし復讐だとするならば、何かスズランに対して思い入れがあるのか、それともスズランが原因で、復讐に至ったのかだね」
「被害者は、評論家の先生なので、作品を酷評された人が一番に怪しまれますよね。でも一番怪しいと目されている相手は、もうすでにこの世の人ではないということでした。佐久間光映という作家なんですが」
と門倉刑事がいうと、
「ああ、佐久間先生ですか、私もよく知っていますよ。結構勉強家の先生で、その代わり、自分の信じるもの以外はあまりまわりを信用しないという感じの偏屈者というイメージが僕にはあったんですがね」
と鎌倉探偵がいうと、門倉刑事は何かを思い出したように、目をカッと見開いて、急に下を向いて、照れ笑いをしているようだった。
――ああ、そうだ、鎌倉さんは元々作家だったんじゃないか――
ということを思い出した。
「そうですね。私はあまり知らないのですが」
と門倉刑事がいうと、
「彼の作品には、曰くがあってね、いわゆる『予言小説』と言われているんだ。彼が予言したことが結構当たっていたりするんだけど、彼の作風には近未来画多いので、少しでも当たっていれば、予言だって言われるんでしょうね。でも、確か彼の小説が予言だと言われ始めたのは、彼の死後、彼の弟子が先生の作品、つまり遺作を世に出すようになってからだったんじゃないかな?」
「ということは、殺された高杉氏の批評はそこを突いていたわけではないということですね?」
「そうでもないようなんだ。生前の佐久間先生に予言というキーワードは確かになかったけど、どこか近未来のことを確証を持って書いているところがあった。高杉氏は本当に佐久間先生の作品を熟読していただろうね。そんな細かい、誰も気づかないような部分を指摘したんだよ」
「それじゃあ、まるで殺された高杉氏の方が『予言評論家』と言われてしかるべきですよね」
というと、ニッコリと笑った。
「なかなかうまいことを言うね。でも、佐久間先生の死後から、『予言小説家』と言われるようになってから、自分が予言したんだということを言わないばかりか、高杉氏の口から先生の名前が一切出てこなくなったんだ。死んでしあったのだから、死人に鞭打つようなマネはしないということなんだろうが、本当にそれだけなのだろうか。僕には不思議でね」
と、鎌倉探偵は腕を組んで考え始めた。
「警察としても、いろいろ捜査をしてみたんですが、なかなか高杉氏が誰かに恨まれていたという感じはないようですね。それどころか、ちょっと別の話を耳にしました」
「ほう、どういう情報なんだね?」
「これは高杉氏の数少ない友人と称する人から聞いた話なんですが、彼は以前に詐欺に遭ったことがあるという話でした。あくまでも一部の人間しか知らないことで、彼はそれを必死に隠していたといいます」
「それで被害はどれほどだったんだい?」
「彼は詐欺に遭ったと言っても、自分の生活を脅かすほどの金額をその連中にかけていなかったと言います。さすがに彼は謙虚なところがあるが、逆にギリギリのところまでであれば、結構人情婦愛ようなので、騙されたとしても、無理はないと言っていましたね。彼は以前青年実業家をしていたので、その時じゃないでしょうか?」
「でも、青年実業家が詐欺に遭って、よく大学で教授になるまでになれたものだね」
「高杉氏の恩師が、大学に彼を招集したそうです。それだけ彼の文学に対する評論には、学会でも定評があったということですよ」
「人は見かけによらないということかな?」
「ええ、そういうことかも知れません。ただこのことは故人の名誉にかかわることなので、捜査の核心をつくようなことがない限り、公表は控えてほしいという話でした」
「ということは、この話のニュースソースは、その恩師ということになるのかな?」
「はい、ほとんどは、その恩師の人からの話です。でも、その人だけの意見では、片手落ちなので、他にも数人に話は聞いています。でも、詐欺について以外の意見は、皆似たり寄ったりのものでした」
「この事件に高杉氏が詐欺に遭ったということが絡んでいるとすれば、その詐欺がどういうものだったのかということを調べる必要があるんじゃないか?」
「ええ、調べています。ただ、時間的にもかなり経っていますし、本人から被害届も出ていないですので、調査も難航するでしょうね。下手をすると、その話し自体がデマだったなんてことにもなりかねあせんしね」
「でも、そんなデマを流したとして、誰が得をするというんだね?」
「まさかとは思いますが恩師が高杉氏を殺害したとして、捜査を攪乱させるという目的でかも知れないですよね」
「ありえないことではないが、あまりにも可能性は低いんじゃないか?」
と言われて、門倉刑事は何かを思い出したようにこう言った。
「あっ、そういえば、その恩師のところに話を聞きに行った時のことなんですが、その恩師と佐久間先生への高杉氏の感情を訪ねた時、面白いことを言っていたんです」
「というと?」
「まず、佐久間先生に対して、高杉氏は、本当は辛辣な評論をしたくないと周囲には漏らしていたんですね」
「どういうことだい?」
「たぶんですが、ここには『やらせ』のようなものが存在していて、雑誌社の人から、佐久間先生を攻撃するように頼まれたのではないかというウワサがありました。その雑誌社は佐久間作品とは別路線の作家が多く、佐久間先生が売れてしまうと、自分のところの雑誌が売れなくなるというイメージから、評論家である高杉氏に、わざと攻撃させたという発想ですね。これは結構信憑性があるようで、その雑誌社の中では『公然の秘密』のようになっていたようです」
「もし、そうだとすれば、文芸の世界も、なかなかドロドロしたものがあるようだね」
「ええ、そうなんです。『ペンは剣より強し』という言葉もありますからね」
「まあ、そんな世界を僕も生きてきたわけだから、分からなくもないが」
と言って、少し昔を振り返っているように見えた鎌倉探偵だった。
「それでですね。その恩師の人が僕に訊ねたんです。『坂上俊六という作家がいるけど、たしか彼は佐久間先生の弟子だったと思いが、今もそうなのかね』っですね」
「確かそうだったよね?」
「ええ、だから、そうだと答えました。そうすると、恩師の先生は少し考え込んでしまって、『坂上君というのは、どんな小説家なんだろう?』とボソッと呟くように言ったんです」
「私も知らなかったので、何とも言えなかったんですが、恩師の人が坂上という作家の特徴を教えてくれました」
「どんな風に言っていたんだい?」
「彼の作品には、限りなく可能性は低いが、ゼロではないというところがあるというんです。それをいわゆる『微レ存』という言葉で表すようなんですが、彼がもし、佐久間先生のような予言小説を書いているというウワサが立つようなら、そのあたりが起因しているのではないかとですね。でも、佐久間先生が予言小説だと言われている理由は、この微レ存にあるわけではない。彼らは同じように予言小説を書いたとしても、そこに何んら結びつきはないという考えのようでした」
「実に面白いことをいうね。確かに弟子と師匠だと言っても、その発想が違っていれば、それが恩本的な違いであれば、似たような作風だと言われても、今度はそのプロセスが違っていることになる」
と鎌倉探偵がいうと、
「そういうことなんでしょうね」
「微レ存という言葉をよく分からないので何とも言えないがね」
「微レ存というのは、微粒子レベルの存在感というところから、その言葉がついてきているようで、言葉自体が何か曖昧な感じだよね」
「その通りですね。説明されてもよく分からなそうな言葉ですよね」
「今どきの言葉なんてそんなものではないだろうか」
「彼の小説は、そんな微粒子レベルの存在感がたくさんあって、それが一見まったく関係ないように見えるのだけれど、それが融合して一つになっていくことで、距離が縮まり大きくなる。それで全体が見えてくるようなそんな作風らしいです」
「ますます分からない」
そういって鎌倉探偵は苦笑いをしたが、まさにその通りであろう。
「ミステリーなんかは、まさにそんな感じなんじゃないですか? まったく関係のないような話が点在していて、それを一本に結び付けていくというような謎解きの醍醐味、微レ存であればあるほど、本格小説と言えるのも分かる気がしますよ」
と門倉刑事は言った。
「私が昔目指していたような方向性に感じるよ」
と、今度は鎌倉探偵が言った。
「それにしても、この言葉自体、ネットで生まれた言葉で、実際にどこまで浸透しているか分からないんですが、そういう意味では、ここでいう浸透というのも、ある意味微レ存なんじゃないかって思いますね」
「本当にうまいことをいう。でもね、このように微粒子レベルのことでも継続してたくさん存在すれば、一つの線になる、アリの大群が餌を運ぶ姿に似ているような気がするんだけどね」
「なろほど、確かにそうですね。でも、その線も蠢いて見えていると、だんだんと立体的に見えてくるんじゃないですか?」
「門倉君は、じっと見ていて、それが動くものでなかったら、それは大きくなっていく方に感じる? それとも小さくなる? それとも変わらない?」
「基本的には変わりませんが、たまに小さく見えることもあります。もちろん、ずっと集中して見ていればですね」
「それは一過性の調節痙攣かも知れないね。医学的な根拠についてはよく分からないけど」
「何かの辻褄合わせという感覚は、人間の中に絶えず持っているように思うんですが、いかがですか?」
「それと似た感覚なのかも知れないね。デジャブなども、一種の精神的な辻褄合わせのようなものだと言っている学者もいるようですからね」
「超常現象やオカルトなどの伝説に関しても、それは言えるかも知れません。まったく縁もゆかりもないところで、似たような伝説は残っていたり、ソックリな絵が保管されていたりするのは、そういうことなのかも知れませんね」
「特に人間は、自分の脳の一部しか使っていないというから、超常現象への可能性も微レ存かも知れないよ」
「鎌倉さんも微レ存という言葉がお気に入りなんですか?」
と門倉刑事が笑いながらいうと、
「そうだね、嫌いではない。今回の事件でひょっとすると何かのヒントになるかも知れないよ」
と鎌倉氏も乗ってきた。
「そうですか? 微レ存な気がしますが」
「君もなかなかうまく使うじゃないか」
「鎌倉さんの受け売りです」
と言って、二人して笑ったが、さすがにこれ以上使うと収拾がつかなくなる気がしていた。
その日の門倉刑事の訪問はそれくらいであった。別に鎌倉探偵から捜査へのヒントでももらおうという趣旨があったわけでもなさそうだ。とりあえず捜査の状況とそれによって、何か話をしているだけで得られるものがあればと思ったくらいだった。
実際に会話の中にあったわけではなかったが、門倉は、
「訪ねてよかった」
と思った。
その理由は、鎌倉探偵の前職が作家だったということからだった。
ただ、さすがにかなり前のことだったので、最近の文芸界の事情や裏の話に精通しているわけではなかったが、元作家としての意見は真摯に受け入れるだけのものがあったような気がした。とにかく、今までもそうだったが、収穫が身に見えていなくても、門倉刑事は鎌倉探偵を訪れて、損をすることなどないと思っている、今は分からなくとも、いずれヒントになることが隠されているのではないかと思うからだ。
そんなことを門倉刑事が感じていることを知ってか知らずか、鎌倉探偵のところに、まるで、
「飛んで火にいる夏の虫」
とでもいうべきか、この事件の渦中の人である、坂上俊六が鎌倉探偵を訪ねてきた。
彼は大久保さんが教えてくれたと前置きをして、眞覚ら探偵の前に出てきた。
「ああ、大久保君ですね。彼は元気でしたか?」
「鎌倉先生は、大久保さんをご存じでしたか?」
「ええ、私の作品を批評してくれたことがありましてね。何度か一緒に食事をしたりした仲だったんですよ」
俊六は鎌倉探偵が元作家だという情報を得てはいなかった。
「そうだったんですね。今までまったく知りませんでした」
と、大久保氏から、何も聞かされていないことをいうと、
「なるほど、大久保君らしいですね」
と言って苦笑した。
「ところで、今日はどうして私をお訪ねくださったのですか?」
「この間の出版社主催パーティで、殺人事件があったのは、府ご存じでしょうか?」
「ええ、高杉さんが殺害された事件ですよね。私も元は文芸関係でしたので、高杉さんは少しだけですが知っていました。やはり少しだけとはいえ、知人であったことには変わりありませんから、多くなショックではありますね」
と言って、鎌倉探偵は、その視線を俊六に向けた。
俊六はそれにはノーリアクションで、
「その件で、どうも私が疑われているっぽい気がするんです。捜査を担当している刑事から、毎日のようにいろいろ確認の電話があって、それで仕事を中心に何も手につかなくなってしまって」
と、自分の今の立場を説明した。
「確か、毒殺で、スズランの毒であるコンパラトキシンが死因だったとか聞きましたが、スズランの独など、誰にでも用意できるものですし、あのような会場では誰に対してでも、誰もが飲ませるチャンスがあった。下手をすれば、すべての人間が容疑者になりかねないわけですよね。もちろん、まったく彼と面識がなかったり、あの日、まったく接触がなかったりした人は別でしょうが、そんな人は少なかったんじゃないですか? そうなると、その次に考えるのは、動機ということになる。あなたにはその動機があるのでしょうか?」
と鎌倉探偵は訊ねた。
「動機というには、少しどうなのかと思うんですが、私は佐久間先生の弟子として、しばらくご厄介になっていたんですが、殺された高杉さんという評論家は、先生を目の敵のような辛辣な評論をいつも容赦なしに書いているような人でした。数年前に先生が亡くなってからというもの、私も何とか作家としてデビューできて作品を書いているんですが、私に対しては高杉さんの批評は好意的なんですよ。まるで佐久間先生の時とは対照的だと言ってもいいかも知れません。そういう意味では私には高杉さんへの動機というものは考えられないと思っているのですが、警察の方の捜査を見ている限り、何か怖くて、仕事も手につきません」
「なるほど、確かに、ハッキリと何かを感じているのであれば、別ですが、自分に心当たりはないのに、訳もなく疑われていると思うと、だんだん不安な気持ちになってくるというわけですね。その気持ちは私にも分かりますよ」
と鎌倉氏は言った。
「だから、僕としては、警察の捜査を黙って見ていると、冤罪とまではいかないまでも、下手に逮捕などされると、今後の自分の立場を考えて怖いですからね。それで大久保さんに相談すると、鎌倉先生をご紹介願ったというわけなんです」
と、言って、最初の話に戻ってきた。
「よく分かりました。私でお役に立つことであれば、尽力いたしましょう」
と言うと、
「ありがとうございます。心強いです」
という俊六に対して、
「だから、私にはウソいつわりのないお話をしてくださいね。もちろん、警察ではないので、無理に聞き出すようなことはしませんが、下手に隠したりして、それが捜査に不利なあなたに対して不利な状況を作り出さないとも限りません。なるべく正直に隠すことなくお話寝返るとありがたいと思っていますよ」
と、いかにも探偵らしい前置きを話した。
「まるで探偵マニュアルでも聞いているようだな」
と俊六は思ったが、背に腹は代えられないと思って腹をくくってやってきたのだ。
それに、探偵小説も書いたことがあるくせに、探偵というものに初めて出会った俊六は、思っていたよりも気さくに感じられたので、鎌倉氏に好感を持ったのだった。
鎌倉氏は、最近お気に入りだというジャスミンティーを俊六に進めながら、自分も口をつけた。
考えてみれば、前回の事件で、ジャスミンティーが出てきたことから飲むようになったのだが、頭が活性化したり、逆にリラックスさせるには最高だと思うようになっていた。
(前回の事件である「ドーナツ化犯罪」事件簿を参照願いたい)
さらに前の事件では、香水関係の事件であったので、それ以来、ヘリオトロープの香りにも造詣が深くなっていた。
(前々回の事件である「永遠の香り」事件簿を参照願いたい)
こうやって前の事件でキーワードとなったアイテムを自らが嗜好することによって、事件を忘れないという意識と、新たな事件に対して、真摯に向き合えるという意識を持つようになっていたのだ。
今回はスズラン、事件解決後には、事務所のどこかに咲いているかも知れない。
「私も元は小説家の端くれ、少し佐久間先生の作品と、坂上さん、あなたの作品を読ませていただきました」
と鎌倉氏はそう切り出した。
「ほう、それは光栄です。先生も草葉の陰からお喜びかも知れませんね」
「その読み方なんですが、まず最初に佐久間先生がご存命中に書かれた作品、その次に、遺作と言われている亡くなってからの作品、そしてあなたの作品。この順番で読ませてもらったのですが、興味深いことが分かりました」
「ほう、それはどういうことでしょう?」
「これは私の勝手な推測なんですが、どうもあなたの作品と、佐久間先生が生前に書かれていたという作品、ここに共通点があるような気がするんです。先生の作品は、今も昔もいわゆる『予言小説』という忌み名がついています。僕はこれは決していい意味の言葉ではないと感じたので、ここでは敢えて『忌み名』という言葉を使わせてもらいましたが、元々予言という言葉が独り歩きしているような気がするんですね。近未来の話を書いていれば、少々世間に詳しい人間であれば、想像がつくことなのかも知れません。世間の人はそれほど今世の中に興味もなく、活字離れしています、少々難しい書き方でも、何とかごまかせたりします。でも、それが予言となると、皆興味を持ちます。普段本を読んでいない人でも読んでみようとなるわけです」
と鎌倉氏は言った。
「じゃあ、先生は、予言小説はいかさまだとおっしゃるんですか?」
「いやいや、そこまでハッキリとは言っていませんよ。ただ、話題づくりというのは、そうやって作るものであって、それを悪いとかいかさまだという話をしているわけではありません」
「何がおっしゃりたいのか、分かりませんね」
俊六は、自分が相談に来た立場だということを忘れて、完全に憤慨していた。
「いやいや、これは失敬。あくまでも私が昔小説家だったということで、小説家という目で見ただけです」
というと、
「だから、余計にショックなんじゃないですか。評論家でもない人からそんな風に言われると、さすがの僕もカッときますよ」
と、これ以上は話にならんと言わんばかりの剣幕であったが、鎌倉氏の方は一向にかまう様子もなく、逆に笑顔で、おまけにしたり顔になっていた。これは本当にどういうことであろうか?
鎌倉氏は構わず話をした。
「それから次に読んだのは、遺作と呼ばれるものですね。これは予言小説とは少し違っています。どちらかというと、オカルト色が強い作品で、幻想的で猟奇的、そして耽美主義な作品が並んでいるんですね。私は佐久間先生という人を少しですが知っています。彼の性格からすれば、こっちの方が実はしっくりいくんですよ。ただ、私がいうと語弊があるかも知れませんが。もしこてを佐久間先生がご存命中に発表していたとすれば、売れていなかったのではないかと思います」
それを聞いて俊六は、冷静になるどころか次第に苛立ちがマックスに近づいているようで、
「何を根拠に」
とボソッと言った。
――きっとこの男はすでに冷静になっているかも知れない。私が次に何を言い出すのか、それが怖いんだ――
と、鎌倉氏は、俊六の心理分析を行っていた、
「根拠なんかありませんよ。ただ思ったことを言っているだけです。ご立腹されているようですが、そのご立腹は何を根拠にされているんですか?それと同じことですよ」
今日の鎌倉氏は、どうもおかしい。知り合いからの紹介で依頼者としてきている人間を怒らせるなど、普通では考えられないことだった。
――大久保さんはよくもこんな失礼なやつを俺に紹介したものだな――
と俊六の怒りの矛先は、大久保氏に向かっていた。
元々俊六は大久保氏とは仲がいいわけではなかった。先生が反目していた高杉氏へのけん制の意味で、大久保氏に近づいたことはあったが、お互いに近づくことへの信憑性がないことに結構早く気付いたことで、仲良くなるきっかけを失ったのだ。
一度近づこうとして、結局近づくことのできなかった相手とは、基本的にそれ以降近づくことは難しい。ほとんど不可能と言ってもいい。
――これも微レ存のようなものだな――
と、考えたかどうか、不思議ではあった。
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