Ⅴ 見つからない遺体
デビッキ司教の視線は、プロの悪魔祓いとしてのそれだった。
「おれがラグナ教で最強なのにはいくつか理由があるんだけど、その一つに幽霊がはっきり見えて疎通までできるっていうのがあってね。ルゥ君に女の悪霊が憑いている。悪さをしてるのはそれだよ。猫はむしろ、悪霊からフラン君を守ろうとしていたように思えるな」
と、ルゥの頭の右上あたりを指さした。
「えっ、えええええええぇぇっ!? おれに!? なんでぇ!?」
「さあ。理由なんかどうでもいいよ。フラン君に危害を加えようとした時点で絶対許さないから」
そう言って聖護札を取り出す。
「待ってよデビッキ。どうしてルゥに憑りついたのか僕も知りたい」
「関係ないよ。人間に干渉してくる悪霊は消すだけだ」
「君なら幽霊と話せるんでしょ。いいなぁ。最高位の悪魔祓いのすごいところ、見てみたいなぁ。お祓いの代金は君の言い値で払うからさ」
フランに赤目をキラッとされて、聖護札を持つデビッキの手が止まる。
「ねぇお願いデビたん。幽霊はどんな人なの?」
ルゥの横で、魂を売った天使のおねだりが炸裂している。デビッキはしばし固まっていたが、我慢できなくなったのだろう。無邪気な笑顔になり、むぎゅっと抱きついた。
「わわっ」
「もーぅ! 顔が良すぎるしぃ」
椅子に乗り上げてフランのふわんふわんの髪を撫でまわし、額やほっぺに連続チュッチュが始まる。
「ちょっ! このエロ司教!」
慌てて間に割って入ると、邪魔されたデビッキの視線が、忌々しそうにルゥの右上へ向けられた。
「しょうがないなぁ、ちょっとだけだよ。見た目はルゥ君よりは歳上で、特別美人てわけじゃないけど普通の女性。君、自分の名前覚えてる? 分からなくなっちゃったの。じゃあなんで死んだかは分かる?」
人は死ぬと自分が何者だったかを最初に忘れると言われるが、本当のようだ。
「男に騙されて全財産むしり取られた挙句、用無しになったからって殺されたの。ひどいねそりゃ。で、どうしてルゥ君に憑いたの」
気の毒な話だが、治安の悪い旧市街では決して珍しくはない。
「
「はぁっ⁉︎」
ルゥが椅子から立ち上がるのと同時に、デビッキもフランから離れて再び聖護札に力を込める。
「ふざけんなよあんた! フランさんは全然何の関係もないじゃんか!」
デビッキの視線のあたり、ルゥには天井まである本棚しか見えないが、睨みつけてみる。
「馬鹿の極みだな。そんなだから男に騙されんだよ。自業自得だ。完全な身勝手でしかない逆恨みでおれの大事なフラン君を傷つけたんだから、今すぐ消滅させてやる。
聖職者と思えぬ冷たい態度でデビッキも本気だ。
「ちょっと待ってよ二人とも。落ち着いて。僕は無事だし」
「無事じゃ済まなかったかもしれないんですよ⁉︎ しかもおれのせいで……。フランさんに怪我させて、おれどうしたらいいか」
「別にルゥが何かしたわけじゃないんだからさ」
けれど原因は猫ではなく、まさか自分がフランのそばにいたせいだったなんて。ショックだ。
そんなルゥの様子に、フランもちょっと上の方を見て語りかけた。
「幽霊さん、彼はうちの従業員で僕の料理人なんだよ。僕は雇い主としてルゥと従業員たちを守っていかなきゃならない。だからあなたを助けてあげたいと思うんだけど、どうしたらいいのかな。魂だけが幽霊となってこの世に残ってしまったのは、あなたがまだ肉体の死を受け入れられてないからだよね」
魂と肉体。生きるのにはどちらにも欠損があっては成り立たないのと同様に、死もまた相互に受容が必要なのだという。目には見えない世界のことだが、高位聖職者と宗教家ではない火葬場オーナーの二人が揃って同じ事を言うので、ルゥはそうと信じている。
そしてフランは最期を交わす者だ。
火葬炉内でご遺体を燃やすフランの魔法の炎——
もしかすると、この人のご遺体はまだ見つかっていないんじゃないか。どこか暗く寂しいところにうち捨てられていて、だからこんな風に魂が行き場を見つけられないのかもしれない。
するとデビッキが聖護札を下ろして小さく溜息をつく。
「どこだか分からない場所に監禁されて殺害されたから、遺体を自分でも見つけられないんだって。きっと埋められたか、川に沈められたかな。しかも犯人の男はのうのうと暮らしてる。それが許せないってさ」
「やっぱり……」
「それは気の毒すぎるよ。幽霊さんは幸せになりたかっただけなんだから。騙した方が悪いに決まってるし、懲らしめてやらないと。ねえデビッキ?」
再度の天使のおねだりに、渋々顔の神が今度は大きな溜息をついて、諦めた。
「しょうがないなぁ、悪霊に手を貸すなんて今回だけだからね。いいか悪霊、そいつを懲らしめたらおれは君を葬還する。でももしフラン君に何かしようとしたら、即座に消滅させるからな。消滅の意味わかるか? 魂の消滅だけじゃなく、生きている人間たちから君に関する記憶が一切消えることになるんだからな。覚悟しとけよ」
冷たい目をした聖職者が、中空に向かって人差し指を突き立てた。
「作戦はおれに案がある。準備があるから三日後にまた来てよ」
「うん。僕からはライザ署長に話しておいた方がいい?」
この街の警察署長は女性で、神よりも法よりも拘束力を持つのだ。
「そうだね、頼むよ」
こうして作戦開始は、三日後の日没が合図になった。
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