第4話 噂の出所
「それじゃあ、判別がついたところで話を戻しましょう」
竜胆は足を組み直した。
「一年生が襲われて血を抜かれる事件が起きている。でも、その話は私達二年生も耳に入っていない。そんなことが起きているとすれば、まず先生方に相談されて、もっと大きな問題になっているはずよ……。波風を立てたくない先生方が大きな問題にするかは分からないけれどね」
「そういえば……そうですね」
茜は蛍から血の白百合先輩の話を聞くまで、そんな事件が起こっていると知らなかった。茜の事情を知り、仲のいい人間がクラスにはいる。いくら茜であっても、一年生の間で流れている噂を聞いたことがないなんてあるわけがないのだ。
「しかし、話を教えてくれた友人の手には確かに注射針の痕が何箇所もありました」
「ああ、じゃあ、犯人は分かっているじゃないの」
「え?」
「そもそも、名前が気に入らないわ」
竜胆は肩を竦めた。黙って聞いていた撫子が肩を揺らして、身体ごと少しだけ首を傾げた。
「血の白百合先輩という名前? 確かに怖い名前ね」
「襲われて血をとられたのは気を失っている時でしょう? だったら、どうして血をとった人間が、先輩だって分かるの? 犯人が一年生の可能性もあるじゃないの」
「あ……」
あまりにも当たり前にその言葉を繰り返されているため気づかなかった。
血の白百合先輩。
明らかに蛍は犯人が先輩だと断定して、その名前を使っていた。そして、茜は彼女との会話を思い出す。
「……四回の事件……蛍の腕には七箇所の注射痕……事件が足りない」
事件の噂は流れていない。茜は蛍からの話を聞いただけ。そして、見た証拠も蛍の腕の注射痕だけ。
竜胆のシーリングスタンプの木の持ち手が前後に揺れる。
「分かったみたいね。それじゃあ、正解をその噂作りが好きなお友達に聞く前に、もう一つの話をしましょうか」
「あら、竜胆。私には相談してくれないの?」
「あなた、独占欲がすごいから、私が先に口をつけたものは食べないでしょう?」
撫子は肩を竦めた。
「いいわよ。私はじっくりと顔を形作ってもらうから。茜さん、これからよろしくね」
「え、あ、はい。よろしくお願いします……」
撫子は椅子を引いて、立ち上がる。椅子の音は最小限だった。
「それじゃあ、私は先に寮に帰ってるわね」
「ええ、撫子。お祝いの紅茶をお願いするわ」
「ダージリンでいいかしら」
「ありがとう」
未だに頭が靄のままの撫子が白い駒と黒い駒をケースの中に入れ、チェス盤を持つと席を立ち、図書館を去っていく。その後ろ姿を見ても相変わらず顔の判別はできなかったが、一切揺れない背筋に、茜は見惚れた。
「あら、顔も分からない相手に見惚れる暇があるの?」
陶器のように白い指先で顎をとらえられ、無理やり竜胆へと顔を向けられる。竜胆はテーブルに片方の手を置いて、もう片方で茜の顎を掴んでいた。
「は、話ってなんですか……」
「あら、分からない?」
顎をとらえたまま、竜胆は茜の下唇を親指の先でなぞった。
「あなたを私の妹にしてあげるって話」
「え、いいんですか?」
「正直、私も撫子も全員が全員、有象無象に見えるのよ。ほら、彼女も私もこの美貌の持ち主だから、初対面の人間は私達のことを崇拝するか、見惚れるか、嫉妬するか、まぁ、ある程度、予想通りの反応しかしないの。だから、私も撫子も妹を作らなかったのよ。まぁ、撫子はいい性格をしているから、そんなことは思っていないかもしれないけれど」
「私は、違うんですか? 他の人達と」
茜は自分の肌をなぞる竜胆の指を好きにさせたまま、座る自分を見下ろすシーリングスタンプを見上げた。
一瞬だけ。
夕日が山の向こうに隠れて消えるまでの一瞬に。
消えかけた窓からの光を背に受けた竜胆の、色素が元からないかのような白い髪が光に染まり、完璧という言葉を名目に創造されたかのような口元が弧を描き、血のように赤い瞳が自分をじっと見つめているように、茜は見えた。
まるで、それは、人間ではない、バケモノのようだった。
「これからよろしくね。私の特別な妹。私はあなたの姉よ。顔がなくたって、私があなたにとって有象無象に紛れないように、これからもたくさん私をあなたの中に印象付けてあげるから、覚悟しておきなさい」
瞬きをすれば、茜の視界にいた妖艶な人外はいなくなり、そこにはシーリングスタンプがあるだけだった。
「わか、りました……」
満足そうに頷いて、立ち去る竜胆の後ろ姿も見ないまま、茜は指先で自分の唇に触れた。
「もう……充分印象強いんですけれども……」
彼女は、暗がりの中大きくため息を吐いた。
血の白百合先輩の消息 砂藪 @sunayabu
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