第3話 美女の顔
「私達の顔を見た時に驚いた様子がなかったから、私達だけの話ではなくて、人の顔の判別ができないんでしょう?」
ここが図書館ではなかったら、紅茶とお菓子でもてなされていただろう。残念なことにこの空間は飲食厳禁だ。
「生まれつき?」
「いえ、五歳の時に三日間ほど高熱にうなされた後、こうなりました」
茜は手持ち無沙汰な両手を膝の上の置いたまま、説明をした。もっぱら、茜に顔のことを言及するのは、彼女のことを名前でひっかけようと先手を打った竜胆だった。
「今の私達の顔はどう見えているの?」
「石灰みたいな色の靄があるように見えますね」
「それじゃあ、他の人も全員?」
「それなりに性格を理解したり、忘れられないようなことをしたり、印象的な相手だと顔が分かるようになります。今回、私に血の白百合先輩の話をした友人の顔は固形石鹸でした」
「忘れられないことをした相手、ねぇ。それじゃあ、今まで姉を作ろうとしてもみんな同じように丁寧な対応で、誰も彼も印象なんてない先輩ばかりで区別できるような顔になる二年生はいなかったのね」
今まで紹介された二年生と姉妹の関係を結ばなかったのはそれが原因ではあるが、あまりにあっけらかんと言われてしまい、茜は口を閉じてしまった。
全てが同じに見えるということは、姉妹関係になったとしても、特別であるはずの自分の姉が有象無象に紛れるということだ。茜はそれがとても申し訳ないことをしているように思えた。
ここまで話しても二人の靄は晴れない。そのことがなおさら申し訳なくて、茜は視線を膝に落とした。
竜胆は向かいの席に座る撫子を手で示した。
「私の顔にときめかないのも撫子の顔に照れないのも面白いと思うけど、私と撫子の見分けがつかないのはいただけないわね。印象に残ることをすればいいのでしょう?」
いったいなにをと、茜が顔をあげたと同時に、頬にその陶器のように白く長い指が触れる。添えられているだけのはずなのに、顔は固定されたように動かなくなり、近づいてくる靄に身じろぎもできないまま、唇に柔らかい感触がした。
「えっ」
靄が晴れた。
「これぐらい印象に残ることをすれば、私のことを有象無象と判別できるようになるでしょう?」
「あら、先を越されちゃったわね」
やっと判別できたその女性の顔は、金の重しと木の持ち手だった。
つまりは、やっと見たその人の顔は、シーリングスタンプだったのだ。
初めて二年生の顔が判別できるようになった高揚感か、それとも唇に残ったかすかな柔らかい感触のせいか、茜はどうして自分の頬が熱くなっているのか分からないまま、目を逸らすように首を一度だけ縦に振った。
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