27. ついてる。
夢の中の場面はいつのまにか切り替わって、私は再び、縁側に座っていた。
私の隣で、男の子がじっと小さく震えながら座っている。
「寒いん?」
私が訊くと、彼はうつむいたまま、かすかにうなずいた。握った小さなこぶしが、膝の上で震えている。
「あ。ちょっと待って」
私は、さっきおばあちゃんが持ってきてくれたマグカップを触ってみた。
温かい。さっきは、少し熱くて、持ちにくかったけど、今はちょうどいいぐらいの温かさのようだ。
「これ。ホットミルク。飲んでみる? ちょっと膜はってるけど……」
男の子の方にカップを差し出す。
彼は、きれいな丸い瞳をこちらに向けた。目が赤く潤んでいる。
「ほら。まだ温かいから……」
言いかけて、私は、いったんマグカップを置く。そして、彼の膝にある小さなこぶしの片方を、そっと両手で包んで持ち上げる。力の入ったそれを、ゆっくりとほどく。そして、もう一方のこぶしもそっと包みながらほどく。
「手、すごく冷たくなってるね……」
私は、ほどいた彼の手を取って、その手に温かいカップを握らせる。
「ほら、こうして、両手ではさんで持ってみて。……どう? あったかいやろ?」
彼は、両手でカップを持って、ゆっくりうなずく。
次の瞬間、大きな涙の粒が、彼の頬を転がり落ちる。
「パパ……ママ……」
口の中でつぶやくような声で言って、彼はぽろぽろと涙をこぼした。
私は、ただ黙って、彼の背中をさすり続ける。
彼が口にする言葉はとぎれとぎれで、地球、船、故障、落ちた、……、私にわかったのは、それらの言葉だけだった。
少しして、彼は小さなくしゃみをして、身震いをした。私は、手を止めて言った。
「温かいうちに、飲んでみて」
私の言葉に、彼はカップに口をつけて、一口飲んだ。
「……おいしい。甘い」
顔を上げて私を見た彼の上くちびるに、牛乳の膜がはりついている。
「ふふ。膜、ついてる」
私が笑いながら言うと、彼はきょとんとした顔で、くちびるのはしを拭う。
「ちゃうちゃう。こっち」
私は、そっと手を伸ばして、彼の上くちびるを手で拭った。
びっくりしたような顔で目を丸くした彼が可愛くて、でもなんだか、照れくさくなった私は、慌てて言った。
「なんか上に着るもの、持ってくるね。まだ寒そうやし」
縁側から廊下にでて、居間の隣の部屋から大判の膝掛けを持って戻った。
けれど、縁側には男の子の姿は見当たらなかった。
目をこらして庭も見わたしたけど、もう誰の姿もなかった。
けれど。夢ではない証拠に、カップの中の牛乳は、きれいになくなっていた。
(あの子は、誰?)
つぶやいたところで、目が覚めた。
「あの子は、誰?」
どこかで見たことあるような。きれいな丸い大きな瞳。長い睫毛。少し長めの前髪、ときに子犬のような可愛らしい雰囲気もあって……一つの顔が浮かびかける。
一瞬、何かがつかめそうな気がしたのに、次の瞬間、静かに霧がかかるように浮かんだイメージは掻き消されていった。
「あの子は、誰?」
私は、少しの間ぼんやりとその場に座り込んでいた。
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