20. カエル?
今日は、朝から快晴だ。
数日前に梅雨入りしたと言ってたけど、まだ雨の日は少ない。
いつものように、7人が出かけるのを見送って、回り終わった洗濯を干しにベランダに出る。
気持ちのいい風が吹き抜ける。
今日は、テツヤ、ヒロヤ、トモヤの年上組の3人の分のシーツや枕カバーなど、大物を洗濯する日だ。7人いるので、スペースの問題もあるから、年下組4人の分は、明日の予定だ。天気予報では、明日も晴れだ。
今日は、掃除も洗濯も、とてもスイスイと片付く。
たぶん体調がいいせいだ。実家へ帰ってきたばかりで、この仕事を始めたばかりの頃は、まだ毎日疲れやすくて、しんどいな、と感じる日もけっこうあった。でも、今はすっかり元気だ。
気がかりだった先輩とのことも、すっきりしたし。
体も軽い。心も軽い。
朝の、まだ涼しいうちに買い物に行こうと、自転車に乗って出かけた。
大量の食材を仕入れて、自転車の後ろカゴは一杯だ。お茶や水、トイレットペーパーなどのかさばるものは、生協の宅配を利用したり、7人がお休みのときに買ってきてくれたりするので、私が買うのは、その日の料理に必要な肉とか野菜ばかりだ。
けっこうお得なお買い物ができて、さらにゴキゲンになった私は、両側に田んぼが広がる道をのんびり、自転車で走る。気分は上々。鼻歌交じりに走る。
田植えが終わった田んぼには、水に浸った細い稲の葉先が風に揺れる。
(夏が来るなぁ)
ぼ~っと田んぼを眺めていると、いきなり目の前を、小さな緑色のかたまりがぴょ~んと横切った。
「カエル?」
おそらくは、カエル。緑色のニホンアマガエル。
その子が飛び込んでいった田んぼを必死で見る。急いで道端に自転車を止める。自転車が荷物の重さでひっくり返らないように、ハンドルのバランスに気をつけながら、じ~っと田んぼの端にしゃがんで、その姿をさがす。
何を隠そう、私はカエルが好きなのだ。とくに、ニホンアマガエルが。
緑色のものが、ぴょ~んと跳ぶとついつい目で追ってしまうくらい好きだ。
田んぼの畦を、またぴょ~んと横切る姿がちらっと見える。さっきの子かどうかはわからない。でも、気になる。少しだけ、畦道の方に踏み出す。
そのとき。
「どうしたの?」
声がした。背後から声がした。少し高めの明るい声。
「何か落としたの? さがしもの?」
(え? なんで、まさか……)
「さがすの、手伝うよ」
振り向いた私の目の前に立っていたのは、
「尾野先輩?! なんで? ここに?」
薄茶の丸い瞳をキラキラさせながら、嬉しそうな笑顔でこちらを見ている。
「また来る、って言ったでしょ」
「あ。えっと、確かに」
「今日はね、代休なんだよ。この前休日出勤したから」
「そ、そうなんですね。でも、せっかくのお休みに、わざわざ」
「せっかくのお休みだから、わざわざ」
先輩がイタズラっぽい顔で、私の言葉を少しもじって言う。
「で。何探してるの? まさかコンタクト落とした、とかじゃないよね」
「いえ、あの、」
カエル、と言おうとしたところで、急に畦道の草むらから、ぴょ~んと飛び出してきた緑色のかたまりが、先輩の足元で跳ねた。
「うわあっっっ!! なんか跳んだ、なんか跳んだ!」
先輩がびっくりして、飛び上がった。そして、その勢いで、細い畦道を踏み外した。
「あ!!」
このままじゃ、田んぼに足をつっこんでしまう!
慌てた私が、先輩の腕にとびついて引っ張る。そして、逆に、なんとか踏みとどまろうとしていた先輩を思い切り引っ張り寄せる形になる。先輩が私に倒れ込んできて、それを受け止めきれずに、私と先輩は抱き合った形で、そのまま田んぼの中へ……。
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