19. 一緒に食べよな。
「あ。キッシュまだ食べてない。そのお皿とって。1人1切れだよね? 」
「おう。あと2切れある。まだ食べてへんの誰? ……え? キッシュはもともと一切れ多いん? じゃ、あとで、ジャンケンやな」
「ソーセージの盛り合わせの皿とって」
「OK。これ、このちょっと赤いスパイシーなの、めっちゃ旨いで」
「パエリアのお替わりいるひと~?」
「は~い。あ、エビ。ホタテはいらんから、エビ入れて」
「このスペアリブ、めっちゃいい味~。え、まだまだあるん?」
「あ~ビール飲みたなるな~」
「この味噌とナッツのディップええで。きゅうりにぴったり」
「いや、こっちのハチミツとレモンとクリームチーズのディップもええで」
「ほんまやな、ちょっと甘じょっぱくて、レモンの酸味がまたよくて」
「とにかく全部うまい~」
居間のテーブルの上を、興奮状態の7人の声が熱く飛び交う。
大量の食材を、必死で料理した甲斐あって、7人は全員が目を輝かせて、みんな「美味しい!」を連発しながら、箸も口も止まらない。
夢中で食べながらも、周りに目を配って、「お替わりいるか?」と聞いたり、皿をさっと手渡したりしているのは、年長組の3人、テツヤ、ヒロヤ、トモヤだ。もちろん、他の4人の皿に目を配りながらも、自分たちも、それぞれに好きなものを皿に取る。……そして、今3人ともスペアリブにかぶりついてる真っ最中だ。
タクトとナオトは、スティック状のいろんな野菜を、ディップにつけて食べていて、5種類ほど作ったディップは、どれも気持ちいいぐらいに減っていく。
サキトは、いろんな味と種類のソーセージを食べ比べ、ユウトは、今パエリアのエビを嬉しそうに頬張っている。
みんな、なんて気持ちのいい食べっぷり! がんばってよかった……。
私は、胸がいっぱいになる。こんな風に、美味しいって言いあいながら、誰かと一緒にご飯を食べられるのって、もしかしたら、何より一番幸せなことかもしれない。
今日、夕食の準備でテーブルに料理のお皿を運んでいると、ヒロヤが言ったのだ。
「なんか、パーティーメニューみたいやん。せっかくやから、一緒に食べよう」
「そやそや!」とトモヤが賛成し、みんなで、あっという間に、ヒロヤの隣りに、私の場所を用意してくれた。それで、なんだか断り切れず、一緒に食卓についたのだ。
後で、自分1人で好きなペースで食べるのもいいけど、こうして、みんなでワイワイ食べるのも、悪くない。案外気を遣うこともなかったし。それに、彼らの、細かい食の好みも、自然に入ってくる。
「これからは、一緒に食べよな」
ユウトが人懐っこい笑顔で私に言って、みんなが一斉にうなずいたので、
「う、うん」
つい、つられてうなずいてしまった。
(そうやな。そういうのもあり、でいいのかもしれない)
私は、どうしても、人とのあいだに壁を作りがちなところがある。あまり気にせずに、もっと大らかに人と付き合うことも必要なのかも。ちらっと思う。
夕食後の片付けは、7人がお皿を運ぶのを手伝ってくれたので、早かった。鍋やフライパンなどの調理器具は、いつも料理するのと同時進行で片付ける。なので、料理を盛り付け終わったら、使っているお皿以外は、ほぼ片付いている。
(だんだん要領よくなってきたよな……)
自分でもちょっと手際よくやれるようになったことが嬉しい。
何でも段取りを考えて、効率よく片付けていくのが、けっこう好きだ。仕事でも、それを生かしてそれなりにがんばってきたつもりやってんけどな……でも。
(いやいや。もう前の仕事のことは考えないでおこう。それに、尾野先輩にも直接ごめんなさいもいえたし。もう、次のステップへ進めばいい……)
エプロンをはずして、壁のハンガーに掛けて、キッチンを出ようとすると、暖簾を分けて、ヒロヤが入ってきた。
「おつかれ。……美味しいご飯ありがとう」
ヒロヤが、長めの前髪の下で、目元を優しくなごませて言う。この人の笑顔は、いつもそうだ。なんだか、じわっと胸に染みてくる。はしゃいでいるときは、小さな子どもみたいに可愛くも見えるのに、ふとした瞬間、すごく落ち着いた穏やかな顔で、自分よりずっと年上の人のように思える。
「いえいえ、どういたしまして。でも、ちょっと今日は贅沢して、みんなカロリーオーバーやから、明日は少し控えめに、野菜多めでいくから、覚悟してね」
野菜嫌いのヒロヤに一応警告しておく。ヒロヤは軽く笑って、
「大丈夫。今日、これでもかってくらい、肉食ったから。当分、肉なくても生きていけそう」
そして、続けた。
「……今日、誰か……いや、とにかく、遅くなったし、送っていくわ」
「大丈夫。隣やし」
「隣りでも、人通り少ないからね、この辺は」
「ありがとう。じゃあ、お願いします」
下宿屋を出て、2人でゆっくり歩く。何気なく見上げた空には、たくさんの星が見える。
「星が、すごくきれい」私が言うと、
「うん」
立ち止まって、ヒロヤも空を見上げた。
「これだけたくさん星があったら、そのどれかには、地球みたいに誰かが住んでいる星もありそうやね」
「そやな。……間違いなくあるな」
「自分で宇宙に出て行く勇気はないけど、でも、ここ地球以外にも、誰かがいてる、生きてるかもって思ったら、この宇宙全体がすっごい大事なところに思えるね」
「うん」 ヒロヤがうなずく。
「いっぱいいろんな星で、この瞬間も誰かが一生懸命生きてるって思うと、ワクワクするね」
「ワクワクする?」
「うん。ワクワクする。なんかさ、自分もがんばろうって、がんばらなあかんなって」
「そうか……そやな。」
「……ねえ。でもさ、宇宙人って、やっぱり、脚がいっぱいのタコみたいな姿なのかな?」
「……ちゃう! と思うで。……一体誰が、宇宙人タコ説広めたんやろな。」
一瞬、力一杯否定したあと、ヒロヤが、ぶつぶつとつぶやく。
「ふふ。タコ姿も可愛いよね。それに、たくさん手があったら、一度にたくさんの人と握手できるしね」
「握手か……」
ヒロヤが笑った。
2人で星空を見上げていると、なんとなく同じようなシーンが、ずっと昔あったような気がする。不思議な気持ちで、隣りにいるヒロヤの横顔を見る。
けれど、頭の中にまた白いもやのようなものがかかって、すぐにそのイメージはかき消されていった。
「じゃあ、また明日」
ヒロヤが静かにほほ笑んだ。
「送ってくれて、ありがとう」
帰って行くヒロヤの姿が、どことなく懐かしく思えて、私はしばらく目を離すことができなかった。
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