8.気のせい?
お風呂も夕食もさっとすませて、自分の部屋のソファに座って、やっとひと息つく。窓際に置いたソファから、カーテンを開けて、外を見ると、低い生け垣の向こうに隣家が見える。居間に灯りがともっている。お風呂場と洗面所の窓もまだ明るい。
不思議だ。人が家でともす灯りの色は、なぜか温かい。ほっとくつろぐような、柔らかい色。会社やビルなどの灯りは、温かいというより、『ああ、ここにも、がんばってる人がいる。一生懸命闘ってる人がいる』と励まされる思いがするような、そんな色。
今日は、体調もあまりよくなかったから、けっこう、疲れた。でも、それ以上に、お隣の彼らの気遣いや温かさにふれた気がする。(自分、がんばったなあ)と素直に思えて、疲れも心地よい。
きっと、人は、体の疲れよりも、むしろ、心の疲れの方がこたえるのかもしれない。そう思う。
どんなにハードな出来事があっても、ぐちでもなんでも語り合える、支え合える存在があれば、疲れだって乗り越えられる。いや、別に深く語り合えなくても、支え合えなくても、ちょっとした言葉や笑顔で、明日は今日よりましな日になる、そう思えたら。
もう、このまま明日が来なくてもいい、来なければいい、そう思いながら寝床に倒れ込むような日々は、少しずつ、私の記憶の中から遠ざかりつつある。
(よし。今日はもう寝よう。明日は、今日やれなかった庭掃除を少しやろう)
そう思って、部屋の灯りを消す。そして、カーテンを閉めようとしたとき、窓の向こうの隣家の屋根の上に、ぼうっと光る小さな球体が浮かんでいるのが見えた。白っぽい色。イメージは、会社やビルの灯りのような。
(見間違い? え? まさか、火事? いや、炎の色とは違うな。え? 何? 人魂? UFO? まさかね……)
私が、あれこれ考えるうちに、その光は、静かに隣家の屋根に吸い込まれるように消えた。
(何やったんやろう? 見間違い? 何かの光が反射したのか? ? ?)
でも、隣家は何事もなく静かで、見ていると、そのうちお風呂場の灯りが消えて、しばらくすると、居間の灯りも消えた。そして、隣家も静かな夜の中に溶け込んだ。何も、起きた様子はない。
(う~ん。気のせいか? まあ、いい、か? 何もなさそうだしな。……とりあえず、寝よう)
私は、カーテンを閉めて、ベッドに横になった。
眠りに落ちる直前、私は、遠い昔、さっき見たぼうっと光る小さな球体と同じ物を見たような気がした。けれど、白い霧のようなものが流れてきて、その記憶は、みるみるかき消されていった。
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