7. 居場所?

「あれ? 風子さん、まだお仕事終わってへんかったんですか?」 

 サキトが、キッチンにやってきた。お風呂をすませたらしく、まだ髪が濡れていて、肩にタオルを掛けている。

「ううん。さっき、終わって、何かし忘れてないか、ボーッと考えてたところ」

「し忘れてても、明日やったらいいですよ。今日は、体調良くなかったんでしょう? 早く帰りましょう」

 彼が、綺麗な切れ長の目元をゆるめて、笑った。

「え? なんでそれを?」

「ああ。今朝、ヒロくんが言うてたから。あまり、体調良うないみたいやから、無理させたらあかん、て」

「そうやったん……。ありがとう。でも、今は、もう大丈夫やから」

「油断禁物。さ、帰りましょ。明日できることは、今日するな、です」

 サキトに肩を抱えられて、押し出されるように、キッチンから出る。

 キッチンの隣の居間兼食堂に出ると、風呂上がりのトモヤがストレッチをしながら、

「あ、お疲れ様です~。いつもありがとう」と大きな声で元気よく言った。

「お疲れ様っす。あ、サキト、ドライヤーあいたで」

 これまた、風呂上がりのユウトが私とサキトに声をかける。

「あ、ほんま? じゃあ、風子さん、お疲れ様でした~」

 サキトが、私の肩から手を離して、洗面所に向かう。

「じゃあ、みなさん、おやすみなさい」

 私が頭を下げると、

「おやすみなさい。ありがとう」

 居間にいた、トモヤ、ユウト、タクトが笑顔で手を振ってくれた。テツヤが、さっと立ち上がると、

「じゃ、送るわ」

「いや、いいよ~。隣なんやし。大丈夫」

「いや、送るよ」

 

 門を出て、生け垣に沿って歩き、隣に建つ我が家までは、ほんのちょっとの距離だ。それでも、ずっと、始めの頃から、彼らは、交代で私を家まで送ってくれる。

「近所とはいうても、人通り少ないしな。ちゃんと家まで、安全に帰ってほしいから」

 送りはいらない、と言う私に、彼らは断固として、きかなかった。

 彼らのお風呂に入る順番が日によって違うので、毎日、送ってくれるメンバーは入れ替わるけど、なんとなく、テツヤが送ってくれることが多い気がする。

「いつもありがとうな」

 テツヤが、言う。けっこうおしゃべりで、冗談を言ってはみんなを笑わせることも多いテツヤだけれど、2人になると、口数が減る。でも、ふと目が合うと、めちゃくちゃ優しい表情で、こちらを見ているのに気づいて、ドキッとしてしまう。

「今日は、ゆっくり休んでな。早めに寝るねんで」

 少し心配そうに曇らせた眉の下で、薄茶の瞳が、じっとこちらを見ている。

「ありがとう。朝はね、少し、体調良くなかったけど、もう大丈夫だから」

 私は、静かに笑ってみせる。

「なら、ええけど。しんどいときは、言うてや。有給休暇あるで」

「ふふ。そうやったね」

 私の雇い主でもあるおばあちゃんが、その辺も、配慮してくれていた。

「前の仕事が、相当ハードやったって」

「うん。ヒロヤさんが言うてた?」

「うん。あいつ、朝、めっちゃ心配そうにしてて、俺らみんなに、話してくれた」

「そっか。心配かけて、ごめんね」

「ええよ。心配は、かけてかけられて、お互いさまやから」

 テツヤの言葉が、静かにしみてくる。ほんとに、優しい温かな声。

「ありがとう」 

 それ以上声を出すと、なんだか泣いてしまいそうで、私は、一生懸命うなずいた。


 我が家の門をぬけて、私は玄関のカギを開け、玄関の電気をつける。そして、奥の居間に行き、電気をつける。居間の向かいの自分の部屋の窓から外を見ると、テツヤが私の家の灯りを振り返りながら、ゆっくり帰って行く姿が見えた。

 

 はじめは、生活のために、とりあえず、の形で引き受けた仕事だったけれど、いつのまにか、私にとって、このバイトは、ただの仕事ではなくなりつつある。

 『居場所』と言っていいのかもしれない、とも思う。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る