5. そういうこと。

 夜、帰宅して居間に集合した全員に、プリントしたアンケート用紙を配る。

「なにか質問はありませんか」と言うと、タクトが「ハイ」と大きな目をキラキラさせながら、手をあげた。

「はい。タクトさん」 

 ちょっとふざけて、授業中の先生のように、タクトを指名する。

「キライな食材は、基本どうやってもキライなんじゃないですか? それでも、調理法も書きますか?」

「そうですね。もう、どうやってもキライっていうのは、そう書いて下さい。煮ようが焼こうが、ムリ!って。この質問をしたのは、……えっとね。なんていうか、キライって訳じゃなくて、普通に食べられるんだけど、こんな風な状態になってるとイヤ、っていうモノがあるかも、って思って。……例えばね、私の場合、牛乳は嫌いじゃないけど、温めて膜が張ってるのが苦手で、飲みたくなくなるっていう……」

「へ~。そうか……。確かに、そういうのってあるよなぁ」 タクトやユウトがうなずく。

「そうなん? 俺は、好きなもんやったら、どんな調理法でもOKやな」 トモヤが不思議そうに言う。

「好きなもんに限らず、トモくんは、何食べたって美味しいひとやから」 サキトが笑う。

「そやそや」「食べられさえすれば、何でも美味しいて言うもんな」などと、ナオトやテツヤが口々に言って、みんなが、ほんまやほんまや、と笑い合う。


「いや、何でもってわけちゃうよ」 トモヤが笑いながら言って、続けた。

「……じゃあ、風子さんは、湯葉とかダメなん? あれは豆乳やけど、膜張ってるっていうか、膜そのものやん?」

「ああ、それはOK。湯葉はめちゃくちゃ好き」

「え~。同じ“膜”やのに~。そっちはええの~? 」 ユウトが笑う。

「うん。そう。勝手でしょう? そういう勝手な、苦手を書いてみて。いつもは、ムリでも、時々は、配慮します」

「時々なんか~い」 ナオトが笑いながらおだやかにツッコむ。

「うん。あくまで時々~」 私も笑って返す。

 ヒロヤは、何も言わないけど、ニコニコしながら、みんなを見守っている。


「ということで、締め切りは、今週中です。――――で、今晩のメニューは、すき焼きです!」

「うおっ! やった! 肉! 肉!」「すき焼き、久しぶり~」「肉、最高~」

 口々に発する声は、もうどれが誰の声かは分からない。ただとにかく、お肉が大歓迎されているのはわかる。


 私は、当番のユウトと一緒に、キッチンから居間に、2つのすき焼きの鍋を運んできて、卓上IHコンロの上に載せる。居間のテーブルの食器のセッティングは、すでにすんでいる。

「いただきま~す」

 ユウトの元気な声が響いて、みんながいっせいにお箸をとる。3人と4人に分かれて、それぞれの鍋をつつく。


 給仕はするけど、私は、彼らと一緒に食事はしない。それは仕事を始めたばかりの頃に伝えて、みんな了解済みだ。おばあちゃんもそうしていたらしい。

 とはいえ、はじめのうちは、『一緒に食べませんか』と声をかけられもした。でも、『ひとりで食事をするのになれているし、仕事を終えてからゆっくり食べる方が、ホッとできるので』と伝えると、彼らも、それ以上勧めてくることはなくなった。


 私がよそったご飯は、近くにいるユウトやタクトから、手渡しでそれぞれに行き渡っていく。

 見ていると、すき焼きを食べるときに、生卵を使わない子もいるし、あっという間に、2個目に手を伸ばす子もいる。すき焼きの卵一つでも、こんなに好みが違う。

 ヒロヤがいらない、といった卵をもらったタクトが、ハッとしたように、

「……ああ。こういうことなんやね」 と振り返って、私に言った。

「ん?」

「さっきのアンケート。別にキライじゃないけど、こんなときは、いらない、っていうやつ」

「うん。そういうこと」

「……ありがと。いろいろ考えようとしてくれてるんやね。僕らのこと」

「まあ、考えるだけで、何も出来へんかもしれへんけどね」 

 苦笑いする私に、タクトが言った。

「はは。そう言わずに、いろいろ、よろしく」

 にっこりほほ笑んだタクトの大きな黒い目に吸い込まれそうになりながら、私はうなずいた。


(あぶないあぶない。この子の目は、なんかうっかり引込まれるわ。こんな目で、何かお願いされたら、あっさり、うん。って言うてしまいそう)

 私のすぐ横で、タクトがキラキラした目で笑っている。

 そんなタクトを横目で見ながら、ヒロヤが白いご飯を口に運ぶ。その向かいでトモヤが3個目の卵に手を伸ばして、

「おまえ、さすがに、3個は食べ過ぎちゃう? 朝も食べてるし、一日の許容量越えるで」とテツヤに止められている。

「じゃあ、半分こしよ」 横からナオトが割ったばかりの卵を、半分、トモヤの取り皿に分けている。

「ありがと」

「どういたしまして~」 ナオトの低い、少し気の抜けたようなのんびりした声が応える。

 

 ふと見ると、お鍋の中は、野菜はまだ少しあるけど、お肉の姿が見えない。

「お肉、追加、いる?」

「いります!」「いる!」「いるいる」……7人分の元気な返事を受けながら、私はキッチンにお肉を取りにいく。


 にぎやかな食卓。前にテレビで見た、運動部の合宿風景みたい。

 不思議に温かな居心地の良さに、私の心はゆっくりほぐれていく。

 こういうのもいいな。

 そんなことを思いながら、お皿にお肉を載せていると、キッチンの暖簾をくぐって、

「大丈夫か? 朝よりは顔色良うなってるけど」

 ヒロヤがキッチンに入ってきた。

「ばっちり。言われたとおり、庭仕事はおいてあるから。ごめん、今度みんなが手の空いたときに、一緒にやってもらえるとありがたいです」

「もちろん。……昼は、ちゃんと食べた?」

「うん。食べたよ」 

 昼は、残りものをいろいろ入れた焼きめしを食べた。適当だけど、意外に美味しかった。

 じっと、ヒロヤが私の目をのぞきこんでいる。そして、うなずくと、

「……そのうちさ、晩ご飯、」と言いかけてやめると、

「いや、いい。……その皿、一つ持ってく」

 ヒロヤが、手を伸ばして、肉の載ったお皿を持った。

「あ。ありがとう。私もこれ載せたら持ってくから」

「うん」


 ヒロヤは、何を言いかけたんだろう。

 首をかしげていると、ユウトが暖簾をかき分けてやってきて、

「僕、持っていきます!」とお皿を奪うように持って行った。

 お肉、待ちきれなかったんやね。

 お皿を持っていない方の手を鳥のようにパタパタさせて嬉しそうな後ろ姿に、私は思わず吹き出した。

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