4. 知ろうとすること


 2台の大型洗濯機の回り終わるまでの間、私は、廊下や、彼らの共用スペースの居間に掃除機をかける。そのあとは、浴室とトイレの掃除。

 基本、個室の掃除はしない。各部屋は、個室とはいっても襖で仕切られた和室で、浴室やシャワー、トイレなどは、共用だ。

 浴室は、4人くらいなら同時に入れそうな浴槽もあるし、トイレも、2つの小用の他に、個室の数が3つある。だから、共用でも、そんなには困らないかもしれない。

 それでも、今どき、こんな田舎の、しかも、個室といっても壁じゃなく襖でつながってるような下宿屋に、なんでこんな若い子たちが住んでるんだろう? 

 もっと駅近で便利で快適な物件、いっぱいあるはずなのに。不思議だ。


 不思議といえば、彼らについては、まだまだわからないことだらけなのだ。

 まず、私は彼らの勤務先や学校がどこにあるのか、詳しいことは知らない。年下組のサキト、ユウトは、どうやら高校生らしいということ、年上組の中でも、ナオト、タクトは大学生、テツヤ、ヒロヤ、トモヤは、社会人らしい、ということくらいだ。

 とにかく、7人もいるから、まず名前を覚えるのが大変だった。名前と顔を一致させるだけでも、案外、一苦労で。

 つくづく学校の先生ってすごい、と思ってしまった。何十人、何百人もいる生徒たちの名前と顔をちゃんと覚えて、その性格やら成績、部活の所属や交友関係、家族構成まで、覚えていたりするのだ。

 私は、7人ですら、難しい。他人への関心が低いことが足を引っ張っているせいかもしれない。


 掃除を手早く終えて、回り終わった洗濯機から取り出した洗濯物を干す。

 おばあちゃんには出していた、下着の洗濯物を、私が担当するようになってから、彼らは出そうとしなかった。でも、かえってこちらも気を遣うから、普通に出してほしいというと、ようやく、出してくれるようになった。基本、広い洗濯室内に干すが、シーツなどの大物は、外のベランダに干すこともある。

 今日は少し多めで、ジャージやタオル類がたくさんある。年下組も年上組も、なぜかおそろいのジャージとタオルだ。どこかで見たような気もするデザイン。

 もしかしたら、時々聞く、フットサルかなんかの趣味のチームで一緒に活動でもしてるのかな?

 とにかく彼らは仲がいい。年齢もバラバラの7人が、まるで兄弟のように一緒に過ごしている。


 洗濯を終えて、居間に置いてあるパソコンで、アンケートを作り始める。

 アレルギーはなくても、なんとなく食べたくないものや、苦手なものが、誰にだってあるだろう。可能な限り配慮して、どうせなら、喜んで美味しく食べてほしいと思う。同じものでも、調理法のちょっとした違いでいやになることもあるし。


 子どもの頃、幼稚園で、いつも冬になると、おやつのとき、先生が温めた牛乳をだしてくれたけど、私は、マグカップに入った牛乳の表面に膜が張っているのがいやで、お願いだから温めないで、といつも思っていた。もちろん、口に出していったことはないけど。

 そんなことを思い出していると、ふと、かすかな記憶が、頭の中をよぎった。

(膜の張った牛乳。そういえば……)

 幼稚園のおやつタイム以外でも、何か牛乳の膜に関係のある思い出があったような気がする。

 でも、思い出そうとすると、みるみるうちに、白い霧が流れてくるように、浮かびかけた記憶がかき消されていく。

(まあいいか……。きっと、大したことちゃうな。はっきり覚えてへんってことは)


 そんなことを思いながら、アンケートを作っていると、ついつい、あれもこれも聞きたくなってしまう。読み直して、これじゃあ、答える方もしんどいな、そう思って、思い切ってほとんどの質問を削除する。

 徐々に分かっていくこともあるから、何もかも全部書いてもらおうとするのは、やめよう。

 相手にいっぱい手間かけて答えてもらって知るのも、なんだか違うような気もする。

 自分から直接コミュニケーションを取って知ろうとする努力と二本立てで行こう。……苦手やけど。

 よし。方針転換する。

 結果、アンケートは、かなりシンプルなものになった。

『絶対苦手なものは何? 食材とその調理法も含めて。そして、その理由』


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