3.下宿屋のお仕事 いよいよ開始②
下宿屋の世話人。――――隣のおばあちゃんに誘われて始めたアルバイト。
初めて、下宿人たちと対面して、正直驚いた。7人とも、それぞれタイプは違うけど、そろいもそろってイケメンなのだ。1人1人で見ると、かっこよさや綺麗さや、男らしさも漂うのに、なぜか7人そろうと、トータルの雰囲気は可愛いらしい感じになる。彼らの年齢は、まだよく知らない。でも、なんにしても、見ていて飽きない子たちなのだ。
で、気がついたら、軽くお試しのつもりが、しっかり毎日働いている、というわけだ。
食べ終わった食器は、流しまで彼らが各自で運ぶ。そのあとの洗い物は、私の仕事だ。
食器を洗い終えると洗濯。台所の隣に洗濯室があって、そこには大型洗濯機がある。
このバイトを始める前、台所での煮炊きは薪だったらどうしよう、なんてことを半分本気で思ったりしたけど。古い和風建築の見た目とは違い、キッチンやお風呂など、特に水周りは、とても便利にリフォームされていた。7人分の洗濯物は、びっくりするほどの量ではあるけれど、大型の洗濯機が2台もあれば、なんとかなる。
最初の1週間は引き継ぎのため、おばあちゃんが一緒にいて、あれこれ教えてくれた。しかし、その1週間を終えると、おばあちゃんは、同居することになった娘さん一家のところに行ってしまった。
そして、今は、私が1人で、その仕事を引き継いでいる。
「じゃあ」「行ってきます」 「行ってきま~す」「じゃ」「あとよろしく」「行ってくるね」「じゃあね」
7人が、口々に言いながら、手を振って出かけて行く。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
彼らの姿を見送って、すぐに作業に戻る。
洗濯を終えたら、掃除。それが終わったら、彼らへの食べ物アンケートを作ろう。庭掃除もしないと。
やることはいくらでも湧いてくる。でも、それが、そんなにイヤじゃないのは、彼らが、気持ちのいい子たちだからかもしれない。
とはいえ、疲れることは疲れる。 特に、1人で作業するようになって1週間を過ぎ、なんとなく、疲れがたまってきた気がする。
そして、今朝は、どうしても気合いが入らなくて。
そう、気合いがたりない。こんな風にすぐ疲れてしまうのは。
「気合い気合い」
そう言いながら、私は、自分のほっぺたを、自分の両手で挟んで軽くたたく。そうやって、元気を絞り出す。
そのときふいに声がした。
「あのさ」
「うわっ」
びっくりして振り向くと、そこに立っていたのは、ヒロヤだった。
「え? どうしたん? でかけたんちゃうの?」
思わず、くだけた口調でしゃべってしまった。そのせいか、ヒロヤもいつもとは違う、少しくだけた口調で、
「……今日は、もうそこまでにして、家に帰って横になってたほうがいいんちゃうか」
「なんで? 洗濯もまだ終わってないし。庭掃除も」
「そんなもん、ほっといていい。……具合の悪いときは、とにかく無理すんな。あんた、今日、体調悪いんちゃうん?」
そう言ったヒロヤの手が、軽く私の額に触れる。一瞬、胸がトクンとなる。長めの前髪の下から、心配そうな目が、私を見ている。
「熱は、……ないみたいやな。でも、すごくだるそうや。元気なときの動きと違う」
「だいじょぶだいじょぶ。少し疲れが出てるだけやから。休憩しながらやるし。ちょっと、前の仕事に就いてたとき無理したせいで、後遺症ってほどでもないけど、今でもたまに、疲れやすいときがあるだけやから」
「……絶対、無理はするな」 ヒロヤの目が、厳しい。
「……わかった」 私が、思わず首をすくめると、ヒロヤは、目元を和らげて言った。
「ええか。せめて、庭掃除はせんと、おいとき。今度、みんなでやるから。」
彼は、日頃、クールで冷静なタイプだ。そして、周りの様子を一番気にかけているのも彼だ。でも、それは同じ下宿人の仲間に対してだけかと思っていた。私のことまで、見てくれていたとは――――なんだか、ちょっと嬉しい。
母が亡くなってから、身近な親戚もいない私には、そんな風に声をかけてくれる人は、もう、誰もいないから。
思わずじわっと目に浮かぶものがあって、私はあわてて頭を下げる。
「ありがとう」
「じゃあ、行ってくる」
「……ありがとう。行ってらっしゃい」
私が、顔を上げたときには、もう彼の姿はなかった。おそらく、みんなに追いつくために、急いで行ったのだろう。
私に、無理するな、と声をかけるためだけに、彼は戻ってきてくれたのだ。そう思うと、心の中が、ほっと温かい。そして、無理矢理絞り出した元気とはちがう、新しい元気が湧いてくる気がした。
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