第17話 吸血姫と夜のベール⑨
お昼を過ぎたころ、部屋で本を読んでいたら携帯が震える。
「あ、姫香ちゃん?」
『ブッブー、はずれっす!』
「
『合ってるっすよ。お姉と出かけたら商店街でバッタリ会いましてー、いま一緒にいるんすよ!』
「え、いま外ってこと?」
『はいっす』
三葉が
日傘を差して陽花ちゃんが付いてきてるだろうけど、それでも不安要素が残る。
『三葉ちゃん、繫がった?』
『今ちょうど。あ、代わるっすね!』
『もしもし
「びっくりしたよ。外にいるみたいだけど、日の光は大丈夫?」
『うん、日傘と日陰のおかげでだいぶ楽に移動できたよ』
「先に
『それはごめんなさい。でも
「銀佳さん帰ってきたんだ」
話を聞いてみると、銀佳さんが帰ってきたのはいいものの寝不足だったので寝てもらい。その間に手土産を陽花ちゃんと買いに来たら三葉たちに出会ったらしい。
今は商店街にある室内が暗いことで有名な喫茶店「
ちなみにお店の名前の由来は昔の一月を表す睦月ではなく、月の無い夜をイメージして無月らしい。
『ここ暗くていいね、落ちつくわ』
「そこ、夜型の種族向けのお店だからね」
『日向先生に聞いたんだけど、銀佳ちゃんもここによく来てるんだって』
「沙良先生と銀佳さんって接点あったの?」
『学校の先輩後輩なんだって、銀佳ちゃんのほうが先輩ね』
沙良先生のほうが絶対先輩だと思われてただろうな、と失礼なことを思ったが口には出さない。
「じゃあ日暮れ頃にくるってことで」
『うん! あ、もう切るね』
「オッケー! みんなによろしく」
『わかった! じゃあね』
ボクは通話の切れた携帯を枕元に置き、読みかけだった本を開いた。
今から行くよって言っても良かったかな?
「電話終わりましたー」
喫茶店のすみっこから席に戻るとテーブルには頼んでいた飲み物が運ばれてきていた。
「おかえりなさい。足下大丈夫でした?」
「はい、夜目は利きますので!」
「良かったです」
日向先生はにっこりと笑ってコーヒーを口に含んだ。
学校で数えるくらいしか会っていないけど、落ちついた雰囲気がある。
「今さらだけど、誘っちゃって大丈夫だった?」
「大丈夫ですよ、日暮れに予定があるくらいなので」
「逆にそちらこそ大丈夫だったんですか? 二人で楽しそうだったのに」
「三葉とは一緒に住んでるし、今日は特に目的がなかったからいいの。それに立葵さんと話す機会はあまりなかったから、面談みたいで楽しいわ」
そういわれば、担任の先生と生徒、落ちついた雰囲気の喫茶店、見方によっては面談だ。
それよりも気になるのは最初のほう。
「先生、三葉ちゃんと一緒に住んでるんですか?」
「どういったご関係で?」
ここまで静かにアイスコーヒーを飲んでいた陽花も口を開く、やっぱり気になるよね。
「私とお姉、親戚なんすよ」
「私の実家いろいろと大変でね。三葉の家に学生時代からお世話になってるの、今はそのご両親も家を出てて二人暮らしなんだけど」
「そうなんですか」
「なるほど、うちにも通じるものがありますね」
「銀佳先輩ね、あの人ちゃんと生活できてる?」
私も陽花も顔を見合わせる。
ちゃんとしているかといえばしていない、お互いそう顔に出ていた。
自分のカフェオレを飲んでから口を開くことにしよう。
「「してません!」」
「重なったっすね」
「まぁ、あの人は昔からそうだし、変わってないわよね」
ため息をつきながら先生もコーヒーを飲む、この反応いろいろあったんだろうな。
「先生は銀佳ちゃんと連絡とってないんですか?」
「メッセージはたまに送ってるけど、ぜんぜん帰ってこないのよね」
「たぶん携帯の電源切れてるんだと思います」
「まだあの癖直ってないんだ」
「あれ昔からなんですね。今は充電中だからメッセージ届きますよ」
「なにか送っておくわ」
三葉ちゃんを除いた全員が苦笑いした。
「まぁ先輩のことは立葵さんたちに任せるとして、これからの学校生活に不安はある?」
「んー、ないです」
これはすぐに答えられた。
いままで体質的には問題ありだったけど、学力的にも精神的にも問題はないからだ。
「あるって言われたら困ったけど、こうもあっさりないって言われると不安になるわ」
「大丈夫ですよ、クラスにも友だちがいますから」
「桐子さん、
三葉ちゃんからいろいろ聞いてるのかな、情報が正確だ。
担任の先生としては頼もしいけど、いろいろ筒抜けなのはちょっと恥ずかしいな。
「三葉経由でもいいから、何かあったら相談してね!」
「よろしくっす!」
「はい!」
「妹さん、
「ではさっそく、同級生の友だちが出来ないのですが・・・」
日向先生は三葉ちゃんと席を交換して向かい合うと、陽花の抱えていた悩みを聞いてくれた。
「お姉さんに付きっきりだったから声掛けづらかったのかな。まだ始まってから一ヶ月ちょっとだし大丈夫よ」
「そうでしょうか?」
「こんなこと先生としては言わないほうがいいんだけど、クラスの中でも合わない人がいると思う。でも合う人もきっといるから自然体でいなさい」
「なるほど」
「で、しばらくは三葉と
「みんなでバレーボールのトス回しでもするっすか」
「いつのOLさんよ!」
「ふふ、ありがとうございます。元気でました」
陽花は最後のやりとりが面白かったのかしばらく笑っていた。
「じゃあ、また学校でね!」
「はい! それとごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした!」
外に出ると夕日が商店街を照らしていた。
喫茶店の中は外の光が入ってこない造りだったのでかなり快適だったけど、暗いところから明るいところに出たら目をやられて目がシパシパしちゃう。
「姫香先輩も陽花先輩もまた明日っす?」
「たぶんまた明日!」
「私は確実にまた明日」
「了解っす!」
また明日って何気なく使ってるけど、すごいことなんだよね。
少し喫茶店で長居したおかげで影が降りてきて、帰り道は家まで十分とかからなかった。
家に帰ると銀佳ちゃんが起きていて携帯に向かいあっていた。
服も寝間着からシャツ姿に変わり、出かける準備もできているようだ。
「あ、おかえり」
「ただいま銀佳ちゃん」
「ただいまです」
「書き置き読んだけど、日も出てたのに無理するね」
「ごめん」
「怒ってないよ、陽花も姫香に付いてってくれてありがとね」
「姉さんがどうしてもってお願いするから」
昼ごろ起きてきた陽花に両手を合わせてお願いすること三分間。
姿勢を維持して折れてもらったのを思い出した。
桐子ちゃんに言いつけようかって反撃されたのも思い出しちゃったけど忘れる。
「さて、いい時間になったしそろそろ行こうか」
「銀佳ちゃん、携帯ずっと持ってるけど仕事?」
「いや、起きたら後輩から定期的に連絡が飛んできてて、軽く返してるんだ」
たぶん日向先生だろう、定期的にってことは今も送っているのかな?
「お姉ー、またメッセージ送ってるんすか?」
「先輩がずっと返信してくるから楽しくなっちゃって」
「桐子ー、姫香さんたち来たよ」
「今行く!」
夕暮れに合わせてリビングで待機していたのでお父さんの声がはっきり聞こえた。
自室にいたらこうはいかない。
「お母さん、行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
工房に行くだけなので大したことはないのだけど何故か行ってきますは言ってしまう。
工房に降りると帽子を被った姫香ちゃんがまず視界に入り、後ろにぜんぜん見た目の変わってない銀佳さんと紙袋を携えた陽花ちゃんがいた。
「桐子ちゃん、こんばんは!」
「こんばんは、姫香ちゃん! 帽子のかぶり心地はどう?」
「運動しても落ちなさそうよ、いい感じ」
ぴょんぴょんと跳ねつつ帽子を抑えちゃう姫香ちゃんが可愛らしい。しっかりと頭の形に合わせてるからそう簡単に脱げないんだけどね。
「夜空先生もベールの修理終わってますよ」
「ありがとうございます!! このたびは私の不手際でご迷惑をおかけしてしまって大変申し訳ございませんでした!」
銀佳さんのしっかりと腰の曲がった謝罪姿に本気度を感じる。
「昔から面倒みてますから、こういうこともあるかなと想定済みでしたよ」
「すみません!」
「一つだけお願いです、これからは姫香さんと一緒に必ずメンテナンスに来てもらえると助かります。日常を手助けするものなので大切にしてあげてください」
「はい!!」
お父さん、今ちょっとだけ魔王のオーラ出したな。
銀佳さん縮こまっちゃったじゃん。
「それと今回のベールの修理の大仕事は桐子がやりました、褒めてやってください」
「桐子ちゃんが?」
「大仕事というか、直すのに時間かかるところを時間かけてやっただけなんですけど」
「ありがとう! ちゃんと成長してるんだね」
頭を撫でられて少しグッときた。
昔から知ってる年上の人に褒められるのって不思議な感じがする。
「それと、姫香と友だちになって、助けてくれてありがとう!」
「それはこちらこそですよ」
「よく無茶する子だけどよろしくね、陽花はそんなことないけど」
「そうです!」
ちょっと胸を張りながら陽花ちゃんが答える。
たしかに無茶はしなさそうだけど自由ではあるよね。
「さて、お話しもそこそこに最終チェックやっちゃいましょうか」
お父さんがカウンターの上に置かれた電球を持ってこちらにやってくる。
なんの変哲もないただの裸電球に見えるけど何に使うんだろう?
「これは太陽光と同じ成分を放射する電球型のマジックアイテムで、重症患者の日照不足解消なんかで病院でも使われてます。最後にこれで照らしてちゃんと動いているか確認します」
部屋の明かりが全部消えると目の前が真っ暗になった。
姫香ちゃんと銀佳さんは吸血鬼で夜目が利くらしいけど、ボクは目の中で白いのが走ってる。やがて瞼が光を感じた。
昼間に外で目を閉じているときのような眩しいけど優しい光だ。
「さて、これで今この部屋は日中と同じ環境になりました」
「あ! あたしベールしてない!?」
「もう付けておきましたよ」
「陽花ありがとう!」
さっきまでの大人っぽい銀佳さんは霧散していつもの銀佳さんに戻っていた。
これから姫香ちゃんたちと暮らして少しはまともになるかな。それか、ますます自堕落になりそう。
「お二人さん、どうかな?」
「あたしは大丈夫です!」
「姫香ちゃん、どう?」
「すごい、平気だ! 平気だよ、桐子ちゃん!!」
ぎゅっと手を握られてぶんぶんと振り回される。
光景は微笑ましいのだが力が・・・。
「あ、ちょ。姫香ちゃん! 力が強い!!」
「ご、ごめんね」
「姉さんも力のコントロールしないとですね」
「吸血鬼あるあるだね。怪力特化じゃなくても一般人よりは力持ちだから気をつけな」
「先に言ってくださいよ・・・」
姫香ちゃんが元気になったのなら、ボクの腕が犠牲になったのもしょうがない。
「このまま少ししても大丈夫なら普段使いできます。この時計がなったら最終確認をしますね」
「「「ありがとうございます!」」」
「夜空先生、先に今回のお支払いの話を。ベールの修理と帽子の製作でこれくらい頂きます」
「はい、いつもの口座から振り込んでおきますね」
大人のやりとりなはずなんだけど。
銀佳さんの見た目とベールのせいで背伸びしてる女子高生の買い物みたいに見えるのは何故だろう。
「姫香ちゃん、体調のほうはどう?」
「ぜんぜん大丈夫よ」
「この照明、部屋にあったら気持ち良さそうですよね」
「あー、たしかに。お父さんこれいくらで買えるの?」
「一つ二十万くらいだったかな」
「「「・・・」」」
たっか!?
医療機器にも使われてるって言ってたし、それなりに値も張るんだなぁ。
「無理ですね」
「外に出ればタダだから要らないね」
「私もいいや」
「まぁ要らないよね」
「あれ、夜空先生一つ持ってなかったけ? 日照不足解消に欲しいって」
「あれ!? そうでしたっけ?」
持ってる人いた!? しかもこの反応、お父さんに言われるまで忘れてたやつだ。
「え、買ったんですか? 二十万円」
「銀佳ちゃん、こんど貸してよ」
「どこやったか分かんない」
「部屋の掃除から始めましょうか」
「お願い」
銀佳さんの次の目標は大掃除と決めたところで時計が鳴り、経過観察の終了をしらせる。
「さて、最終確認ですが体調に問題はなさそうですか?」
「あたしは大丈夫です!」
「私も」
「ではこれで作業完了となります。お疲れさまでした!」
「「ありがとうございました!」」
日中の明かりが照らす工房を出ると夜の世界が広がっていて、まるで昼と夜を切りわけたような錯覚に陥る。
「目がおかしくなりそう」
「同感です」
「吸血鬼的にもつらいわ」
みんなして瞼をパチパチさせながら目を慣らしているので、ちょっと面白い絵図になった。
「では次のメンテナンスにまたお越しください!」
「お世話になりました。桐子ちゃんも修行頑張ってね!」
「お姉さんも執筆作業頑張ってくださいね。一読者として応援してます!」
「あ、バレた?」
銀佳さんは照れくさそうに頭を掻く、姫香ちゃんたちから聞いてるからそりゃバレるでしょ。
言われるまで気づかなかったけどさ。
「ええ、新作待ってます」
「もうすぐ出るよ!」
「銀佳ちゃん、それ言っていいやつ?」
「ネット解禁は今日だもん」
新作出るんだ、あとで真理夏に調べてもらおう。
「それじゃあ、またね!」
「お邪魔しました」
「はい、またお越しください!」
「ねぇ桐子ちゃん!」
三人の背中を見送っていると、姫香ちゃんはくるっと振り返った。
「なあに?」
「また明日!」
それは曇りのない笑顔だった。また明日、明日も会えると確信しているから出せた言葉だと思う。
「うん、また明日!」
あの笑顔には笑顔で応えないとね。
工房に戻るとお父さんに頭を撫でられた。髪が乱れるほど力が強かったからくすぐったい。
「わ!? どうしたの?」
「よく頑張ったな」
「まだ力不足だし、出来ないことのほうが多いよ・・・」
「自覚して動いてる時点で及第点だ」
「ありがと」
マジックアイテムは好きだけど、自分が工程に関わったのは初めてだったのに今さら気づいた。
修行か、まだそのレベルにまで立ってないと思うんだけど。
「こんどお父さんの組合員さんに会ってみたいな、いろいろ勉強したい」
「あー、大変だぞ。いろんな意味で」
「邪魔しないようにするから」
「うーん、誰から会わすか」
お父さんは首を捻って悩む。なにが大変なんだろうか?
「時期がきたら紹介しよう、それまでは留守番とかして人に慣れなさい。知らない人でも表面上はちゃんと話せるようにな」
「わかった!」
「できることからやれば必ず何かに繋がる、頑張りなさい」
「うん!」
できることからか、いろいろ試してみるのもいいかも。
「今日の天気は晴れ、だけどいい天気だねー」
朝、私は新品の帽子を被り、締め切ったカーテンをバっと開く。
「よし! 体もダルくならないし、OK!」
本当は内心、ダメかもって気持ちがあったけど大丈夫で良かった。
桐子ちゃんたちのグループにメッセージを送って、朝の準備に取り掛かることにしよう。
『おはよう! 今日から無事に登校できます!!』
とうこ・みっくす 小波 良心 @ryousin
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