第16話 吸血姫と夜のベール⑧
マジックアイテム職人の仕事は製造と調整に分けられる。まずは魔力に馴染む素材を使って元になる道具を作り、次に道具に魔法を組み込んで、最後に微調整を行う。これが一般的な工程。
マジックアイテム職人の中には道具が作れても魔法が使えない人、逆に魔法は使えても道具製作は苦手な人がいて、そういう人たちはお互いの得意分野を活かして組合として活動している。
うちの工房まぜこぜはお父さんが両方ともできるけど、何人か組合員がいて、道具の提供などで協力してもらっているらしい。ボクは会ったことないけど。
「よし! まず一つ」
職人の娘の朝は早い。土曜の朝、工房まぜこぜのカウンター後ろにある作業台で、ボクは真っ白なベールを見つめながら布地を指でなぞっている。
明日、受け渡しの予定の姫香ちゃんの帽子と銀佳さんのベール。帽子には魔法の付与が必要なのでお父さんが担当し、手伝うと言ったボクが任された仕事はベールの修理だった。
マジックアイテムには植物の葉脈のように魔法の回路が張り巡らされていて、使用者の魔力を流すことで動くように出来ている。これがなかなか繊細で、故障の原因はだいたい魔力の増減による破損と魔力詰まりと言われている。
作業工程は、まず魔力を帯びた指先でベールをなぞって流れを確認するところから始まる。正常な部分は魔力が問題なく流れ、そうでないところは回路が壊れているので止まったり、魔力が逸れたりするので、そこを専用の道具で直していく。
「あ、またあった」
魔族の特徴が出始めて直後の人は魔力が増大する傾向が多く、今回は姫香ちゃんの魔力に銀佳さんのベールが耐えられずに回路が壊れたのでひたすらに指を動かしては破損箇所を確認するという地道な作業が続く。体力も魔力も低めだけど集中力だけはあると思ってるので今日はボクの得意分野。
「おはよう桐子、調子はどうだ?」
「あ、お父さんおはよ。今は修理箇所三つ目だよ」
「どれどれ見てみようか」
集中してて時計を見てなかったけど、お父さんが工房に下りてきたってことはそろそろ開店時間。結構時間かけてたけどまだ三つしか直せてないのか、悔しいな。
ボクからベールを受け取ったお父さんは手のひらを光らせて確認を始める。同じ鑑定魔法を使っているはずなのにボクのより眩しく輝いていて、見習いレベルと熟練の違いが分かる。
「うん、丁寧な仕事だ」
「ありがとう!」
「だけどこのペースでこの数の破損だと間に合わないかもな」
「うぅ・・・」
褒められはしたけど至らないところも指摘された。
数えたら、始めてからだいたい二時間が経過しているが、確かにこのペースだと夜になっても半分終わらないかもしれない。見習いレベルだということを無視しても、丁寧さを意識して時間がかかる仕事はときに納期を遅らせてしまう。
「大丈夫だって、直せてはいるんだから。あとは重要箇所だけ頼むよ!」
お父さんは落ち込みそうなボクの頭を撫でながら励ましてくれた。そうだよね、失敗してるわけでもないしボクの経験不足なだけ。
戻ってきたベールは発光魔法の効果でマーキングされて7箇所が光ったままになっていた。これが重要箇所らしい。
「発光魔法ってこんな使い方もできるんだ」
「光ってるところは俺でも直すのに時間がかかるから桐子に任せるよ。頼んだぞ!」
「うん!」
少ない魔力だから修理が全然進まないけどちまちま作業継続中。今日は来店の予約は入っていないらしく、工房には静かに布をなぞる音と時計の針の音だけが聞こえてくる。お父さんと一緒にいると気が引き締まり、時計の針の音がペースメーカーに変わった。
「少し休憩しよう、集中力を欠いてくる頃だ」
重要箇所の二つ目の修理を終えたところで休憩となり、作業台からカフェテーブルに移った。ずっと集中していたせいかドッと疲れも出てきて、テーブルの上で腕を組んで楽な姿勢になる。
「修理って本格的にやったことなかったけど、こんなに大変なんだね」
「魔法を使うのと指先の精密作業を同時にやるからな、外科手術してるような気分になるよ」
「やったことないけど分かる」
「そういえば大昔はこれ、どうやってたの?」
大昔というのは我が家では前世を指す。お父さんは前世からマジックアイテム職人なので、昔と今を知る貴重な人物でもある。他にいるとすればエルフなどの長寿な種族ぐらいかな。
お父さんは腕を組んでうーんと唸った。悩んでるときの動きだ。
「あのときは魔力に溢れてたから鑑定魔法と修繕魔法を同時に使って、一発で直してたんだよな」
「さすが魔王だね」
「魔法付与も一日に二桁はこなしてたか、今にして思えば異常だよ」
お父さんは懐かしくも羨ましそうに話す。確かに魔族がマジックアイテム持ち始めた頃って、どこにこんな生産性が?ってぐらい一気に広まってたな。リーダーである魔王がそんなハイペースで作ってたから魔族が活性化できたわけか。
「今は複雑化してるから壊れにくくなってるし、微弱な魔力でも動くように調整できるから、父さん的には嬉しいよ」
「でもその分、作るのは難しくなった?」
「ああ、最初の頃は苦労した。でも楽しいよ」
お父さんはボクの質問に苦笑いしながら答えるが、その言葉には昔は出来なかったこと、叶えられなかったことができるという気持ちも含まれている気がした。
「桐子はどうだ? 」
「大昔は魔法が使えなかったけど、今は少しだけ魔法が使えるから楽しさが分かってきたよ」
思えば、記憶混濁が起こって保健室登校にならなかったら、自分が魔法が使えるなんて気づかなかったかもしれない。真理夏みたいにはできないけど、マジックアイテムに関連することはできるから今はそれでいい。それに姫香ちゃんが学校に通えるように少しでも出来ることをしたい、それがボクを頑張らせてくれている。
「でも、なんかいつもより疲れてる気がするんだよね」
「桐子はもう少し休憩してなさい、魔力疲れは無理をすると祟るよ」
「え、魔力疲れ?」
そのまま作業を続行しようと思っていたが、お父さんにはバレバレだった。
結局、少し休憩した後に集中して作業しても終わったのは夜の10時過ぎだったので無理をしないで良かったと思う。作業後に真理夏に魔力疲れってどんなの?と聞くと、ずっと頭痛がして力の入らないような状態と教えられたので今後は気を付けようと誓った。
日曜日の朝、起きてすぐの習慣で日の光を浴びないように慎重にカーテンをめくってみると外は晴れていた。ついこの間までは晴れの日は憂鬱でため息をつき、ふて寝を始めていたけど。今は普通に良い天気だと思う。
「でも、もう少し眠ろうかな」
まだ外には出られないので、やはりもうひと眠りしようかと計画していたら、枕元の携帯電話が震えた。画面には桐子ちゃんの名前が表示されていて、通話待機状態になっている。
『あ、姫香ちゃん? 起きてた?』
「ええ、ちょうど起きて天気見てたところ」
『よかった。じゃあ、おはよう!』
「おはよう!」
電話越しにする朝の挨拶はなんだか新鮮で嬉しくなってくる。それに桐子ちゃんから連絡が来たということはおそらく作業関連の報告だ。
『えっとね電話したのはマジックアイテムの件なんだけど。今日の午後までかかるはずが、実は昨日で作業ぜんぶ完了しました』
「え、それって早くない!?」
『お父さんがやってた帽子の作業が思いのほか早く終わって、そのまま銀佳さんのベールも直しちゃったんだ』
本当なら今日の午後ぐらいまでかかる予定と聞いていたので嬉しい報告だ。だけどそれだけ早いと無理をしていないか心配になってくる。
「店長さん、頑張っちゃった?」
『うん、頑張っちゃったね。いま横にいるけど平気だって』
「桐子ちゃんも頑張った?」
『うーん。お父さんに比べたら微力過ぎるけど頑張れたかな』
「じゃあ頑張ってるよ!」
正直、ここ最近の桐子ちゃんは頑張りすぎなぐらい頑張ってると思うけど。今は昨日の分の頑張りを讃えてあげよう。
『ふふ、ありがとね。受け取りはいつでもいいから、来る前に連絡ちょうだい』
「わかった! じゃあね」
『じゃあね! ご来店お待ちしてます』
こちらが切るまで通話画面はそのままだったので、桐子ちゃんが少し年上っぽいと思った。友だちなのだから気にしないでいいと思ったけど、ふだん私も同じことをしているのでおあいこだね。
日暮れに合わせて家を出ようと決め、部屋を出て真っ暗な廊下を歩く。年齢も吸血鬼としても先輩の
リビングに着くと、黒い影がソファに横たわっていた。陽花はまだ部屋で寝ている時間なので違うし、ソファで眠るようなだらしなさは持っていないので誰が寝ているか当てるのは簡単だった。
このまま寝かせておいてあげても良かったけど健康に良くないので揺すって起こすことにする。
「おーい、こんなとこで寝てると体痛めるよ」
「あ…、姫香ただいま」
「おかえり、銀佳ちゃん」
「いやー。今回もなんとか終わったよ」
リビングの電気を付けたあと、銀佳ちゃんはソファに長い銀髪を垂らしながらだらけている。聞けば作業が終わったのは日付が変わったあとらしく、寝ないで帰って来たらしい。
「お疲れさま、コーヒーいる?」
「いる!」
ミルクを入れたコーヒーを持ってくると銀佳ちゃんは口をつける前にフーと息を吹いて冷ましながら啜った。疲れているか寝ぼけているせいで、銀佳ちゃんが幼く見える。
「うん、脱稿したってかんじがするよ」
「なにそれ」
「全部終わったーって気持ちが強くなるんだ」
「おつかれさまだね。そういえば携帯の電源切っちゃってたみたいだけど、ちゃんと持って帰ってきた?」
「うん、持って帰ってきてるね。あれどっかに連絡して・・・」
カフェインで目が冴えてきたのか、普段通りに話していた銀佳ちゃんの顔が急に青ざめる。原稿の締め切りがギリギリのときにも同じ顔をしているので何かピンチなのだろうか。
「銀佳ちゃん?」
「あー、姫香さ。ベール使った?」
「うん、だけどごめんね。私の魔力量に合わなかったみたいで壊れちゃったの」
「こっちこそごめん! あれホントは別の人に貸しちゃダメなやつだったんだよ」
今度は余裕のない顔で謝られた。ちゃんと寝てないからか表情がころころ変わって心配だなぁ。
「まぜこぜさんに連絡しないと。って! 携帯の電源きれてる!!」
「銀佳ちゃん、落ち着いて! それなら大丈夫だから!」
ソファから立ち上がった銀佳ちゃんはカバンから携帯を取り出して電話をかけようとするが、電源が切れていて画面は真っ暗なままだった。このままだと工房を目指して外に出ていきそうな焦りようだったので、一定のリズムで肩を叩きながら座らせて落ち着かせる。仕事の追い込みすぎで忘れちゃってたことを一気に思い出して爆発しちゃったんだろうな。
「えっと、まずはベールのことからか。もう修理に出してるの」
「まぜこぜに?」
「そう、店長さんにも会ったよ」
「ほえー、よく分かったね。ググった?」
「友だちになった子がまぜこぜの子で色々とお世話になってるの、私も帽子作ってもらってて今日取りに行けるよ」
私は銀佳ちゃんにここ最近の出来事をゆっくりと話しはじめる。晴れの日は家にいたこと、天気の悪い日は学校に行ったこと、夜の散歩に出かけて桐子ちゃんと浜凪ちゃんに会ったこと、陽花は後輩が出来て嬉しそうにしていたことなど。
桐子ちゃんのことは昔から知っているようなのでうんうんと頷きながらも嬉しそうな顔を見せた。
「そっかぁ、桐子ちゃん。最近、見かけなかったけど元気になったんだ」
「元気だけど、体力が無さすぎてよく疲れてるね」
「身の丈に合わない行動は勇敢な証拠だよ、そのうち体力もついてくるって」
「・・・というか姫香にも陽花にも苦労かけちゃったね。本当にごめん、不甲斐ない叔母さんで!」
両手を合わせて頭を下げられたが、引っ越す前からお母さんには「銀佳は妹みたいなイメージでいなさい」と言われていたので実はこういうことは想定済み。むしろ体を壊しそうな生活とピンチになったときの行動のほうが心配で、これから面倒見ないとという気持ちの方が強いのは内緒だ。
「大丈夫だって。さっきも話したけど、桐子ちゃんたちのおかげで明日から学校に行けそうだし。銀佳ちゃんのベールも直るし、結果オーライじゃない」
「私の姪っ子はすごいなぁ」
「私じゃなくてすごいのは周りの子たちだよ。みんなが手を貸してくれなかったら、まだ部屋で外見てたと思うし」
あのとき、夜の散歩で公園に寄って桐子ちゃんたちに会わなかったらと思うと不安になる。頑張って日が出ているときに登校しようと思わなかったらこのままだったと思うと嫌になる。選択して掴めた今はとても貴重な時間だ。
「いい友だちが出来たね。大切にしなよ!」
「うん! これからどんどん仲良くなりたい!」
「まずは学校に行けるようにならないとね。受け取りは日暮れだっけ?結舞さんに謝らないといけないし着いてく」
「じゃあ時間になったら起こすから、銀佳ちゃんはそれまで寝てて。ちゃんとベッドでね!」
「はーい」
緊張が解けてカフェインのドーピングが切れたのか銀佳ちゃんはあくびをしながら目をこすりはじめた。このままだとまたソファに寝っ転がりそうなので部屋まで声をかけながら誘導することにする。
「たっぷり寝て、シャキッとしてね」
「うん・・・」
「手土産も必要かな、あとで陽花と買いに行ってくるね」
「おねがい」
やっぱり叔母というよりは妹のように扱ってしまう自分がどこか心地良く。ちょっといけない気持ちになってしまうが、まあいいかとその気持ちをゆっくりと沈めた。
このあとは陽花が起きてきたら遅めの朝ごはんを食べて、日傘を差しながら手土産のお菓子を買いに行こう。そして陽が沈むころに工房まぜこぜに行くんだ。
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