第15話 吸血姫と夜のベール⑦
記憶混濁が起きる前、ボクはお父さんの工房で手伝いをしていた。手伝いといっても留守番をしたり、メンテナンスに集中しているお父さんに代わってお客さんと話をする程度だったけど、ボクにとっては大切な思い出の一つ。
お店で出会う人たちは学校にはいないタイプの大人ばかりでボクを飽きさせる暇がない。サラ先生と知り合ったのもこの頃で、あのときはこんなにお世話になるなんて思ってなかったっけ。
女性のお客さんは年下のボクに対して優しくしてくれたからすぐに仲良くなれた。逆に男の人は大きくて、特になにかされたわけではないけど怖かったからけっこう緊張して固まってた。けど話してみると優しいしお菓子とかくれたから、再来店してくれたときは固まらない。
うちのお父さんの工房「まぜこぜ」にはいろんな種族のお客さんがいるけど、姫香ちゃんのように日光に弱い吸血鬼のお客さんがいたのを思い出した。
「お姉さん、作家さんなの!?」
「うん。でも、あんまり書くペース早くないんだよね」
「大変そう」
「そうなの・・・」
マジックアイテムの材料と道具が入った棚や箱が工房のほとんどを占めるまぜこぜの隅っこに設置された一対のカフェテーブル。
これはお父さんがお客さんと面談をするのに使ったり、マジックアイテムのメンテナンス中にお客さんに待っていてもらう際に使われるが、最近はボクがお客さんと話すことが多いのでボクのスペースになっている。
そんな一角でボクと向かいあう銀髪を一つ結びにしたお姉さんはポリポリと頭を搔く。職業は作家さんと聞いたが、見た目は高校生ぐらいなので学生作家というやつかな?と勝手に思っていた。
「
「読んでない!」
「ふふ、正直だね。これとかおすすめだから読んでみるといいよ」
お姉さんは鞄から一冊の文庫本を取り出すとテーブルの上に置いた。タイトルは「
お姉さんはボクの好奇心に気づくとふふっと笑い、本をボクの方へ押して近づけてきた。
「遠慮せずにどうぞ! 思いきって読んでごらん?」
「じゃ、じゃあ・・・」
文字なんて教科書ぐらいでしか読まないので、文字しかない小説はどんなだろうとおそるおそる表紙をめくってみた。
『これは吸血鬼のお姫さまの物語。姫さまは日の光が苦手ですが、魔法使いの友人からもらった日傘を使うことで昼間も外に出かけることができます。今日もまた日傘を手に姫さまは城を抜け出して冒険という名の散歩に出かけます…』
文字を読むと、頭の中で物語の世界が紡がれる。姫さまは城を勝手に抜け出すような自由人だけど暗くなるまでには自分の部屋に帰ってくるという自分ルールや、たまに城に現れる魔法使いの友人を大切にしているところとかが読んでいて良いなと思った。
「おもしろい!」
「私もそれ好き」
「これ借りていい?」
「いいよ、というかあげるよ」
「いいの?」
「小説を好きって言ってくれたお礼に」
「ありがとう、お姉さん!」
お姉さんは吸血鬼でいつも日傘をさして来ていた。そういえば保健室に置いてある日傘もお姉さんの使ってるメーカーのやつだった。
来店頻度はまちまちで、仕事が上手く進まずマジックアイテムの定期メンテナンスに来られない時もあり、そのたびにすごい勢いで来ては謝っていた。
待ち時間中にボクを呼んで話し相手をいると、仲良くなった証なのか書いている物語のページがぜんぜん進まないのと少し泣きそうになりながら愚痴をこぼすこともあったっけ。
だらしなさもあるけど、優しい吸血鬼のお姉さん。保健室登校になってからは工房にも出られてないけど、メンテナンスにはちゃんと来てるのかな?。
「今の姫ちゃん先輩、お嬢さまみたいだね」
「そう?」
夕日が空を染める帰り道、
「じゃあ私らお付きのメイドさんかぁ」
「たしかに今のボクら姫香ちゃんのサポートだけど、メイドさんって」
「あら、じゃあやってみましょう! お嬢さまとメイドさん」
口調を少し変えた姫香ちゃんの提案で唐突にお嬢さまと従者ごっこが始まった。
お嬢さま役はもちろん姫香ちゃん。ボクはなぜかメイド長の役をもらい、みんなはその下につくメイドになった。ごっこ遊びでも率いるのは苦手なんだけどな。
「お嬢さま、日傘の使い心地はどうですか?」
「悪くないわ」
ボクの問いに姫香ちゃんは日傘を持って微笑みでかえす。
今、姫香ちゃんの荷物は[[rb:陽花 > ようか]]ちゃんが持っていて、彼女の手は日傘のコントロールに集中している。ちなみに陽花ちゃんは寡黙で力の強いメイドさんという、話さなくていい役割を自分で宣言して姫香ちゃんの後ろを歩いている。意外と強かだ。
「
「いえ、当然のことをしたまでです」
道中、カーブミラーや車のフロントガラスによる日光の反射を何度もくぐり抜けてきたのもあって優雅さすら出てきている姫香お嬢さま。
しかし、どうしてもお嬢さまだけでは防げない日差しもあって、そのたびメイド隊の中で一番機敏なメイドの浜凪が動いている。さっきはカーブミラーから反射してきた日差しから身を挺してお嬢さまを守った。
もはやメイドというより
「お嬢さま! 質問の許可がほしいっす!」
「ええ、よくってよ! これじゃあお嬢さまじゃなくてお姫さまみたいね」
声が大きくて明るい元気なメイド、というかいつもの
「どうしたらお嬢さまみたいに振る舞えるっすか?」
あら、三葉こういうのに興味あるんだ。お淑やかさみたいなのに憧れる年ごろなのかな?。
姫香お嬢さまは恥ずかしいことを思い出したのか、少し赤くなって質問に答えてくれた。
「えっとね、小さいころから読んでた小説に出てくるお姫さまが好きでその真似をしてたら。こういうのできるようになったの・・・」
「いいっすね! なんてタイトルっすか?」
「吸血姫の散歩道って本よ。これはシリーズの最初の巻で、私のおすすめは吸血鬼と喫茶店。お姫さまの猫舌が判明するエピソードが完璧じゃなくていいってところを教えてくれるの」
吸血姫シリーズは吸血鬼のお姫さまが日光対策に日傘を差して出かけていくお話。いろんな経験をして、ときに優雅に人びとを導くんだけど失敗や失態のエピソードも多くて面白い。ボクも好きな作品だ。
現在は8作品出ていて、最新作はそろそろ出るらしい。作者の
あれ、そういえばこれって誰かに似てるような?
「へー、こんど読んでみるっす!」
「三葉ちゃん、姉ちゃんの部屋にあるから借りてきな」
「先輩!」
「いいよ、あとで持ってくる」
「桐子さんも吸血姫シリーズ好きなんですか?」
「うん、ボク漫画より小説のほうが合ってるみたいで吸血姫シリーズはずっと読んでるよ」
「そう言ってもらえると叔母も喜びます」
「え?叔母さん」
陽花ちゃんは身内の話題が嬉しいのか顔がほころんでいる。この流れからすると、あのお話は姫香ちゃんたちの叔母さんが書いてるってこと?。
「はい、あのシリーズは叔母の作品なんです」
「大作家だね」
「自慢の叔母さんだよ。筆が進まないよーってよく言ってて今は缶詰め?らしいの」
なんかそれ知ってるぞ。銀髪で日傘差してて、締め切りがどうとか筆が進まないとか言ってるお客さん。あれ、あの人って吸血鬼・・・。
自然とお嬢さまごっこが終了してしまったが、おサボりが好きなメイドの真理夏はあまり会話に入ってこなかった。空気感だけ楽しんで自分はいいやって思ったらしい、会話すらサボってた。
それよりも、いま答え合わせしておいたほうがいいことがあるんだよなぁ。
「あのさ、姫香ちゃんたちの叔母さんって銀髪だったりする?」
「うん」
「見た目、ボクらと変わらないくらい?」
「そうですね、高校から見た目が変わらなくなったと聞いてます」
「なるほど、あのお姉さんかぁ・・・」
全部が繫がってその場にしゃがみ込んだ。たしかにあのお姉さんなら姪っ子に自分のマジックアイテム貸すぐらいしちゃいそうだ。そして、ずっと気づかなかったけど、あのときボクに渡してきたの自分の本だったわけだ。あのあと何度も話して、愚痴も聞いてたんだから途中で、私が作者でーす!ぐらい言ってもいいじゃないか・・・。
なぜか出てくるため息と、お姉さんに会ったらどうすればいいのだろうという感情に襲われて顔を覆った。今はちょっと表情を見られたくない。
「と、桐子ちゃん?」
「たぶん今、自分の思い出と戦ってると思うから、少しそっとしてあげてて」
「先輩ー、こんなところでうずくまってたらいろんな人に声かけられるっすよ」
うーん、三葉の言うことももっともだ。このまま、通りすがりの人に心配されるのも嫌だけど、お巡りさんに声をかけられるはもっと嫌だ、たぶんテンパっちゃうし。
「ごめんごめん、もう大丈夫! ていうかお姉さんのベールもメンテナンスするからそのうち会うんだよね」
「
「うん。お姉さん、銀佳さんっていうんだね」
「桐子さん知らなかったんですか?」
「あの人、名前教えてくれなかったんだよ」
お姉さん、銀佳さんはボクの前で一度も名乗ってはいない。あと、お父さんが誰々さんって呼んでたり、話してても名乗らないお客さんもいるから顔見知りはいっぱいるいるけど名前は知らないって人はけっこういる。
「ミステリアスな人っすね」
「もしかして桐子ちゃん、銀佳ちゃんから本もらった?」
「初めて会ったときにもらったよ」
それを聞いて姫香ちゃんと陽花ちゃんは顔を見合わせて、クスっと笑い出した。
「急にどした?」
「思い出し笑いしちゃった。たぶん銀佳ちゃん、後から恥ずかしくなっちゃったんだと思う」
「私たちに自分の本を渡したときもそうでした」
なるほど、後先考えずに行動して自爆するタイプでしたか。お姉さんのイメージがどんどん崩れて柔らかくなっていく、それと同時に親しみやすさを感じるのはお姉さんを知っていっているからだろうか。
憧れてた人がだらしないと急に親近感を抱く気持ちに近いかと考えながら歩いていると家の前までもうすぐのところまで来ていた。
姫香ちゃんと陽花ちゃんは初めてのお客さんだし、工房の娘としてこれだけはやっておかないとと思い。余裕のある体力を使って少し早足でみんなを追い抜くと、ドアの前で息を整えながらボクはみんなを迎えた。
「姫香ちゃん、陽花ちゃん、マジックアイテム工房まぜこぜにようこそ!」
ドアを引くと木のずっしりとした重さに少し驚いた。工房の中に入るとオレンジ色の照明が室内全体を照らしていて暖かさを感じる。同時に背の高い棚が壁に沿って並び、木箱が積まれている室内にごちゃごちゃしているというイメージも抱いた。
「お父さん、ただいま! 」
「ただいまー」
「桐子、真理夏おかえり! 浜凪ちゃんと三葉ちゃんも一緒かい、いつもありがとね!」
「ども」
「お邪魔します!」
ゆったりとした革のエプロンをかけた細身の男性が私たちを迎えてくれた。この人が桐子ちゃんと真理夏ちゃんのお父さん、なんだか強そう。
「お父さん、紹介するね。日傘持ってるのがが吸血鬼の姫香ちゃんで、後ろにいるのが妹の陽花ちゃん」
「立葵 姫香です! 桐子ちゃんたちにはお世話になってます」
「初めまして、立葵 陽花です。叔母がお世話になってます」
「これはどうも、桐子と真理夏の父の
桐子ちゃんたちのお父さんは柔らかい物腰で挨拶してくれた。
「ああ、そっか! 君たちが夜空先生の姪っ子さんだね」
「夜空先生って、作家の夜空 銀貨さん?」
「うん。何度も話してるのに、桐子知らなかったのか?」
「そうだ聞いてよ、お父さん! その夜空先生、ボクに名前一度も教えてくれなかったから姫香ちゃんの親戚ってさっき分かったんだよ!」
「そうかいそうかい! あの人、そういうところあるからね」
銀佳ちゃんのことで一言言いたかったらしく、桐子ちゃんは声を大きくしてお父さんに愚痴をこぼす。最初は弱々しくて大人しい性格だと思ってたけど、感情のままに想いをぶつけることもできるんだね。
「さて、話を戻そうか。姫香さん、じつは夜空先生から事前に連絡は貰ってます」
「そうなんですか? 最近、連絡も取れてなくて」
「執筆作業に集中するのに携帯の電源を切るとか言ってましたよ」
「携帯の意味ないじゃん!」
「マリ、上行って遊ぶっすよ。先輩たちもどうっすか?」
「ボクは残るよ、本は勝手に持ってって」
「私は上行こうかな、陽花ちゃんは?」
「私はこのまま、姉さんと話を聞いていきます」
三葉ちゃん、真理夏ちゃん、浜凪ちゃんは奥の方へ行ってしまった。あっちはお家に繫がっているらしい、お店と繫がってるタイプのお家って物語によく出てくるし、かっこいいな。
店長さんは仕事モードに入ったのか丁寧な口調で私に説明を始めてくれた。
「では工程の話に移りますね。まずは魔法を施す道具を選んで貰います」
「はい、お願いします」
店長さんは席を立つと、両手で抱えるぐらいの大きさの木箱を運んできた。中には帽子や長い布、ブローチや髪留めなどが仕切りに分けられて整頓されている。
「うちの組合員がこだわって作ったもので、魔力によく馴染みます。今回はこの中から好きなのを」
うーん。私は銀佳ちゃんみたいに奇抜にベールとかはちょっと合わないから無難なのがいいな。ブローチや髪留めは悪くないけど、無くしたときに見つけるのが大変そう。ここは帽子かな?。
平たく畳まれた帽子のコーナーに手を着けると、着けてるときのイメージを膨らませることにした。スポーツ系もいいけど普段は制服だし落ち着いた雰囲気のほうがいい。キャップだとボーイッシュかな?、桐子ちゃんや浜凪ちゃんに似合いそう。って今は私のを選んでるんだから私の好みで!
「二人とも、これどう?」
頭をすっぽりと覆うキャラメル色のキャスケット帽に惹かれて手を止める。これなら大きいし髪を束ねても激しい運動してても落ちなさそう。
希望になるべく合うものをチョイスすると他の人の意見も欲しかったので、桐子ちゃんと陽花の前で帽子を被って似合うかどうか確認してもらう。何回かターンもしていろんな角度から見てもらったが好評のようだ。
「似合ってる!」
「いいと思います」
「これにします」
二人のお墨付きをもらったので、これにすることにした。
店長さんに帽子を渡すと次の工程のお話に移る。オーダーメイド品は選んだらすぐに使えるようになるようになるわけではなく、その人に合った性能にするためにカウンセリングや魔力の性質なども採ってカスタマイズしていくらしく、いろいろ聞かれた。
私の帽子と銀佳ちゃんのベールは週末に受け取り予定になった。もう少しかかるはずだったけど、週明けの登校に間に合うように桐子ちゃんも手伝ってくれるらしい。
「では週末にお渡しになりますので、よろしくお願いします」
「わかりました。こちらこそよろしくお願いします!」
「ボクも頑張るね」
「頑張ってね桐子ちゃん!」
「まぁ、難しいことは父さんやるから」
これ以上遅くなると危ないということで今日はこれで帰宅することになった。
外に出ると、夜の帳が降りて真っ暗になっていた。それに応じるように体も軽くなり、腕を振るうのもジャンプも余裕でできるようになる。これなら日傘も差さなくて大丈夫そうかな。
「気をつけて帰ってね! 夜空先生にもよろしく言っておいて」
「はい、帰ってきてたら週末に一緒にきますね」
「お邪魔しました」
「姫香ちゃん、陽花ちゃん、またね!」
「うん! またね」
楽しみだなぁ、私の帽子。今日はなんだか星空も輝いてるよ。
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