第14話 吸血姫と夜のベール⑥


 ー入学式前日ー

姫香ひめか 、入っていい?」

「うん。どうぞー!」

 夜、窓から外の景色を見ていると叔母の銀佳ぎんかちゃんが部屋に入ってきた。

 見た目は私と同い年と言っても信じられるくらい若いけど成人済み(年齢は伏せる)

 彼女は吸血鬼の血が濃く、高校生から見た目が変わっていないらしい。

 実質の不老で羨ましいと思ったこともあるけれど、実際は不便なことだらけ。

 お酒を買うときに必ず年齢確認はされるし、夜中出歩くと補導されかける。

 見た目が女子高生なので恋愛対象に見られないと嘆くこともある。

「なにか用事?」

「明日、入学式じゃない? これ、アタシがいつも日光対策に着けてるマジックアイテムなんだけど使うかなって?」

 銀佳ちゃんが手に持っている白くて薄い布は結婚式に使われるウェディングベールのようで普段使いするにはちょっと抵抗感を抱いた。

「銀佳ちゃん、いつもこれ使ってるの?」

「うん、可愛いでしょ! 知り合いに頼んで作ってもらったんだ」

 この家に来てから銀佳ちゃんが外に出ているのを見たことはないので、着けてる姿は想像しかできないが、似合うんだろうな。めっちゃくちゃ目立ちそうだし、二度見されそうだけど。

「あ、大丈夫。アタシの姪なんだし似合うよ」

「汚しちゃいそうで私にはちょっと……」

 似合う似合わないの問題じゃないんだけど、気を遣ってくれているのは分かる。

 私は中学校を卒業してすぐに吸血鬼の血が濃くなった。

 日が出ていると力が抜けて立っていられなくなり、外出は日が沈んでから。

 得意だった運動はできなくなって、数を数え始めると終わるまでそれに集中してしまう。

 困った両親は吸血鬼として暮らしている妹を頼り、私はこの町へ越してきた。

 妹も付いてきたし、姉のような叔母がいるので寂しくはないが学校生活は不安でいっぱいだ。

「ならさ、今度これ作ってくれた職人さんに会いに行こう! 姫香にぴったりの作ってくれるよ」

「うん」

 しかしその後、銀佳ちゃんは仕事の都合で家を出ていて職人さんのところには行けていない。

 おまけに借りたベールは入学式で使ってから調子が悪くなって晴れの日以外は登校出来ずにいる。


 ー現在ー

 校舎裏でこっそりとお父さんに電話をかける。

 放課後なので別に先生に見つかっても没収されないけど何故か人目につかないところを選んでしまう。

桐子とうこか、どうした?』

『あ、お父さん。いま大丈夫?』

『ああ、平気だよ』

『ボクの友だちに吸血鬼の子がいるんだけど、その子が自分のマジックアイテム持ってなくてさ。相談に乗って欲しいんだけど今日の夜って予約入ってる?』

『ちょっと待ってくれ。入ってないね』

 予約のメモ書きを探していたのか電話越しにノートをめくる音が聞こえた。

『じゃあ連れてくね、夕方帰るから』

『気をつけて帰っておいで』

『うん、じゃあね』

 電話を切ると背後に気配を感じた。

 外に出るようになってから気づいたのだが、コトの勘が受け継がれていて察知能力が飛躍的に上昇している。

 ただし身体能力は最低値なので分かったところで対処はできない。

「君はこの間の、こんなところでどうしたんだい?」

 危ない人だったらどうしようと思ったけど、振り向いてみれば用務員の天住さんだった。竹箒を持っているので清掃に来たのだろう。

「こ、こんにちは」

「こんにちは。前より元気そうだね」

「はい、いろいろありまして」

「経験が人を成長させるか」

「え?」

「ああ、ごめん。校長先生の好きな言葉なんだけどその通りだなって」

 なんだか久しぶりに会う親戚のおじさんみたいなこと言うからなんだ?と思ったけどそういうことか。

 確かに追体験みたいなのはしたし、ボクも少しは成長してるのかな。

「さて、仕事だ。校舎裏は整備が行き届きにくいから滑りやすいしあんまり来ないほうがいいよ」

「ありがとうございます!」

「じゃあね」

 天住さんの邪魔にならないようにグラウンドまでくると裏から竹箒がコンクリートや落ち葉をなぞる音だけが聞こえてきた。

「……こうやって見守るのも悪くないな」

 天住はそう呟くと竹箒を動かし作業を続ける。

 彼の中で桐子に対する気持ちが変化しているのを彼自身はまだ知らない。


 校舎に戻り、そのまま保健室に向かうと浜凪はまな真理夏まりか三葉みつは陽花ようかちゃん、世織せおりさんが姫香ちゃんのベッドを囲んで座っていた。

 こうして見るとまるで重症患者のような扱いである。

「すごいことになってる」

「さすがに大所帯だよ。揃ったのならもう行ってほしいなー」

「すいません」

「まぁ、賑やかで悪くなかったけどね」

 池井先生が頬杖をつきながらこちらを見た。

 他に誰もいないだろうから保健室集合にしたが、これは入ってきた人がびっくりするな。

「遅かったね」

「姫香ちゃん連れてきていいか家に電話してて、あと用務員の天住さんと少しおしゃべりしてたから」

 それを聞いて真理夏が「え!?」っと声を上げる。

「姉ちゃん、あいつに何かされた?」

「されてないけど?」

「そっか、ならいいんだけど」

「ていうか、年上の人をあいつ呼ばわりしないの!」

 あれはいいんだよと真理夏は話を終わらせた。

 こんな態度とってる真理夏は珍しいけど天住さんとなにかあったのかな?

「それで、姫香を連れてくるのは大丈夫だって?」

「うん、いいって」

「それじゃあ、姫香ちゃん」

「うん?」

「夕方になるまで遊ぼう!」

 池井先生に日傘を借りて保健室を出ると日の光が容赦なく降りそそいでいた。

「良い天気?ですね」

 保健室では自重して口を開かなかった世織さんの声が響く。

 ボクら以外に遊ぶメンバーが何人かいたら姫香ちゃんも学校に馴染めると思ってクラスのみんなに声をかけてみたけど、植村うえむらさんとミルクちゃんは家の用事。出水いずみさんは部活。ワコちゃんは軽音部の機材修理と忙しく。

 放送委員の仕事まで暇だという世織さんがメンバーに加わった。

「姉さん、日傘を!」

「うん」

 日傘を開くと内側は透けることなく真っ黒なまま、その下にいる者を覆い隠してくれるようになっていた。

「どうっすか?」

「けっこう楽になったわ」

「ちょっと失礼して。おー、真っ暗っすね夜みたい」

 姫香ちゃんの横でしゃがみながら傘の下に入った三葉の感想はだいたいあってる。

 この日傘のキャッチコピーは「夜を持ち歩こう」で日光が苦手な種族たちが試行錯誤しながら作ったマジックアイテム。

 これのおかげで日中も出歩きやすくなったと好評の一品だ。

 でも、吸血鬼にはこの日傘でも応急処置にしかならない。

「とりあえず移動しよっか。どこいく?」


 ・・・移動中・・・

「マリ!」

「ナイスパスだよ! 三葉ちゃん!」

 校舎をうろうろした結果、教室よりも陽が入りにくい体育館で遊ぶことにした。

 今は三葉、浜凪、真理夏、陽花ちゃん、世織さんがバスケ部に混じってコートに入っている。

 参加したけどすぐにバテたボクと日光がダメな姫香ちゃんは日傘をさしつつ日の当たらない場所でみんなのプレーを見学しているところだ。

「真理夏ちゃん、ボールちょうだい!」

「陽ちゃん先輩! どうぞ!」

「よい、しょ!!」

 三葉から真理夏、ブロックされた真理夏から陽花ちゃんにボールが移ると陽花ちゃんは高くジャンプしてバスケットゴールにボールを叩き込む。

 ダンクシュートというやつだが、目をひいたのは陽花ちゃんの跳躍力。

 あまり高身長でないにも関わらずウサギのように跳ねてゴールまでの高さを埋めたのだ。

「陽花ちゃんすご……」

「陽花は小さいときに力のコントロールが苦手だったから、慣れるためにいろんなスポーツをしてたの。最初はボールやコートを壊さないようにすることから始めたわ」

「おぉ……」

「吸血鬼のレギュレーションになるけど運動能力はかなり高いと思う」

 陽花ちゃんの能力は運動能力の向上か。

 吸血鬼って日の下だと弱体化するけど、夜や闇の中だと変身したり催眠してきたり馬鹿力で殴ってきたりして強いイメージがあるし、陽花ちゃん戦闘力も高いんだろうな。

「鷲掴みからのパスです朝木さん!」

「はは、一人だけ別競技みたい」

 コートに視点を戻すと世織さんがボールを脚で掴んだまま浜凪にパスしていた。

 鳥の翼に鳥の下半身というスポーツに適さなそうな身体だが、固く鋭い爪がボールをワンバウンドさせず、脚力のみで狙ったところにパスすることが出来るとは驚きだ。

 ボクよりもこの競技に適正ないのではとか思ってごめんなさい。

「謡ちゃん、上手よー!」

「ありがとうございます!!」

 体育館だから世織さんの声がよく響く。

 最近、彼女の声量にも慣れてきたと思ったけどこれは耳にくる……。

「桐子ちゃん?」

「大丈夫、耳がキーンってなっただけだから」

「謡ちゃんね」

「うん、まだ慣れなくて」

「たしかに、びっくりしちゃう声量なときあるわね」

 その後もみんな個々で良いプレーを見せたものの、さすがにバスケ部には及ばず敗北。

 陽花ちゃんは試合中に見せた跳躍力を買わて勧誘を受けていたが断っていた。

「今は姉さんのサポートが一番やりたいことなので」

「あー、それわかるっす。私たちも桐子先輩につきっきりのときありましたから」

「私が普通に過ごせるようになったら、陽花も好きなことしなさい」

「はいはい」

 日が傾いてくると姫香ちゃんも調子が出てくるようで、暗いところでは日傘をささずに動けるようになっていた。

「浜凪ちゃん、ちょっとだけ付き合って!」 

「いいよ」

 姫香ちゃんは慣れた手つきでボールをバウンドさせて浜凪を誘う。「私と同じくらいの運動神経」昼休みに浜名が言っていたっけ。

「コート借ります。すぐ終わるので」

「はいなー!」

 同じく休憩中のバスケ部の皆さんに断りをいれて、姫香ちゃん対浜凪のゲームが始まる。

 内容はシュートが入ったら姫香ちゃんの勝ち、ボールをカットされたりシュートが入らなければ浜凪の勝ちというルールである。

 まず動いたのは浜凪、道場歩きの足運びで距離を一気に詰めて終わらせにかかった。

「はやっ!?」

「どう、適応できる?」

 姫香ちゃんはこれに対してボールをついていた手を入れ替えてカットをかわした。

 それどころか入れ替えたボールとともにゴールへ一直線に駆ける。

 さっきまで日傘に守られていたとは思えないほどに元気な動きだ。

「へぇ、いいね」

「姉さんは体質が強くでるまでは私と一緒に運動してたので、本当はけっこう動けるんです」

「今は闇の中で輝くってことだね!」

「マリ、よく分かんないっす」

 浜凪が追いつくまでに姫香ちゃんはシュートを狙ってボールを放る態勢に入っていた。

「これで……おわぁぁ」

「綺麗に着地してから崩れましたね」

「スローモーションみたい」

 これで決まりと思ったが、間の抜けた勝利宣言とともに姫香ちゃんはコートにへたり込んでしまった。

 ボールもゴールリングに弾かれてバウンドしている。  

 敗因はさっきの陽花ちゃんのように高くジャンプして陽光が差し込むところまで跳び上がってしまったことだった。

「私の勝ち」

「高く跳びすぎたわ……」

「姫香ちゃん、怪我してない?」

「ええ、大丈夫。日が弱くなってきたからなんとか踏ん張りが効いたわ」

 弾かれたボールと姫香ちゃんを回収して浜凪が戻ってくる。

 一度日の光を浴びるとしばらく動きにくくなるようで浜凪に肩を貸してもらっての帰還だ。

「やっぱり日中でも運動したいわね。誰かと遊ぶの楽しいもの!」

「姉さん……!」

 日傘という安全圏に戻ると姫香ちゃんは日が差し込むコートを見て言う。

 その願い叶えてあげられるといいんだけど。

「あ、私そろそろ放送委員のお仕事の時間なので失礼します!」

うたいちゃん、今日はありがとね!」

「いえいえ、体を動かすの楽しかったので。次は立葵さんも一緒に!」

「うん!」

「うたちゃん先輩またね!」

「はいー!」

 世織さんは翼を羽ばたかせ体育館の窓から出て行った。

 有翼魔族に許された移動方法だけど、ボールが飛び交う体育館で飛ぶのは勇気がいるなあ。

 世織さんは途中で当たりそうになったボール叩き落としていたけど。

「さて、ボクらもそろそろ行こうか」

「姫香、日傘持ったまま歩ける?」

「うん、思ったより動けるわ」 

「私が後ろに付いてますね」

「じゃあ、私は陽花先輩の後ろに」

「私はテキトーでいいや」

「あ、帰る前に挨拶しないと!」

「「バスケ部のみなさん、お邪魔しました!」」

「また来てねー! 入部待ってるよ」

 勧誘を忘れないバスケ部をあとにボクらは体育館を後にする。

 それぞれ準備は万端、帰り道何もありませんように!

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