第12話 吸血姫と夜のベール④


「さて、仕事も一段落したし 結舞ゆまさんの話でもしてあげよう」

「お願いします!」

 池井いけい先生は椅子の上で姿勢を崩しながら話を始めてくれる。

 まず保健室に人が来ないとケガや具合の悪い子が少ないことになる。そうすると私の仕事は少なくなる。

 サボりにくる子もいるけど、異性に変化して仕事したらみんな真面目に授業に出るようになった。恥ずかしかったのかな?

 ちなみに私は定期的に水分を採らないと具合が悪くなる。

 水じゃなくてもいいんだけど同化するまで色が残っちゃうから透明なのが好みだよ。

「ふぅ、やっぱり暇だなぁ」

 回転椅子に腰かけて回ろうかなとか思っていたら、部屋の扉が開いた。

 中等部の制服を着た女子生徒が二人、一人は眠っているのか支えられたまま下を向いている。

 おお、間一髪と思ったね。これでも変なことをしてて不意に目撃されるのはけっこう恥ずかしいんだ。

「あの、この子 急に眠っちゃって」

「疲れかな?」

「いや、持病のようなもので……」

 分かってると思うけど、これ眠ってるのが結舞さんで運んできたのが朝木さんね。

「とりあえずベッドに移動させようか」

 結舞さんってこの頃からショートヘアだったんだよ、ボーイッシュってかんじするよね。

 あ、そういうのが好きなんだ。

 うんうん、続けようか。

「この子の名前と学年教えてくれる?」

 ベッドに寝かせた少女の名前は結舞 桐子ゆま とうこ。学年は中等部の二年生。

 日向先生が具合悪いけど学校に来てる子がいるから、もしものときはよろしくとか言ってたのをこの時思い出した。

「日向先生から聞いてるよ、ここからは私に任せて」

「お願いします……」

「そうだ、あなたの名前も聞いておこうかな。覚えておくよ」

朝木 浜凪 あさぎ はまなです。あとでまた来ますので」

「オッケー、朝木さんね。帰りに転ばないように気をつけてー」

 軽く頭を下げると朝木さんは保健室から出ていった。

 朝木さん口調は落ち着いてたけど、不安でいっぱいだったと思うよ。動作は落ち着いてなかったもん。

 それからお昼休みになっても結舞さんは起きなかった。

 朝木さんはちょくちょく様子見に来てたな、頬ペチペチしたりおでこつついたりして初めて来たときよりは元気になってた。

「……ここ、どこ?」

「保健室だよ。おはよう、私は[[rb:池井 澄 > いけい すみ]]。保健室の先生、ちなみに二十二歳」


「中等部二年三組二十八番の結舞 桐子です。十四歳かな?」

「自分の年齢くらい覚えときなよー」

 これが結舞さんとの初会話。

 ちょっと不思議ちゃんかもしれないって思ったけど、律儀に返事してくれるの可愛いかったなー。

「ところで先生、なんで私は保健室で寝てるんです?」

「急に眠っちゃったって聞いてるよ、朝木さんが運んできてくれたんだ」

「そうでしたか。さっそく浜凪に助けられちゃったな」

 朝木さんの話をしたら申し訳ないような でも嬉しそうな顔をして結舞さんはすぐにベッドから起きあがった。

「お、教室戻るの?」

「はい、まだ授業ありますし」

「そっか、あとは六時間目しかないけど頑張ってねー!」

「あ、ちょいまち」

「?」

 流石に空腹状態で帰すのはかわいそうだと思って、常備しているおやつの水グミをあげた。

保健室のベッドでもぐもぐとグミを食べる結舞さん、なかなかに不良ポイントが高いよね。まぁ、あげたの私だけど。

「ごちそうさまでした」

「帰ったらまともなもの食べなー。成長期に偏った食事ばっかりしてると後悔するから」

 コクリと頷くと結舞さんは保健室を後にした。

「なんか、また来そうな気がするな。結舞さん」

 回転椅子でくるくると回りながら、そんなことを考えた。

 保健室が似合う生徒というのは病弱と健康の間くらいに位置してる子が多い。

 定期的に体調を崩してここに来るようになったら難儀だけどね。

 とか言ってたら予感が当たっちゃったんだよね。

 三日に一回、ひどいときは毎日のように結舞さんは朝木さんに運ばれてきた。

 うん、流石に来すぎだと内心思ったけど、結舞さんの意思で登校してるし何も言わなかったよ。

 毎日のように来ているといろんなことに気づくもので、結舞さんは集中すると周りが見えなくなる。

 起きて自習中に声をかけてみても返事が返ってこないことが多く、頬に触れてみたけどしばらく気づかなかったこともある。

 時間差でビックリするの可愛かったな。

 あと急に眠ってしまうことも多い。

 暇なときに備品整理を手伝ってもらっていて、後ろを振り返ったら床に倒れていたのは動揺した。

 その日はベッドに運んだ結舞さんの腕を片手で掴んだままにして作業したっけ。

 そんなかんじで数ヶ月。結舞さんの体調は良くならず、もはや保健室の一員となっていた。

 熱があるとかそういうのではないので起きてる間はずっと勉強している。

 定期試験も保健室で受けて、けっこう上の順位になってたな。

 あの子、成績は結構いいんだよ。

 そういえばおめでとうって言ったとき、結舞さんはこんなことを言っていた。

「気絶する前にできるだけ覚えないと忘れたり、遅れちゃう気がして……」

 一種の恐怖感がもたらした結果だった。

 無理して学校に来てたのも忘れられるのが怖いからなのかもしれないね。


「先生、これ使わないほうがいいかもです」

「なんで?」

 ある日、結舞さんが調子の良いときに手伝ってもらっている備品整理中のこと(私の片手で転倒防止済み)

 彼女は一組の手袋を持ってきた。

 この手袋は体温の高すぎるサラマンダーや火の精霊族に触れる際、手を火傷しないように耐火の魔法が組み込まれたマジックアイテムなんだけど。

「なんか、他のと違って反応?がないんです」

「他のは反応あったの?」

「はい」

 冗談を言ってるわけでは無さそうだ。

 彼女が保健室で過ごすようになってから半年以上経つが結舞さんが嘘や冗談の類いを言ったこともないし、少し思い当たることがあった。

「痛っ」

「すみません!この子、体育の授業中に擦り剥いちゃったんですが」

 ドアが勢いよく開け放たれ、二人の男子生徒が入ってくる。

一人は片脚を庇いながら、もう一人は付き添いだった。

「はーい。今、行きますよぉ。結舞さんはベッド戻ってて」

「私、調子良さそうなので椅子に座ってます」

 そうは言いつつも、結舞さんが椅子に座ったのを確認するまで片手を体から離さなかったけどね。

 こういうときは念のため、壁に背中を預けてもらうようにしている。

 倒れても少し余裕があるから腕の伸ばしが間に合うんだ。

 一瞬で姿を男性に変えてから、少年たちのところに行った。

 なんで姿、変えるかって? 同性の姿だと診察しやすいから。

「はーい、お待たせ。熱気が凄いね。君、イフリート?」

「は、はい」

 じゃあ防火手袋しないと、私の水分が蒸発しちゃう。

 さっきの不良品?は結舞さんが持ったままだし、新しいの出したよ。

 人の忠告は聞くほうなんだ。

「よし、まずは消毒。大抵の細菌は体から出た熱でいなくなってるだろうけどね」

「うっ!」

「大丈夫か!?」

「ああ」

 触れても沸騰するような感覚がない、これは大丈夫。

 手袋以外がヤバいかもしれないから手早く処置っと。

「終わったよ、傷の範囲も広くないからすぐ治ると思う」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 体から放たれてる熱気でちょっと当てられた。

 一緒に居る子、よく平気だな。

「あ、そうだ。ちょっと失礼」

「え!?」

 ここ好奇心が芽生えた。

 まずは右手を伸ばし結舞さんから手袋を奪う。

 次に左手で机の上にある蓋の開いたペットボトルを掴んで右手に挿す。

 そうすると余分な水分で三本目の腕が造れるんだけど、それに奪った手袋をはめてイフリートの少年に触れたんだ。結果は熱かった。確かにこれは不良品。

 三本目の腕をトカゲのしっぽみたいに切り離したら、腕は水蒸気になって消えて手袋だけが床に落ちた。

 念のため水かけたよ、危ないし。

 私の方が危ないって?  そうだね!

「先生、今のは?」

「あ、なんでもないない。お大事に!」

「「失礼します!」」

 部屋が涼しくなった。

 あと結舞さんの視線も冷やかだった。

「……」

「腕は無事だよ。さっきのは水分で造った偽物だしさ」

 突然、椅子から立ち上がった結舞さんは何も言わずに私の肩をポコポコと叩きはじめる。

 弱々しくて全然痛くないけど、心配されてることは伝わった。

 私も何も言わずに結舞さんの頭を撫でると次第に叩き続けていた拳がペースを落とす。

「……使わないほうがいいって言いましたよね」

「うん、あれは間違いなく不良品だった」

「どうしてあんなことしたんです?。体のほとんどが水分の先生には危険すぎます」

「確認してみたかったんだ。本当に不良品か」

「?」

 何のことだか分からないというように結舞さんは首をかしげる。

「結舞さん、鑑定魔法の才能あるよ。マジックアイテムの職人とかが使うやつ」

「お父さんが職人です」

「訓練でも身につけられるけど血筋かな」

 手袋に違和感があるって言いだしたときからもしかしてと思ったけど、実際にやってみて分かった。

 才能の芽生えを確認したくてやってみたけど、心配させちゃったのは反省しないとね。

「お父さんと同じ……」

 目がきらきらしてる、お父さんに憧れがあるのかな。

「あのさ、保健委員会入らない?。マジックアイテムにいっぱい触れば魔法の鍛錬になるし内申点も付くよ」

「私、保健室に連れてくほうじゃなくて、連れてこられるほうなんですが・・・」

「いいんじゃない?」

 勝手ながらこの子の居場所を作ってあげようって気持ちが出た。

 今の状態の結舞さんは一日のほとんどを[[rb:保健室 > ここ]]で過ごしている。

 このまま中学生活は終わっちゃいそうだし、何かしらの経験をさせてあげたいなんてお節介。だけど、鑑定魔法なんて素敵なきっかけが現れたら、それを伸ばせる環境にしてあげたかったんだ。

「……やってみたいです、保健委員」

「うん、日向先生には伝えておく。何度か顔合わせてるけど今度 委員会のみんなにもちゃんと挨拶してねー」

「はい!」

「桐子、大丈夫?」

「あ、浜凪。私、保健委員やることにしたよ。あと魔法使えるっぽい」

「池井先生、桐子の症状が悪化してます!」

「ひどい!」

「あー、大丈夫。いたって正常だから」

 この後も結構大変だったなぁ……。

結舞さんは保健室登校になるし、朝木さんは授業の合間に保健室と教室を行ったり来たり。

 妹ちゃんや後輩ちゃんもよく来てて賑やかだったよ。

 鑑定魔法の練習はけっこう頑張ってたね。

 不良品発見の役立つし、それを見てた保健委員の先輩たちとも仲良くなってた。

「そして、ついこの間からだね結舞さんの体調が良くなったのは。どうだった?」

「興味深い桐子ちゃんのお話ありがとうございます。やっぱり面白いです」

「仲良くしてあげてねー」

 姫香は面白い漫画を見つけたようにわくわくしながらお礼を言う。

 早く彼女に会って仲良くなりたいという想いが高まっていくのが分かった。

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