第10話 吸血姫と夜のベール②


 カーテンを少しめくって空模様を確認する。

 私的には雨、もしくは曇りが望ましいけれども今日の天気は晴れだった。

 まだ少し寒気も残る四月の青空にため息が出そうになるけど、今日からはそれを我慢しようと寝る前に決めていた。

「よし! 頑張ろう。最悪、陽花ようかに引きづってもらってでも学校行くわ」

 決意したそばから、引きづられるのは痛そうだなと思いながら部屋を出ると、妹の陽花も部屋を出たところだった。

「おはよ~」

「おはよう姉さん、今日も晴れだね……」

 私が晴れていると登校できないのを気にして、陽花は朝から暗い顔をしている。

 晴れの日のたびにこんな顔をさせちゃう自分が嫌いだわ。

 なんとか頑張らないと。

「ふっふっふ。実はね、今日からお姉ちゃん、晴れてても登校してみることにしました!」

「……え!? 大丈夫なの? 姉さん、一歩外に出ただけでヘロヘロになるでしょ」

 一瞬、私の言っていることが理解できなかったらしく小首を傾げられたあと、陽花はひどく驚いた。

 安心してほしかったんだけど、朝からびっくりさせてばっかりね。

 というかヘロヘロって、まぁ事実なんですけど!

「それに昨日の散歩でクラスの子たちに会って、手伝いをお願いしてるから何とかなると思う。お友だちにもなったわ」

「姉さんに友だち!?」

「それはちょっと、お姉ちゃん傷つくな」

 陽花は感動して、私はちょっぴり悲しくなってお互い涙を流しそうになる。

 妹に友だちいない子だって思われるの、こんなにショックなんだなぁ。

「と、とりあえず。お友だち待たせるといけないね。朝ごはんにしよ」

「うん!」

 平静を取り戻した陽花と共にキッチンへ向かう。

 待ってろよ、私のスクールライフ!


「先輩、太ももつついていいっすか?」 

「ダメ!」

 筋肉痛で痺れている太ももを狙う三葉みつはの人差し指をガードしつつ、痛みに耐える。

 昨日の今日でこんなになっちゃうなんて聞いてないよ。

 昨晩、クラスメイトの立葵 姫香たちあおい ひめかちゃんに頼まれて登校の手伝いをすることになったボクと浜凪はまな。ついでに真理夏と三葉も連れて現在、姫香ちゃんの家に向かっているのだが、太ももが痛い。

「やっぱり体力低下が酷いね。体育もずっと休んでたし、これからもビシビシいこう」

「ひぅ」

 これからもしごくよと言わんばかりに浜凪が目を輝かせている。

 筋肉痛が治ったらまたトレーニングに付き合ってくれるんだろうな、逃げられないんだろうな……。

 でも、ボクが辛いと思ってる運動量って、浜凪にとっては準備運動にすらなってないんだろうな。

「先輩方、昨日会ったっていう立葵さんのお家はあれっすか?」

「そうだね。三葉に教えたっけ?」

「それっぽい人が倒れてるんで」

 三葉の指した方向を目で追いかけると、玄関口の影の部分と日が当たる部分の境で倒れている姫香ちゃんがいた。

一歩進んだくらいの場所で倒れているので、踏み出した瞬間に倒れたのだろう。

 家の中から薄赤色の髪をサイドテールにまとめた少女が駆け寄ると、姫香ちゃんを持ち上げようとした。

 背は姫香ちゃんより少し低い、あれは昨日話していた妹さんだろうか。

「姫香ちゃん!」

「姉ちゃん、筋肉痛なのに無理しないの!」

 真理夏に止められたが駆けよらずにはいられなかった。

 姫香ちゃんも心配だし、妹さんも自分より大きい人を持ち上げるのは大変だろう。

 まぁ、ボクが手伝っても大して役に立たないと自覚してるけど、それでも痛む脚を進めた。

「そぉれ! もう、姉さんたら、やっぱり一歩出ただけでダメじゃない」

 門の前まで来ると同時に、妹さんは姫香ちゃんをお手頃サイズのダンボールでも持ち上げるかのように軽々持った。

 同時に安心と疲労でボクの体は地面に降りていく。

 あ、無理したわ。息も切れてるし、学校まで持つかな。

「この距離でへたり込むのか」

「魔法無しでも、あたし勝てる気がする」

「じゃあ私は片手縛りで」

 歩いて追いついたみんなの評価は散々だった。

 分かってる、分かってるけど酷評。息を整えながらそう思った。

 姫香ちゃんを玄関へ運び込むと妹さんはボクたちに気づいて挨拶してくれた。

「! おはようございます! 姉さんのお友だちですね?」

「あ、はい。結舞 桐子です」

「朝木 浜凪です」

「すごい! 四人も!? すみません、自己紹介がまだでしたね。私は立葵 陽花と言います。

後ろで弱ってる立葵 姫香の妹です」


「しっかりした妹さんっすね」

「三葉ちゃん、なんでこっち向いて言うの?」

「なんとなくっす」

 真理夏をチラ見しながら三葉が感想を述べる。

 真理夏はちゃんとしてるし、実はけっこう上級の魔法使いなんだけど普段の振る舞い故かな。

 でも正直、年上かなってぐらいちゃんとしてるのは同意。

「桐子ちゃん、浜凪ちゃん、妹ちゃんたちもおはよう・・・」

 なんとか顔を上げて挨拶する姫香ちゃん、顔色悪そうだしヨロヨロしてる。

 風邪で寝込んで二日目って感じのコンディションかな。

「お、おはよう。聞いてたよりもひどい状態だね」

「大変だよぉ。スーッと何かが抜けていく感じがするの、陽花がいなかったら病院行きだったわ」

「妹さん、けっこう力持ちだね。何かスポーツやってるの?」

 ボクの視線が妹さん、陽花ちゃんに向くと、彼女は恥ずかしそうに体を逸らした。

「私、吸血鬼の体質遺伝の中で怪力だけ受け継いでて、生まれつき力が強いんです……」

「陽花は自販機かたむけられるし、私くらいなら鞄と同じくらいの感覚で持てるのよ!」

「もう! 姉さんってば! そういうことペラペラ喋らないでよ!!」

「おぶっ!?」

 口が回るようになった姫香ちゃんが説明すると、陽花ちゃんは顔を真っ赤にして姉を小突きに行った。

 ゴッという鈍い音がして姫香ちゃんは静かになる、骨とか大丈夫かな?

 確かに年ごろの女の子が怪力なんて言われたら傷つくよね、顔真っ赤にしてたし触れられたくないんだろうな。

「す、すみません。変なところ見せちゃって」

「大丈夫、面白かったから」

「浜凪ちゃん正直過ぎ」

 倒れてる姫香ちゃんには申し訳ないけど、ボクも面白かった。

なんか見ててほっこりしたし……絵面はひどいけど。

「そういえば妹さんはいくつなんすか?」

「私は中等部の三年生です」

「じゃあ陽花先輩っすね。二年の榛木 三葉っす!」

「同じく二年。そこでへばってた結舞 桐子の妹の真理夏です。よろしくね、陽ちゃん先輩」

「よろしくね! 姉さん、後輩できたよ!」

「うん? よかっ、たね」

「うん!」

 嬉々として姫香ちゃんに報告する陽花ちゃん、表情が豊かで可愛いな。

 そういえば、陽花ちゃんはここまで嬉しがってるし、姫香ちゃんは友だちいないしで、やっぱりこの姉妹って。

「二人って転入生?」

「ええ、今年の春からこっちに引っ越してきたの。うちの両親は出張で家にいないから叔母がこっちに来ないかって」

 玄関に座り込んだ姫香ちゃんが答える。日光や打撃には弱いけど、回復は早いんだね。

「話遮っちゃうけど、そろそろ出ないと遅刻しそう」

 真理夏が携帯の時計を見せると、今から走れば余裕、歩けばギリギリという時間になっていた。

 もちろん、ボクは走れないので今すぐ出ないとマズい。

 鞄くらいの感覚で持てるって言ってたし、姫香ちゃんは陽花ちゃんがおぶっていくのかな?

「走るか!」

「私、もう行けるっす!」

「だる~」

「え? 走るの!?」

 思いは違うようで、ボク以外は走る気でいるみたい。

 屈伸してるし、準備万端ってとこ? 準備運動は大切だけどさ、昨日学んだよ。

「私も、行く……」

 姫香ちゃんが玄関から転げ落ちそうな勢いで手を伸ばす。

 どうしても行くという執念を感じるけど、ちょっと怖い。

 本当に転げ落ちそうなので、陽花ちゃんが戻って姫香ちゃんを支えるとため息をついた。

「もう……帽子とタオルケット持ってくるので待ってて、あとベールも一応持ってくる」

「ありがと」

 必要なものを持って戻ってくると、陽花ちゃんはタオルケットで姫香ちゃんをくるんで背負った。

 なんでベールあるのに着けないんだろ?

 あれで虚弱体質抑えられるはずなんだけどな。

「時間ギリギリですね。姉さん、揺れるけど朝ごはん戻さないでね」

「が、がんばるわ」

「お待たせしました、行きましょうか」

「あ! 桐子先輩って走れるんすか?」

「無理だよ」

「ヘルプいるっすか?」

「お願いします……」

 三葉の背中に体を預けて登校するのちょい久しぶりだなぁ。

 なんか大事なものがすり減ってる感じがして少し悲しくなった。

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