第9話 吸血姫と夜のベール①
夕方と夜が交わる微妙な時間帯に散歩をするのが、最近好きになった。
陽が沈みかけているので、虚弱体質にもならず疲れないのは気分がいい。
少し前までは日中も出歩けたのに……。
なんて思ってみても、それはもう叶わないのだろう。
だって私は吸血鬼なんだから。
「ほっ、ほっ……」
「がんばれー! 競歩ぐらいのスピードしか出てないぞー」
夕陽も沈みかけた頃、体力が無さすぎるボクはトレーニングの為に浜凪と走る。
「ぜぇ、ぜぇ」
いや、走っていたが正しい。
二、三週間前まで精神的事情により運動をしてこなかったせいでボクの体力は最低値まで下がっていた。
家から五百メートル先までは頑張ってみたが、もう心臓は鼓動が聞こえるくらいうるさい。
息もずっと吸っていないと苦しい。
今は近くの公園で呼吸を整えているところだけど。
ピッタリくっついてきた浜凪は汗をタオルで拭うくらいで、しれっとした表情でこちらを見ている。
「平気そうだね?」
「じつは私、自主練してんだよね」
「そう、なんだ」
「だから、姫状態だった桐子に体力で負けるわけがない」
誰が姫だ、前世は勇者だぞ。
でも確かに、ちょっと前まで体育は急に倒れるといけないから強制的に見学だったし。
気絶したら、浜凪と三葉に送ってもらって。こんなんじゃ体力も低下し放題か。
呼吸を平常時まで戻すと、公園は夜の帳が降りきって真っ暗になっていた。
外灯のLEDで明るいが、やたらと眩しく感じて上を向けない。
「さて、平常まで戻せたみたいだし。次は鉄棒で
「何回やるの?」
「んー、最初だし十回かな?」
「じゅっかい」
腕が上がるかどうかを想像してダメかもと思っていたら、浜凪に肩を掴まれて移動させられた。
道中、悪い笑顔を浮かべていたのをボクは見逃さなかった。
「なに、その笑顔」
「十回終わるまでは休ませないようにしよって考えてた」
「えー、三回も怪しいんだけど」
「手は握っててあげる。エンドレス耐久スタートだよ♪」
鉄棒を握ったボクの手の上に浜凪の手が乗り、鉄のひんやり感は二人分の体温ですぐになくなる。
「いーち、にー、さ。ほら、がんばれー!終わるまでギューっとするからね」
「生ぬるいし、くすぐったいよ!」
本当に話せないくらいの力で握ってきてる。
これ、本当に十回終わるまでこのままでいるつもりだ。
「よーん、ご」
腕が痛くなってきた気がする、明日は筋肉痛かな。
「ろーく、なな、はーち。いいじゃん、あと二回」
「ハァ、ハァ……」
あ、あと二回。早く終わりたい!
「きゅーう! 頑張ってー!」
「?」
あと一回! あと一回で終わる!
早く、早く、早く! 上がってボクの腕!
「じゅーう!」
「ひぃ、ひぃ……」
「お疲れ、頑張ったじゃん。予想より早かったよ」
「頑張ってたわね!見てて応援したくなっちゃった!」
十回目を上がりきったと同時に浜凪の手が離れ、ボクは地面にへたり込んだ。
腕が痺れるような感覚がずっと取れない、ちょっとくすぐったいかも。
というか、懸垂中はそれどころじゃなかったけど、九回目から声掛けしてたの誰?
腕の疲労感と再び荒れた息を整えながら顔を上げると、浜凪の横に薄赤い髪を肘くらいまで伸ばした少女がいた。
昼の明かりでは消えてしまいそうな儚さを感じさせる、夜の住人は笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。
「こんばんは。
意識も整ってくると、その少女が誰か認識できた。
そうだ、ボクらは入学式のときに出会っている。
「
「ばんわー」
「まぁ!覚えててくれたのね」
口元に手を当てながら、同じクラスの吸血鬼、
「声をかけてみたものの。内心、忘れられちゃってると思ってたわ」
「大丈夫、私は覚えてたから」
「ボクもすぐに出てこなかっただけで、忘れてはいないから」
鉄棒から移動して、二つ並んで設置されているブランコにボクと立葵さんは座り。
浜凪は傍にある手すりに腰かけてボクらと向かい合うかたちで話している。
「ところで、どうして夜の公園に? 立葵さんもトレーニング?」
「ううん、散歩よ。私、日中は出歩くの苦手で」
「確か、吸血鬼って苦手なものが多い種族だよね」
「うん、でも大丈夫なものもあるのよ、人間で言うとアレルギーかな。血液検査で分かるんだけど、私は日光が特にダメで。陽に当たると極度の虚弱体質に変わるの」
ブランコを揺らす彼女は少し寂しそうに言った。
晴れた空がダメで、太陽が覆われた時にしか自由に外を歩けないのは辛いだろうな。
「灰にはならないんだ?」
「浜凪、怖いこと言わないで!」
「ふふ、大丈夫よ。私は人と吸血鬼のハーフだし、今は純吸血鬼なんてほとんどいないわ」
人や魔族のハーフはもう珍しいものではなく、現在は特徴が出ている方の種族を名乗るのが一般的らしい。
身近な人だと、
「私、妹がいて、その子は弱点も少なくて普通に学校に行ってるの。中等部の三年生なんだけど」
「三年生か、二年生なら何人か友だちがいるんだけどな」
うーん、中等部で吸血鬼っぽくない子。それってほとんど人間だもんね、分かんないや。
というか、そもそもボクは上の学年にも下の学年にも友だち少ない……。
「そうだ!ちょっと二人にお願いしたいことがあるんだけど、聞いてくれない?」
少し落ち込んで頭を抱えるボクをおいて、立葵さんはいいことを思いついたように手を叩いた。
「血はあげないよ」
「普通のご飯も食べられるから大丈夫よ。じゃなくて、学校に行くのを手伝ってほしいの!」
浜凪の飛ばしたボケに対し、一般的な吸血鬼のイメージ破壊で返してきた。
普通のご飯もってことは血液でもイケるのかな?
それにしてもお願いが登校のサポートか。最近までしてもらってたから、俄然親近感が湧いてきたな。
「手伝ってほしいって、何をすればいいの?」
「日光が苦手って話したでしょ?。そのせいで天気の悪い日しか登校してないんだけど、なんとか克服したいの」
横に座っていたボクの手を握り、立葵さんの顔が近づく。
近くで見ると血色が薄くて白い肌が綺麗。
薄赤の髪と合わさって、陽の下で見たら儚いと思いそうだ。
それにしても、なにか足りないような。なんだっけ?
「浜凪、どうする?」
「私は手伝うつもり。クラスメイトだし、何より楽しそう。桐子は乗る?」
立葵さんと握手しながら、浜凪は私に問いかける。
クラスメイトだし、ましてや魔族の頼みとあれば当然受ける。
「ボクも手伝うよ」
「ありがとう! あ、私の家この近くなんだけど、距離とか時間とか大丈夫?」
立葵さんは協力者を得られて喜んだものの、ボクらの朝の心配をしてくれた。優しい人だ。
ボクが大丈夫と言おうとしたら、浜凪がそれに答える。
「一キロ圏内は近所だから大丈夫」
「あ、歩きなら大丈夫、歩きなら大丈夫」
しまった、立葵さんに協力するなら移動距離が増えるってこと忘れてた。
走らないし大丈夫だよね、むしろ体力付くかもしれないし。
「朝木さん。結舞さん、大丈夫なの?」
「もやし姫の戯言だから気にしないであげて」
「そう、ちょっと疲れちゃうようなら無理しないでね」
「大丈夫、明日から頑張るから!」
もやし姫扱いなんかされてたまるか! 通学路にプラス一キロくらいなんぼのもんじゃい。
「明日からいいの?」
「いいよ! ね、浜凪」
「いいよ。三葉とマリも誘おう、魔法でなんとかなるかもしれないのとキャリー要員」
そのキャリー要員って、ボクがへばるの前提で言ってないかな?、まさかね。
「これ、私の連絡先。あとね、姫香って呼んでくれると嬉しいわ」
携帯の連絡先を交換しながら立葵さんは言った。
なかなか言い出せなかったのか、ちょっと恥ずかしそうなところが可愛い。
「じゃあ、明日からよろしくね、姫香ちゃん!。ボクのことも名前で呼んでよ」
「姫香、今日は寝坊しないように早く寝な。私も名前呼び可だぜ」
「うん!。桐子ちゃん、浜凪ちゃん、おやすみ!」
先ほどの寂しそうな顔は影を潜め、姫香ちゃんは笑顔で公園の外へ走っていった。
あの速度、ボクよりも運動ができる動きだな……。
姫香ちゃんが居なくなると公園に静けさが戻ってきた。
弱点の克服か、なかなかキツそうな課題だよね。
ボクらで役に立てることがあればいいんだけど。
「さて、私らも帰ろっか」
「浜凪、なんでアキレス腱伸ばしてるの?」
「なんでって、帰りもトレーニングしながら帰るからだよ。ほら桐子も伸ばす」
肩を掴まれてアキレス腱を伸ばされる。
あ、もうすでに筋肉痛の予感が。
「歩かないの?」
「歩かないよ、体力つけるのに楽は要らないんだから」
「ふぇ~!」
結局、帰りも競歩なみのスピードしか出なかった。
ボクの当面の課題は運動不足か。
「お帰り姉ちゃん。シップ張ってあげよっか?、それとも太ももマッサージしてあげようか?」
「今、触っちゃダメ!。変な声出るから!」
息も絶え絶えで玄関マットに倒れ込み、真理夏にいじられたのは言うまでもない。
拒んだけどマッサージも強行された。
くすぐったくて恥ずかしい気持ちになったから早く体力付けたいな。
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