第8話 羽毛のぬくもり


 入学初日に意識を失い、一週間眠り続けた。


眠っているあいだに前世の記憶を追体験という不思議エピソードがあったのだが、それは家族以外には内緒。


そして、土日の準備期間を経て、ボクは久しぶりに登校した。


 五百年くらい前の人の記憶が混ざったからなのか、ついこの間まで当たり前に思っていた景色が新鮮に感じる。


当たり前が新しいに置き換わる、なんて不思議で素敵なことだろうか。


なんてことをさっきまでのボクは思っていました。


「お、おはようございます」


 結舞 桐子ゆま とうこは知らない人と話すのが困難になっている。


元々、中等部二年生の後半から意識が飛んだりする症状が現れ、人と関わることが少なかった彼女は人見知りになっていた。


授業が終わるたびに話しかけに来てくれるクラスメイトたちの話も、慣れていない桐子にはまるで試練である。


「結舞さん、結舞さん。好きなバンドある?」


「え、えと、ラビエス」


「ラビリンス・エスケープ!?、分かってるじゃん!」


「ひゃい」


「いいねぇ、同じクラスに話せそうな子いなくて寂しかったんだ」


 一時間目の後は音楽の話を聞かれた。


ヘッドフォンを首にかけた明るそうな人、確か名前は出水 光いずみ ひかりさん、種族は人間。


最初に好きなバンドを答えてからは聞き専になっちゃったけど、軽音部に入ってるらしい。


ぐいぐいくるけど、こっちの呼吸を読んだりリズム取ったりしてて距離は詰めすぎない人だと思った。


今度、CDを貸してくれる約束を取り付けられて出水さんとの会話は終了、ボクもCD持ってこようかな。


「結舞ちゃん、おひさ」


「あ。ど、どうも」


「どったの?、そんな他人行儀で」


「ご、ごめん、ワコちゃん。なんか話すの苦手になっちゃってて」


 二時間目の後は中等部からの顔見知りがやってきた。


角の生えた黒ウサギじゃなくて、グレムリンの和工 時枝わこう ときえちゃん、あだ名はワコちゃん。


楽天的な性格で機械いじりが得意。グレムリンは機械に悪戯する妖精だったので仕組みに詳しく機械工の人が多い。


「コミュ障ってやつかー。じゃあさ」


 ポフンと煙が起こり、ワコちゃんの姿が包まれると、中からうさ耳を生やした人間の女の子が現れる。


グレムリンなどの妖精族は他種族社会に対応するために、小さな体を人間の姿に変化させる能力を手に入れた。


今では妖精族と他種族のハーフなんかもいるらしい、ちなみにこれはワコちゃん談。


「こっちの姿の方が周囲に溶け込んでるって感じするけど、結舞ちゃんは人間の姿とウサ公の姿どっちが好き?」


「ウサさん」


 フゥと息をつくと、再び煙が起こり。ワコちゃんはウサギの姿に戻ってボクの膝に乗った。


「これからよろしくってことで特別サービス」


「あ、ありがとう」


「なんか変わったね、三日会わざればってやつ?」


「そんなとこ、かな」


「早くも慣れてきたね、トーコちゃんって呼んでいい?」


「ひゃい」


 ボクの膝の上で大きめのクッションサイズの黒ウサギ?は笑う。


少し慣れたので、ひとしきりモフらせてもらって癒された。




 その後も休み時間のたびに誰かがやってきては話をした。


白衣にメガネで科学部所属のアルラウネ、植村うえむら レンゲさんには体にいいと怪しい薬を渡されそうになった。


ちょっとマッドサイエンティストぽかったのでお断りすると「判断は正常っと」と言って握手された。


この学園、変な子いっぱいいるから気をつけてねと言われたが、まずはあなたですと言いたい、声出なかったけど。


 長く伸びた前髪で目を隠した夢魔のベイカーズ・ミルクさんには彼女いる?と聞かれ、首を横に大きく振った。


クスっと笑う口元とたまに見える目が輝いて、冗談で言ってないよと語っているように見える。


いかにもそういうこととは無縁そうな見た目をしているのにギャップがすごい。


出水さんとは違うベクトルのぐいぐいで困っていたら、植村さんが蔓を伸ばして彼女を引っ張っていった。


「さっそく一人目か」


「邪魔しないでよ、ボクっ娘が色恋関連で慌ててるとこなんて滅多にないシチュなんだから」


「無理強いは良くないと思うんだ、嫌われるよ」


「軽いアプローチよ」


「いいかい?、人にはそれぞれ許容範囲があってだね・・・」


 その後も休み時間のたびに衝動的なベイカーズさんと理論的な植村さんの論争が繰り広げられ、休み時間が騒がしい。


可哀想に思ったのかワコちゃんが常時膝の上にいて、心の平穏を護ってくれた。


「モフモフ」


「復帰初日からこれは辛かろうて」


「モッフッフ」


 現実逃避のためかこの時間、人間の言語を話さなかった。


 放課後になって教室内が落ち着きを見せると、ボクはぐったりと机にもたれかかった。


「高等部ヤバイ」


 他種族十人十色だから精神的な疲れがドッときた。


勇者と魔王が望んだ、人と魔族が共存する世界。


勇者コトの前世のボクにとっては感慨深いものもあるし素敵だけど。正直、ハードモードだ。


「お疲れですか?」


「うん」


 反射的にうなずいたけど、知らない人だった。


顔を教室側に向けると両腕が翼になっている少女がこちらに歩いてくる。


ショートカットの白髪に有翼魔族ゆうよくまぞくも着やすいベストタイプの制服、飛びやすそうなイメージを抱いた。


「えっと、ごめんなさい。まだ全然、名前とか把握できてなくて、どちら様でしょう?」


「セイレーンの放送委員、世織 謡せおり うたいです!以後お見知りおきを!」


「声、おっきいね・・・」


「よく言われます」


 綺麗な声だと思うけど、思わず耳を覆ってしまうくらいには声量が大きかった。


「セイレーンは歌で船乗りを惑わす種族だったので、一族みんな、声が通るんですよ」


「なるほどね、昔は難破師なんぱしさんだったわけか」


「曾祖母の時代には引退したみたいですが、婿候補には躊躇なく使いなさいって言われてます」


「実力行使なナンパ術!」


 ハーピィ、セイレーン、人魚、ラミアとか女性割合が多い種族はコトの時代から人間を伴侶にしてたみたいだけど。


力技が過ぎる。まさか、他の種族も似たようなことしてるのかな?


「えっと、それ握手待ち?」


「はい!」


 世織さんは右の翼をボクの前に出して上下にパタパタと振っていた。


風を掴むような動きが軽さと脆さを感じさせる。


おそるおそる彼女の羽先に手を伸ばすと、世織さんも羽を伸ばし、手のひらが羽毛に包み込まれた。


「ふわふわしてる」


「羽毛ですから。しかも、まだ冬羽なんですよ」


 軽くてあったかい。羽毛布団の中ってこんなかんじなのかな。


「これでお友だちです!。放送委員の仕事があるので失礼しますね!」


 軽い足どりで世織さんは教室を去っていった。


アクティブな人だな、三葉とは違うタイプの元気さがある。


「世織さん、面白いでしょ」


浜凪はまな、いつの間に」


 いつからいたのか、ボクの前の席に浜凪が座っていた。


今日一日、ボクがいろんな人と話していると一切近づいてこなかったのに。


「今日、疲れた」


「私は人見知りしてる桐子見てるの楽しかった」


「むぅ」


「まぁ、それはそれとして。桐子に友だちが出来そうで安心したよ」


「危なそうな人混じってたけど」


「私では引き出せない表情を引き出してくれたミルクちゃんにはちょっと感謝」


「おい!」


 なんか、ボクが元気になるにつれて、浜凪の容赦がなくなってきた気がする。


「でも、本当に手を出したらしばく」


「あ、はい」


 こういう境界線が曖昧なんだよな浜凪。


寸前まではイエスだけど、実害はノーみたいなところ。




 太陽の光が夕焼け色に変わりはじめる。


教室に残っている人影も一つづつ去っていくと静かになっていく。


家にいるときよりも時間の進みが早く感じるのは、学校が楽しいからだろうか?


「朝木、結舞さん。おっさきー!」


「うん、じゃねー」


「出水さん。じゃ、あね」


 クラスメイトが教室を出るたびに声をかけてくれた。


今も、出水さんが出ていくときに挨拶したが、とっさに声が出なくてたどたどしくなってしまう。


「明日、アルバム持ってくる!」


 そんなボクを気にせずに目を輝かせて出水さんは出ていった。


再生機器持ってないから真理夏のパソコン借りよう。


そういえば、真理夏と三葉も新しい友だちができたらしく、今日は別行動。


今まで僕につきそってくれた分、これからは自分のしたいことをしてほしいけど。


それを言ったら叱られそうだから、黙ってよう。


「がんばってる、がんばってる」


「うるさい、誰目線だ。ところで、まだ帰らないの?」


「んー、もうちょっとだけ」


 オレンジ色の日差しが日当たりのいい窓を明るく照らす。


教室に残っているのはボクたちだけになった。


「・・・、きた!」


「なにが?」


 ピン、ポーン。パン、ポーン。と鳴ると校内放送が始まった。


もう下校時間か。


『こほん。みなさん、下校時間になりました!。教室に残っている生徒は速やかに下校してください』


 声の主は世織さんだった。


けど、さっき話していたときよりも声は小さく、耳に優しい声量だ。


こっちのほうが良い声に聴こえる。


「待ってたのってこれ?」


「うん。世織さん、普段はうるさいくらい声出てるけど、放送委員のときは抑えめで話すんだ」


 これ聞かせたくて、下校時間ギリギリまで粘るとはね。


確かに、さっきよりも世織さんの印象は変わったけど。


「帰ろ」


「うん。あと、ありがと」


「ただのお節介だから」


 カバンを持って教室を出ようとすると放送室帰りの世織さんに出会う。


忘れ物を取りに来たようだ。


「これからお帰りですか?、途中までご一緒します!」


「やっぱ、さっきの声量で話してほしい・・・」


 放送委員の仕事が終わって抑えてたボリュームが上がった声は、放課後の校舎によく響いた。

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