第7話 前世は勇者でした⑦


 日曜日。

 今日は仕事も休みだが、外に出ず家でパソコンに向かっている。

 画面には通話アプリが表示されおり、俺は現在通話中。

「それで、どうなったんだ?」

 今は、俺の懸念していたことが終わったので、それの事後報告をしてもらっている。

 協力者は優秀な魔法使いだし、当の本人も心が強そうだから、大丈夫だとは思ってるが、少し嫌な想像をしてしまう。

「大丈夫。一人称が無意識に変わったぐらいで、人格がそっくり入れ替わることはなかったし、パニックも起こしてない。今は散歩に行ってるよ」

 安堵のため息をついた。

 よかった、大事にならなくて。

「これで協力関係も終わりってことでいい?」

「ああ、ぞうだ。これからはただのゲーム仲間ってところか」

「そういうとこ、現代に毒されてんね。天使さん」

「もう堕天済みだよ」

 イヤホン越しにからかう声が聞こえてくる。

 天使か、懐かしいな。


 昔々の思い出。天界に住んでいた罪犯しの天使の物語。

 天界には地上の出来事と関わってはいけないという決まりごとがありました。

 天使の役目は地上から魂を導くこと。

 私も、天界から地上に降りては、干渉できない娯楽を見て、魂を連れていく日々を送っていた。

 たまに、同じ人間を見かけるようになった。

 その人間は、一つの場所に留まらず、いろんな場所で見かける。

 魔族や人間の汚れた魂を連れていくときばかりそばにいて、いつもよく分からない顔で座っていた。

 汚れた魂は、地上で言うと悪人の魂だ。

 そんなものの近くにいつもいる、あの人間に興味が出た。

 ただの役目が、地上に降りるたびに彼を探す日々に変わった瞬間である。

 彼は勇者と呼ばれているらしい。

 悪意を嫌い、それと戦っているようだ。

 面白い、彼の旅を見かけるのが楽しかった。

 苦しみながら汚れた魂と戦い、理解されない日々を送る彼を哀れに思った。

 しばらく彼を見かけなくなった。汚れた魂を回収しても、彼は現れない。

 ある日、燃える神殿の中で彼を見つけた。

 剣に手を伸ばそうとしながらも届かず、魂が抜けていた。

 そばには魔族の魂と人間の魂が一つずつ、そちらも抜けている。

 もう一つ、抜けかけていた魂を見つけ、近づいてみると胸倉を掴まれた。

「驚い、たか?」

 燃えさかる炎の中。息も絶えかけているのに、その女性は私に干渉してきた。

 死の間際、魂が抜けかけていると干渉してくる者がいるとは聞いていたが、まさか本当にやってくるものがいるとは思っていなかった。

「は、は。まさ、か神殿ごと、巻き込んだ、牢獄魔法とは」

 かすれた声で笑い。何があったのかを、ひとりごとのように呟く。

「あんた、災難だね。巻き込まれた、のか?」

 答えないのではなく、答えられない。

 会話を交わしただけでも、干渉扱いになってしまうからだ。

「ここにきて、夢叶わずなんてね」

「コト、あんたに助けられた時からね。あんたのこと、好きだったよ」

 魂が抜けそうなのを、ひとりごとを話し続けることで、阻止しているようだ。

 コト。それが彼の名前だと理解したのは彼女が倒れている彼を指さしていたからだ。

 ここで私の中にある欲求が生まれた。

 天使に導かれなかった魂は生まれ変わると前世の記憶を引き継いだりする。

 それを防ぐために私たちがいるのだが。

 ここで、この魂たちをそのままにして去ればそれが叶うだろうか?

 私は彼の旅をもっと見たいと思ってしまったようだ。

 地に堕ちても構わないほどに強く願っている。

「私に協力してほしい」

「?」

「君たちの魂を、このままにして私は去ろうと思う。そうすれば、いつになるかは分からないが生まれ変われる」

「その時が来たら、私に彼の旅をまた見せる手伝いをしてほしい」

 彼女はふらつきながら、コトが握ろうとしていた剣を指さした。

「あの剣、もってけ。コト以外に渡すな。あたしたちの願いが詰まってるんだ」

 聞き届けると、私は剣を手に取り、神殿をあとにした。

 外へ抜け出ると、炎の中から爆炎が上がった。

 塵も遺さないほどの熱気が建物を包み、燃え続ける。

 彼女が最期の魔法を放ったのだろう。

 そして私は決まりごとを破って堕天した。


「かつての過ちとはいえ、身勝手なことをしたもんだ」

「本当だよ。おかげでうちの家族、みんな前世の記憶持ちだし」

 あれから二千年。堕天した俺は、あのとき導かなかった魂が生まれ変わるのを待ち続けていた。

 縁あって、浮島学園の用務員、天住 恭平あまずみ きょうへいと名を変えて時を過ごし。

 そしてついに、勇者コトの生まれかわりである少女、結舞 桐子を見守ることになった。

「あと、うちの姉。聖剣を使いこなすこと以外、考えてないんだけど」

「俺はもう、彼女の旅が見守れればそれでいい」

 勇者であろうと、そうでなかろうと、魂は変わらないのだから。

「うわぁ……。天Gって呼んでいい?」

「どこぞのスーパー使用人みたいに呼ばないでくれよ」

 向こうが引いてるのは分かったけど、こればかりは譲れない。

 このときの為に堕天し、二千年も待ち続けてたのだから。

「さてと、要件も済んだし。ゲームでもしますか」

「今、害悪戦法を使ってでもアンタを倒したい気分なんだけど」

「かかってきなよ、魔法使いさん」

 伊達に二千年生きてないってとこ、見せようか。

 まぁ、桐子ちゃんには、真理夏ちゃんのガードが付くだろうし。

 嫌がられない範囲で見守ろう。

「あら、腕上げた?」

「女子中学生の成長スピードなめんなよ!」


 目覚まし時計の音より先に目が覚める。

 今日は間違い月曜日だ。

 パジャマから一日しか着られていない高等部の制服に袖を通すと、気持ちが引き締まる。

「真理夏、起きないの?」

「もう少し寝る。ゲーム疲れ……」

 「ひひひ、ざまあみろ」とか言ってるけど。通話しながら対戦したのかな。

 まだ時間あるし、上がったときに起こせばいいかと思い、部屋をあとにした。

「おはよう」

「おはよう、桐子! 真理夏はまだ寝てるの?」

「うん、なんか疲れてるみたい」

「そうなの? じゃあ、朝ごはん先に食べちゃって」

「はーい」

 お母さんはキッチンに戻ると、ハムエッグを乗せたお皿を持ってきてくれた。

 ちなみに黄身が双子で、朝からちょっとした奇跡を見た。

 朝ごはんを食べていると、匂いに誘われたのか、お父さんがのっそりと現れる。

「おはよー。桐子、早いな」

「今日から学校だからね」

「そうか。もう、今までみたいな症状は無いと思うけど、注意するんだぞ」

「うん」

 部屋に戻ると、携帯に数件のメッセージが入っていた。

『家の前で待つ by浜凪』

『私も向かうっす! by三葉』

『おはよう、学校で待ってますね by紗良』

 コトの記憶が混じった影響か、中等部から変わらないやり取りにホッとする自分がいる。

 いつもと変わらない、ボクの日常だ。

「あー、今日から学校か」

 真理夏も朝ごはんを食べ終わったようで、部屋に戻ってきた。

「二人とも待ってるって、早く行こう!」

「三分間待って、支度してくる!」

 こういうときの真理夏は三分もいらないで出てくるが、そのセリフが言いたいらしい。

「準備OK!」

「早いなぁ、忘れ物ない?」

「たぶん!そういえば一人称、なんて誤魔化すの?」

「高校デビューで押し通すことにした」

 それじゃあ、行ってきます!

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