第6話 前世は勇者でした⑥


「お父さーん。ボクの髪飾りなんだけど・・・」


 時刻は夜、探し物を取りに工房に降りてくると。


お父さんがちょうど、ボクの探し物である髪飾りに触れている場面に出くわした。


「ああ!それ!」


「桐子か、ちょうどよかった。これ見ててごらん」


 お父さんは髪飾りを指さすと、短く呟いた。


「解放 壱!」


 呟いた言葉に反応するように、花をかたどった髪飾りは光に包まれて形を変えていく。


手に収まる大きさだったのに、どんどん伸びて、


リコーダーくらいまで大きくなると、発光するのをやめて短剣になった。


質量無視なんてデタラメな現象、初めて見た。


「なんなの、これ?」


「こっちが聞きたいくらいだよ、と言いたいところだけど。心当たりはある」


 剣の柄を優しく撫でながら、懐かしむような表情を浮かべる。


まるで、自分が造ったマジックアイテムに接しているときのようなお父さんを見て気づいた。


「もしかして」


「そう。これはエディーアが造ったマジックアイテムだ。銘は親和剣:ブリージア。


質量を無視して形を形成する特殊金属製で、魔力で記録固定した五つの形に呼びかけとともに変化する」


 弐と呟き、短剣は元の髪飾りに。


参と呟くと、一対のトンファー。


肆と呟くと、大きなハンマーに。


伍と呟くと、大鎌に変化した。


 変化していく武器たちを見ながら、お父さんは怪訝そうな顔をする。


「記憶にあったのと違うな。剣、盾、蹴り靴、杖、大鎌だったけど、大鎌以外は変更されてる。誰か使ったか?」


 ボクはお父さんの持っている大鎌から目が離せなくなっていた。


この武器は、コトの記憶にあるものとそっくりなのだ。


鋭く斬りつける刃先、剣をいなした柄、あの大鎌使いの武器そのものじゃないか。


「ちょっと触っていい?」


「おう、重いから気をつけてな」


 手渡されるとズシリと重たい衝撃がやってきて、両腕が下に降りていく。


「お、おも・・・」


 頑張って位置をキープしようと頑張ってはみるが、圧倒的に筋力が足りないようだ。


腕がどんどん床に近づいていく。


 そろそろ限界というところで、お父さんの助けが入って降下が終わる。


「ありがとう、重いよこれ」


「重いよな。アイツ、よくこんなの得物にして戦えたな」


 アイツ、やっぱりこれは。


「もう気づいてると思うけど、これアイツのと同じデザインの大鎌な。憧れてるって聞いてたから、最後に記録したっぽい」


「解放 弐!」


 大鎌が急に髪飾りに変わった影響で、重さも変わる。


変な態勢でいたボクは床にしりもちをついてしまった。 


「おと~さん」


「あ・・・、すまない。実はこれ、父さんでも重くてな」


 確かに重かったけどさ。ひと声かけてくれてもいいじゃん。


真理夏にもこういうところあるけど、絶対お父さんの遺伝だよ。


 お尻をはたきながら立ち上がる。今のボクじゃ、あれは持つことすら困難なんだな。


「ねぇ、お父さん!」


「なんだい?」


「大鎌の魔族さんの名前、なんていうの?」


「ルーヴァスだよ。アイツ、自分で名乗るの苦手だったからな。みんな知らずに大鎌って呼んでた」


 ルーヴァス、いい名前じゃん。


名乗ってくれたらよかったのに・


「鍛えたらボクも大鎌使いこなせるかな?」


「いけると思うけど、結構重いからな。調整して軽くした方が楽だぞ?」


「でも、それやると、形変わるよね」


「そうだな、形状固定のやり直しで重量調節するから」


「じゃあ、そのままで頑張る!」


 帰宅部で筋力の無い自分の体を、ここまで奮い立たせるのは生まれて初めてだ。


手始めに浜凪と一緒に素振りでもしよう。散歩もランニングを取り入れて・・・。


そして、あの大鎌を持てるくらいまで強くなるんだ。


「桐子、ほら」


「なんで短剣モード?」


 いつの間に変形させていたのか、髪飾りが短剣になっている。


両方の手の平で持たれた短剣は、捧げもののようにも見えた。


「これはエディーアがコトに渡そうとしていたものだ。あの日、ちゃんと渡せなかったのを彼は悔やんでいたからな。


せめて、父さんから桐子に贈らせてくれ」


「うん!」


 うろ覚えの記憶だけど、コトの最期は剣を掴もうとして掴めないところで終わっていた。


エディーアは渡せなかったことを、コトは掴めなかったことを後悔していたのかもしれないな。


 短剣をこちらも両手で受け取ると、大鎌よりはしっくりとくる重さだった。


これならボクでも扱えるかな?


 短剣を握り込み、軽く振ると経験が無いのに懐かしく感じる。


「痛っつ」


 しかし、体が動きについていけなくて、肘が張ってしまった。


運動しないと、短剣すら満足に振るえないのかと、筋力の大切を知る。


「ここで父さんとの約束だ。銃刀法違反になるから、あまり人前で出すなよ。あと、伝説の聖剣なので扱いは慎重にな」


 肘を労わりながら、くれぐれもよろしく!と言われた。


魔力で形状変化する金属なんて聞いたことないし、当然レアだよね。


 しかも、歴史の話でよく出てくる聖剣がこれかぁ。


髪飾りを武器に変形させる女子高生、真理夏が喜びそうなワードだ。


「もちろん!、大切にする」


「ちょっと物騒な髪飾りだとでも思ってな。でも、不埒な輩にはガンガン使っていいぞ!」


 最後の言葉は強めに強調した。


娘を想う親心としては十分すぎる防具だけど、使い手のボクが強くならないと意味がないな。




「解放 伍!」


 部屋に戻ってすぐに、髪飾りを大鎌に変化させた。


重いのはさっき十分理解しているので、今度は床に置いた状態で。


「エディーアか」


 大鎌を抱き起しながら、名前を呟いた。


コトの記憶の中でひときわ輝いているのが、エディーアとの思い出だ。


強さ、気高さ、どれもかっこいいが。


そこにたどり着くまでの険しい道のりを歩みきったことにコトは惹かれていたようだ。


自分の歩んでいる道も、険しいものだったからかもしれない。


 演奏後の楽器を労うように、大鎌を撫でていく。


手になじんでいない持ち手。うかつに触れれば、指の皮を裂きそうな、鋭い刃先。


ブリージアの五形態の中で、この大鎌は特に愛おしく感じる。


「コトに引っ張られてるのか、それともボクも憧れちゃったのかな?」


「姉ちゃん、武器フェチに覚醒か?」


「真理夏!?」


 気づかないほどに没頭していたのだろうか。


いつの間にか、部屋に入ってきていた真理夏は、ちょっと驚いたような顔でこちらを見ている。

 

「か、解放 弐!」


 大鎌を髪飾りに戻して、髪に付けた。


何だろう、この恥ずかしさは?


まるで、声に出しながら書いていたポエムを最初から最後までずっと聴かれていたような、そんな気持ち。


「面白いマジックアイテムだね、それ。どこの工房のやつだった?」


「魔王の作品。勇者に贈ろうとした聖剣だよ」


「おお、あの剣!こんなギミック付きだったんだ。まさか普通に、髪飾りとして売られてたとは」


 顔が暑くなって、思わず布団に飛び込み。頭からすっぽりと布団を被った。


「はぁ・・・」


 ボクの奇行を見た真理夏は、やれやれと自分の布団に座り込む。


「姉ちゃん。高校生になると、恥ずかしく思うことなんて、数えきれないくらい増えてくらしいよ」 


「しらない、しらない!まだ、登校一日しかしてないもん!」


 大鎌を撫でてたのを見られただけで、なんでこんなに恥ずかしいのか分からないけど。


今、変な返しをしたのはわかった。


「んでさ、話変わるけど。姉ちゃんは、伝説級のマジックアイテムを手に入れて、なんかしたくなった?」


 毛布から顔を出すと、真理夏がワクワクしてるのが分かった。


期待と回答を待っている、そんな顔だ。


 世界は平和になったし、戦う相手もいない。


聖剣はただのレアアイテムになった。


勇者も魔王もいらない世界でボクは・・・。


「あの大鎌を使いこなしたい、とは思ったかな。ほかには、いい作品だなとしか」


「うん、いい答え!。世界を平和に!とか言い出したら忘却魔法かけてやろうかと思ったけど、大丈夫だわ」


 ボクの気持ちを聞いて満足したのか、真理夏は布団に潜り込んだ。


昼夜逆転するとお母さんに怒られるので、夜更かしの多い真理夏は、こうして土曜に早寝する癖がついている。


ていうか、忘却魔法とか。恐ろしい対抗策持ってるな。


「あ、姉ちゃん。大鎌を撫でてるのイベントスチル感あって、なかなか良かったよ!」


「じゃあ、おやすみ!」


「うっさい!、はよ寝ろ!、ゲーマー妹!!」


「褒め言葉よ、それ」


「もう、おやすみ!」


 ボクも早めに眠ることにしたのだが、いろいろと思い出してしまい。


悶々としながら一時間ほど、眠れない時間を過ごすことになるのをまだしらない。

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