第5話 前世は勇者でした⑤


 ジリリリと鳴った目覚まし時計を止めて、無事に起きられたことに安心した。

 あんまり気にしないようにしてるからか、心のざわざわもあまり起こってない。

「よし!学校行こう」

「今日、土曜だけど」

 ボクの部屋に布団を敷いて眠っていた真理夏がまぶたをこすりながら言った。

 昨日の魔法使いの帽子とローブは自分の部屋に置いてきて、いつものジャージとメガネのスタイルに戻っている。

 出鼻をくじかれてしまったが、あと二日もあれば、もう少し心の準備はできるだろうと思うことにした。

 朝の身体チェックと称して真理夏に体を触られているんだけど。

 前世が男の人だったからなのか、記憶が混じったからなのか、ちょっと恥ずかしい。

 どうしよう、コレ。体育の時間とか変な気持ちにならないよね!?

「うん、魔法の後遺症とかもないね。これなら大丈夫」

「あ、ありがとう」

 ボクの反応を見たあと、妹は考え込むようなポーズをとり、その後、ポンっと肩を叩かれた。

「え、どしたの?」

「あー、姉ちゃん。多分これからめっちゃ大変……」

「なんで?」

「なんでってそりゃあ。入学式だけ出て、その後不登校、復帰したらボクっ娘になってるって。興味の対象確定」

 急に早口になるな、オタク妹め!

 マリーのときから知らない文化に触れるの大好きだったもんね、そりゃ十歳で記憶戻ればオタクになるわ。

 アニメとか見てるとき、すごくワクワクしてるし。

 で、ボクはそういうの分かんないけど。そっちの界隈ではベタベタな展開ってこと?

「まさかぁ、一人称が変わったくらいで。高校デビューをミスった子ぐらいにしか」

「いやいや、無理でしょ。姉ちゃん、中等部から短髪でボーイッシュ枠だったし、レベルアップしたんだよ」

 縦に手を振って否定のポーズをとられた。

 あとで、浜凪と三葉も来るだろうし、そのとき聞いてみよう。

 あの二人なら真理夏ほどオタクじゃないし、違う答えが返ってくるでしょ。

「んー?、そういえば忘れてたけど。二人になんて言おう?」


 朝食を食べたあと、お母さんに相談したら「症状がなくなったことは伝えて、一人称は後遺症で誤魔化す?」と言われた。

 う~ん、やっぱりそれが無難?。嘘はついてないような気がするし。

 部屋に戻って、とりあえず月曜日の授業の準備をすることにした。

 一週間のブランクならすぐに取り戻せると思うけど、予習やっておこうかな?

「まぁ、三葉ちゃんはやたらと聞いてくるかもしれないけど、浜凪ちゃんは大丈夫じゃない?」

「でも、鋭いからなぁ」

 あいかわらず床に敷かれたままの布団に寝そべりながらマリはゲームをしている。

 今日もここで寝てくれるのかな。

『こんにちは、今日もお見舞い来ました』 

『来ましたっす!』

『あら、浜凪ちゃん、三葉ちゃん!桐子起きたのよ、あと症状も治ったみたいで元気なの』

 インターホンが鳴り、浜凪と三葉がお母さんに説明をうけるのが聞こえた。

 その後、階段を駆け上がる音がして、すぐさま二人が入ってくる。

「先輩!」

「うわ!?三葉、入ってきてすぐに布団ダイブはやめろ!」

 ドアを開けてすぐに布団に飛び込んできた三葉は、泣きそうなのを我慢していた。

 ちょっと鼻水も出そうになっている。

「よかった! こんどは、もうおきないんじゃないかって……」

「ありがとう。でも、もう大丈夫!、お母さんも言ってたけどもうボーっとしないし、気絶もしないから」

 三葉に踏まれないように、ゲーム機ごと避難していた真理夏にティッシュを貰い、三葉の鼻を拭った。

 そうだよね、一週間も眠りっぱなしだったんだ。泣くほど心配するよね。

 気絶する前に中庭でやってもらったように、今度はボクが三葉の頭を撫でる。

「うう、生きてる」

「勝手に殺すな」

 結局、しがみついて離れなかったので、三葉はそのままで話をすることにした。

 この態勢、四月だから許してるけど、夏本番だったらすぐに引きはがしてるからな。

「良くなったって聞いたけど?」

「うん、この間の最後だってさ」

「そう」

 真理夏の布団が敷かれていない部屋の隅で、浜凪はボクに聞いてきた。

 今日はいつもよりも大人しく、胡坐ではなく体育座りをしている。

 そっけない浜凪に対して、いつも通りの勢いを取り戻した三葉がニヤッと笑う。

「あんなだけど、浜凪先輩も心配してたんすよ。帰り道、ずっと大丈夫かなって聞いたりしてて」

「だまれ」

 キツめの返しがきたが、当の本人は顔を埋めて丸くなっており。

 声もちょっとくぐもっている。

 そのまま浜凪の反撃フェイズに入った。

「三葉だって。心配のし過ぎで、不安になってたし。うちに泊まりに来てたよね」

「あ、あれは浜凪先輩がウチくる?って聞いてきたからで、こっちから言ったわけじゃ!」

「そうだっけ?」

「あらあら。浜凪ちゃん、顔見えてないから強気だわ」

「くぅ~。顔上げて、こっち向くっす!」

「やだ!」

 私に抱きつきながら騒ぐ三葉。顔を埋めた体育座りのまま抵抗を続ける浜凪。

 そんな二人を見ながら笑う真理夏。そして置いてけぼりのボク。

 この状況、ちょっと面白いけど、そろそろ静めよう。

「二人ともありがとね、心配してくれて」

「友だちっすから!」

「いなくなられると困るから」

「姉ちゃん、愛されてるね」

 サラっと言われたけど、結構こっ恥ずかしいな。でも嬉しい。

「ところでさ、浜凪ちゃんと三葉ちゃんに聞きたいんだけど。姉ちゃんの一人称がボクになってるのどう思う?」

 いい話っぽく、まとまると思ったのにそうはいかなかった。 

 真理夏め、ずっとこれを切り出すのをゲームしながら待ってたな。

 でも流れとしては変じゃないから、ナイス!

 二人にどう思われるか気になってたし。

「んー。やっと見た目に話し方がマッチした感じっすかね。いわば完全体っす」

「いいんじゃない?高校デビューって感じする。中等部上がり多いし、あんまり意味ないと思うけど」

 おかしいとか言われないでよかった。

 ボクもコトの記憶に引っ張られてこうなっただけで、自分の意志で変えたわけじゃないけど。

「あ、でも。もし、いじめられたら言って。そいつ、しばくから」

「目がマジなんだけど・・・」

「大丈夫、今のところは冗談」

「あれは、人知れず実行してるタイプの言い方っすよ」

「浜凪ちゃん、実害出したらアウトだよ」

「わかってる」

 壁にもたれていた浜凪は、本棚から漫画を取ると、話題から離れるように読みだした。

 口では言わなかったけど、良い意味でも悪い意味でも注目されそうってことかな。

 やっぱり、気を付けないといけないやつ?

「誰か、ボクの髪飾り知らない? 気絶したときは髪に付けてたはずなんだけど」

 会話が落ち着いてきたので。昨日から探している髪飾りの行方を聞いてみた。

 貰い物だし、フリージアの装飾が気に入ってるから、無くなると寂しい。

「ちゃんと付いたまま運んだよ」

「すぅー」

「あー、それなら。父ちゃんの工房にあるよ」

「それ、言っといてよ!」

「ごめんて」

 飽きたのか、ゲームの電源を切りながら真理夏が答える。

 お父さんに見せたかったし、手間は省けたけどさ。

 伝えないで勝手にやるからな真理夏は。

「もう、工房ね。あとで取りに行こ」

 今は作業中だろうし、後でいっか。

 それに、横で寝始めた重りもいるわけだし。

「すぅ」

「電池切れだ。寝ると長いし、ヒュドちゃん呼んどく」

「お願い」

 静かになったと思ったら三葉が眠り込んでいた。しかも、服を掴まれながら寝ているのであまり動けない。

 緊張が解けたのと、浜凪と騒いだので疲れちゃったかな。

 普段は元気なんだけど、疲れるとすぐ寝るのが、幼くて可愛い。

 保護者も浜凪に呼んでもらったし、来るまではこのままでいよう。

 ちなみに日向先生の連絡先は、三葉と一緒にいることが多いという理由で本人から教えてもらった。

「あ、ども。今どこにいます?ああ、メンテナンスで下に。三葉が寝たんで連れて帰ってください。はい、お願いします。」

「そうだ!、あたし、やることあったから退室するわ。じゃね、また月曜!」

 布団は畳まずにゲーム機だけを回収して真理夏は部屋を出ていく。

 日向先生にいろいろ聞かれるのが嫌なのか、浜凪が連絡してる最中に準備は済ませていた。

「手袋のメンテナンスで工房(した)にいるから。終わり次第迎えにくるって」

「タイミングいいね!」

「どさくさに紛れて、マリは退散したか」

「うん、今日は会わなくていい日みたい」

 浜凪は本棚から新しい漫画を取りだして読み始める。

 んん?知らないタイトルだ、真理夏がまた勝手に並べたやつか。

 私があまり、本を集めないので、真理夏は蔵書整理に私の本棚も使っている。

 というか半分くらいは真理夏の本で埋まってる。

「トイレ行きたくなったら言いなよ、引きはがしてあげる」

「うん。あのさ」

「お、さっそく?」

「違う、さっきも言ったけど。心配してくれて、ありがと」

「当然でしょ、一番の友だちなんだから」

 恥ずかしかったのか、浜凪のほうを向くと漫画で表情を完璧に隠していた。耳赤いけど。

 うちの幼なじみが可愛い。

「失礼しまーす!」

 ドアノブを回す音がして、日向先生がやってきた。

 今日はオフだから、赤いシャツにジーンズというラフな格好だけど、白い手袋はだけはいつも通り。

「まずは桐子さん、回復おめでとう!!」

 ジーンズのポケットからクラッカーを出してお祝いしてくれた。

 クラッカーを一つだけ忍ばせてやって来る先生って面白いな。

 家からここまでずっと準備してたってことだもんね。

「ありがとうございます!すごい心配してくれたの、真理夏から聞いてます」

「担任としては当然。なにより、この手袋でお世話になってるところの娘さんだからね」

 クラッカーのゴミを巻いてポケットに戻しながら先生は床に座った。

 先生が身につけている手袋はお父さんの作品。

 成長とともに毒の分泌も増えてきて、既製品では抑えにくくなったのをきっかけにお父さんの工房を訪れた。

 ボクが学園に入学する前からのお客さんで、たまに話もしていたから先生なのは知ってたけど。

 まさか、それが今の担任になるとは当時、思ってなかったな。

「手袋の調子どうですか?」

「バッチリよ!今日はスペアもメンテしてもらってたから、時間もかかったけど。三葉の迎えには、丁度よかったわ」

 両手の手袋を手前に突き出してポーズをとりながら、満足そうに話してくれた。

 工房の娘としては、いい仕事で作られたマジックアイテムは誇らしく、褒められると自分のことのように嬉しい。

「浜凪さんも連絡ありがとね」

「三葉関連ならヒュドちゃん呼ぶのが一番だから」

「もう!怖いイメ-ジがつくから、ヒュドちゃんはやめてって言ってるでしょ!」

 学園の制圧員の役目は、けが人を増やさない為に進んでやっているけど。

 伝説の毒龍を連想させるあだ名は苦手だそうで、先生はそう呼ばれるのを嫌がっている。

「あんまりしつこいと、痺れ毒盛っちゃうわよ!」

「勘弁してください、サラちゃん」  

 読んでいた本も床に置き、浜凪の頭が真下を向いた。

 サラもサラマンダーを連想しそうなものだけど黙っておこう。

 日向先生は身内に対しては、いたずらされたり、からかいすぎると、毒を使ってお灸を据えてくるので。

 ボクらの中で、先生はあまり逆らってはいけない最上位の存在になっている。

「まぁ、冗談よ」

 さっき似たような返し、浜凪がしてたな。

 学園内だったらまず、非のない生徒には無害だけど。

 もしもボクらのうち、誰かが傷ついたら先生はどうするだろうか?

 日向先生なら気づかれずに相手を無効化させるなんて朝飯前だろうけど。

 ちょっと想像できないな。

「あの、日向先生。一つ質問があるんですが」

「なぁに?」

 浜凪がまた漫画に集中し始めたころ。

 ボクは歴史の専門家である先生に、どうしても聞いてみたいことがあった。

「先生は、勇者の歴史を学んだとき。どう思いましたか?」

 歴史の授業で質問するように聞いたけど、実際は学者から見たコトがどんな感じか気になっただけ。

 記憶が混じっても、前世の姿でも、コトのことは他人なので誰かから見た彼を知りたかった。

「うーん。まずは、当時の人からしたら異端者だったかなと思ったわ、

 だから旅をして一ヵ所にとどまらないようにしてたらしいし。

 魔族だけじゃなくて人間とも戦ってた記録が残ってるから、災害の化身と呼ばれたこともあったそうよ」

 後世では、散々なことも言われてるんだよねコト。

 マリーと一緒に居た記憶を見たかぎりでも、知り合い少なそうだったし。

 噂に尾ひれがついて残っちゃった感じするよね。

「でもね、多分いい人。そもそも彼が戦ったのは、悪意のある魔族と人間だけらしいし」

「魔族側の記録でも、密猟者の人間を勇者が罰したと書かれている書物も多いの。魔族にも勇者の側面が見えてたのね」

 それはボクも知らなかった。

そのときは魔族と手を取ることは叶わなかったかもしれないけど、ちゃんと記録に残ってるおかげで活躍が知れる。立派に勇者してたんだな。

「桐子さんは勇者と魔王のお話が好きだったわね。逆に聞いちゃうけど、勇者ってどんな人だと思う?」

「たぶん、真面目で人や魔族と触れ合うのが苦手な人でしょうか」

 助けることで触れ合う機会を作ろうとしたこともあったと思う。

 神官長の言葉を受けて真面目に世界と向き合おうとした不器用な人。

 私の中でコトはそんな人物に思える。

「いい、読み解き方してるわね。その調子で月曜からの授業がんばって!」

「ありがとうございます」

 そろそろ帰るわと、三葉を俵のように抱えて、先生は私の部屋を後にした。

 ちょっと苦しそうな態勢だったけど、それでも起きない三葉の眠りの深さはすごいな。

 静かになった部屋で二人きり、浜凪はずっと漫画を読んでいる。

 三葉という拘束具がなくなったおかげで自由だけど、することがないな。

 たまにはボクも漫画読んでみようかなと、本棚に向かうと浜凪が話しかけてきた。

「あのさ、さっきの話」

「ん?、勇者の話?」

「そう」

「どうしたの?」

 ヤバイ、なんか察しちゃった?

 急に、歴史の先生にあんな質問ぶつけたのまずかったかな。

 どうしよう、言い訳考えなきゃ!

「もしも、桐子が勇者だったらさ。私、一番最初に仲間になると思う。断られても、ついていくから」

「うん! 断る理由がないし。是非とも」

「そっか、じゃあ私も帰るわ!。また月曜ね」

 ボクの心に精神的な重しを与えながら浜凪は帰っていった。

 ちょっと口元緩んでたけど、嬉しいことでもあったのかな?

 ていうか、これ、もしかしてバレてたりしないよね!?

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