第4話 前世は勇者でした④


 長い夢を見ていた。今よりもずっと昔で、人間と魔族が争う悲しい世界。

 ボクは人や魔族関係なく悪意を払う勇者だった。

 ずっと悪意が蔓延らない世界を望んで旅をして。やっと似た理想を持つ魔王と出会って手を組み、そのための地盤を固めてきた。

 やっと願いが叶うと思ったのに……。

 この理想は抜け出せない炎に焼かれてしまった。


「そろそろ起きなよ、眠り過ぎも体に悪い」

 目を覚ますと、自分の部屋にいることを確認して安心する。

 ベッドの傍らで、妹の真理夏まりかがあずきバーを齧っていた。

 いつもの眼鏡に中等部ジャージの恰好だけではなく。魔女の帽子を被り、薄紫のローブを羽織っている。

 その姿は夢で共に旅をした魔法使いによく似ていた。

「マリー?」

「今も似たようなあだ名付いてるけど、その愛称なつかしいわ」

 マリーと呼んだのを当然のように受け止め、ボクの妹は食べ終わったアイスの棒をタクトのように振るう。

「おはよう、姉ちゃん!。そして久しぶりね、コト!」

 コト。

 そう、ボクは勇者コトの記憶をさっきまで、明晰夢のように鮮明に見ていた。

 思い返せば昨日のように思い出せる。

 だが、ここで真っ先に疑問が浮かび、同時に自分のことが誰なのか分からなくなっているのに気づいてしまった。

 今のボクは結舞 桐子なのか?、それとも勇者コトなのか?

 深みにハマったような気持ちになっていく。

「あ、あ」

「初っ端からやっちったか。ほら、姉ちゃん」

 真理夏がアイスの棒を指さすので、そちらに視点が移ると目の前がチカっと光る。

 すると気持ちが少し落ち着き、心のざわざわも波が止んだように治まった。

「これ、鎮静魔法ちんせいまほう!」

「そうそう、ごめんね。姉ちゃん起きたばっかりで混乱してるよね」

 前は魔法の練習してるなとしか思ってなかったのに、いつの間にここまで?

 精神科の魔法医と同じくらいの効果はあると思うよ。

「実はさ、姉ちゃんが気絶してから。一週間は余裕で経ってんだよね……」

「一週間!? 一度も起きなかったの?」

「うん。体調とか諸々は、あたしの魔法でなんとかしたから、体に異常はないよ」

 そんなに眠っていたら身体が痛いとか重いとかなるはずなのに。昨日、寝て起きたように何もない。

 マリーの魔法ならそれくらいは出来たと思うけど、それにさっきボクをコトとも呼んだし。真理夏はまさか……。

「真理夏がマリーなの?」

「そう。私もさ、前世の記憶持ってるんだよね。姉ちゃんがコトの記憶持ってるように」

 思い出すのは最期の光景。

 炎に包まれ、燃える神殿の中。毒で痺れた手で最後に掴もうとしたのは、ボクに贈られるはずの一振りの剣。

 これだけは決して誰にも渡したくはなかった。

 真理夏に鎮静の魔法をかけてもらいながら、心の調子を整える。

 その後、高等部初日、私が倒れたあとの話を聞かされた。

 身体に負荷をかけないように二人が急いで運んでくれたこと。

 毎日、浜凪と三葉がお見舞いに来ていること。

 日向先生が心配して、何度も校内で話しかけてきていること。

 それを聞き、自分が結舞 桐子であるということを実感させながら、心を落ちつかせた。

「記憶はそのうち混ざってくるから、気持ち悪くなったら言ってね。あたしがなんとかする!」

 今は、真理夏の魔法と、無理やりにでもボクはボクだ!って思ってるから、落ち着いてるけど。

 ボクの記憶も、コトの記憶も頭の中で引き出せるのはなんか怖い。

 あんまり、このことは考えない方がいいよね。

 うん、そうしよう! 日向先生みたいな考え方でいれば大丈夫。

「さて、じゃあ下行こっか。父ちゃんと母ちゃんに、姉ちゃんが起きたこと言わないと」

「え!? 記憶のこともあるし、心の準備が……」

 また急に弱気になるボクに対し、真理夏は何と言ったらいいかというように帽子を掻いた。

 なんだろう、スゴイことを言われそうな気がする。

「とりあえずついてきて。何があっても、姉ちゃんは姉ちゃんだから」

 覚悟を決めたような表情を浮かべながら真理夏はドアを開け、部屋の外へ出た。

 アイスの棒は手に持ったままだ。

「桐子!」

 二階の部屋から下へ降りると、お母さんがボクを見て駆け寄り、抱きしめてくれた。

 ああ、なんだか懐かしい。一週間ぶりだもんな、修学旅行行ってたときよりも長いんだもん。

「お母さん、ボク……」

「大丈夫、後でちゃんと話すから。まずは、お父さんのところに行きましょう」

「?」

 お母さんに肩を支えてもらいながら、工房に続く廊下を進む。

 我が家は、お父さんのマジックアイテム工房と併設されており、自宅兼職場の造りになっている。

 工房に着くとお父さんは険しい顔で作業していた。疲れているのか顔色が良くない。

「起きたか!桐子」

 ボクに気づくとお父さんは早足でこちらにやってきて、疲れを感じさせない笑顔になった。

 良かった。お父さんも大丈夫そうだ。

「こっちに来てくれるか?。まずはイスを用意しないとな!」

 お父さんお手製の椅子を四脚、円を描くように並べるとお父さん、ボク、真理夏、お母さんの順で座った。

 なんだろう、この家族会議みたいな流れは?

 真理夏みたいに、お父さんもお母さんも、妙に落ち着いてるし。

「桐子、落ち着いて聞いてね。あなたがコトの記憶を持っているのを、私たちは知っているの」

「え!?」

 真理夏がマリーの記憶を持っているのはさっき聞かされたけど、お母さんも知ってる?

 というか、私たちってことは、お父さんも?

「父さんはエディーア、母さんは神官長の記憶を持った生まれ変わりなんだ。マリーとコトのことも覚えているよ」

 あの住居というよりも工房と呼んだ方が相応しい場所で見た魔王とお父さんの姿が重なってみえた。

 ああ、なんだ。全部懐かしく感じちゃうじゃん。

 母さんにもまた会えたってことか、今度は本当の親子になれたね。

 マリーなんて妹になっちゃって、あのちゃっかりさは大昔から変わんないなぁ。

 ボクのままでいようと思っていたのに、コトとしての記憶が感情を揺さぶる。 

 頬を何かが伝うのに気づくと、涙がこぼれていた。

 嬉しさと懐かしさが混じって、どんな顔をしてるのかも把握できないや。

「どうしよう、止まんないよぉ」

「ほら、拭いたげる。あんた、昔っから変わんないのよね」

 真理夏がハンカチで視界を覆うようにしながら抱きしめてくれている。

 お父さんもお母さんもボクが泣き止むまでずっと待っていてくれた。


「さて、我が家の秘密を明かしたところなんだが。桐子は変わらず、俺の娘のままなので。そこは安心するように」

 肩を優しく叩かれると、いつものお父さんだと思った。

 ボクが泣き止むと「まだやることがある」と言い。お母さん、真理夏とともに工房から追い出されてしまう。

 なんか思ってたよりも軽かったな。

「今はもう平和になっているし。何か、さだめがあるわけじゃないから」

 お母さんもそう言って、晩ごはんの支度を始めた。

 ボクはソファに腰を沈めて、まだスッキリしない心と膝を抱える。

 そういえば、なんか一人称が「私」から「ボク」になってるのに、やっと気づいた。

「二人とも、姉ちゃんに負担かけないようにしてんの。生まれ変わりの先輩でもあるからね」

 僕の横に座る真理夏は、まだ手に持っていたアイスの棒を真っ二つに折って捨てる。

「真理夏はいつごろ、記憶が戻ったの?」

「ん~、十歳のときだったかな。あたしのときはさ、お母さんがなんとかしてくれたんだ」

 お母さん、結舞 菖蒲ゆま あやめはちょっとした奇跡を起こせるらしい専業主婦。

 前世でどんな徳を積んだんだろうと思っていたら、勇者を育てた神官長だったとはね。

「特別なことはしてないわ、お母さんとしては当たり前のことをしたの」

 鍋をおたまでかき回しながらお母さんが答えた。

「なにしたの?」

「あなたは何があっても私の娘よってね♪」

 真理夏は何があっても「姉ちゃんは姉ちゃんだよ」と言い。

 お父さんは「変わらず俺の娘のまま」と言ってくれた。

「桐子にとっても、コトにとっても、私はお母さんだったからね」

 鍋の火を消して、こちらに来たお母さんに抱きしめられる。

「記憶があっても、生まれ変わりでも、あなたはコトじゃない。私の大切な娘の桐子よ」

「……うん」

「今日はカレーよ。万能の栄養食なんだから、元気出して」

 我が家のカレーはいつも辛口なのに、今日は甘口カレーで、体に優しかった。

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