第3話 前世は勇者でした③
「コト、いつまで寝てんのよ!」
草原の大きな木の下で寝ていたら、僕の背よりも少し低い杖で頭を小突かれ、目を覚ます。
起き上がると、薄紫色のローブに身を包み、魔女の帽子を被った女性が呆れ顔でこちらを見ている。
「マリー。約束の時間までは、まだまだ余裕があるだろ。たたき起こすことはないんじゃないか?」
「いろいろと準備があるんだから、そろそろ行かないとマズいの!あんた、神殿出身なのになんで分かんないのよ」
さっきから急げ急げと叫んでいるこの女性の名前はマリー。僕の唯一の仲間である。
以前、魔女狩りをしている地域で彼女を助けたときから共に行動し、ここまでついてきてくれた。
本人は「稼げるから一緒に行動してる」と言っているが危なっかしい僕のことが気になってしょうがないと、酒場で上機嫌になったとき教えてくれた。
そのときのことは覚えていないようだが。
「じゃあ行きますか、母さんの立場を悪くするわけにもいかないし」
僕は、枕代わりにしていた剣を背負い、目的地である神殿を目指して歩き出した。
僕の名前はコト。人々に害をなす者を倒してまわり、いつの間にか勇者と呼ばれていた男だ。
「母さんって呼んでるけど、あんたと神官長ってどんな関係?。今まで聞かなかったけどさ」
草原の草を踏みしめながら、マリーが暇つぶしがてらに聞いてきた。
そういえば、付き合いは長いが話したことはなかったな。
「僕は孤児でね。まだ小さかったころに神官長に拾われて育ったんだ、親と呼べるのはあの人だけさ」
「ふーん、けっこう壮絶ね」
歩くのに疲れたのか、マリーは飛行魔法をかけた杖に腰かけ、僕の横に浮いていた。
「魔法って便利だね。僕は適性が無いから使えないけど」
「まぁ、役に立つけど、同じくらい魔法のおかげで死にかけたりもしたわ」
今までの苦い思い出がよみがえったのだろうか、マリーは心底嫌そうな顔をしながら杖を強く握る。
魔法使いは魔族と同じように恐れられている。
人でありながら摩訶不思議な力を使うのが人々には恐ろしく視えるのだろうか。
「あんた、最初から魔法見ても怖がらないし。魔族と仲良くしたいって言いだしたときから、面白い奴だなって思ってたよ」
僕の周りを、杖でぐるぐると回ってマリーは笑った。
「僕は、神殿の教えから遠ざけて育てられたし、旅立つ日の晩に母さんに言われたんだ」
「なんて?」
『神殿の狭い世界だけじゃなくて、広い世界を見て。自分のしたいことを見つけなさい」
燭台のロウソクだけが薄明るく照らすなか、笑顔で送りだしてくれた母さんの笑顔を今でも思い出す。
「立派ね、お堅い神殿の指導者とは思えない」
「考えが違うから、対立もしてるらしいけどね」
その後、いろんなところを回った。
人の街、魔族の町。理不尽と悲惨の連続、悲しみの連鎖。
ときに、温かい心にも触れることができたのは幸いだった。
『青いな。だが貴公の望む世界は、我が王に通ずる。生きよ、そして強くなれ!力なき者の理想は叶わぬぞ!」
これは、以前戦った魔族の戦士の言葉で、僕の憧れになった。
気骨のある、正々堂々とした大鎌使い。
それ以降、会えていないけど、また手合わせしたいな。
「でも、まさか魔王も和平を結びたかったとは思ってなかったわ」
「側近の人たちしか知らなかったらしいし、ずっと秘密にしてたんだろうね」
旅を続けてしばらくして、魔王が住んでいる場所の情報を得た僕たちは、荷物をまとめて魔族の領土へと足を運んだ。
無意味な戦闘を避けるために、マリーに何度も透明魔法や無音魔法をかけてもらうことで、魔族の住む地域を進む。
道中、何度もバレそうになったり、命拾いした。
一ヶ月後、何度目の危機か数えるのもつらくなってきたころ。
僕らは魔王の住んでいる場所へたどり着くことができた。
魔王と呼ばれるくらいだから住居は城を想像していたが、何の変哲もない民家がそこにあった。
「ここであってるの?」
「情報によるとね」
「どう見ても普通の家じゃない!、罠なんじゃないの?」
長い旅の疲れか、僕もマリーも目的地に着くと緊張を欠き、大きな声を出していた。
僕らの声に気づいたのか、ドアが開き、中から一人の魔族が姿を現す。
「「!」」
見た目は、腕っぷしが強そうには見えず、普通の魔族の男性という第一印象。
糸くずや木の端くれが、角の生えた短い黒髪や着ている作業着に付いている。
目は徹夜したのか少し眠そうだ。
しかし、圧倒的に普通の魔族と違うものが彼にはあった。
「やあ、はじめまして。君が勇者くんとその仲間の魔法使いちゃんかな?こんな辺境にようこそ!」
開口一番、僕らを勇者とその仲間だと断定したこと。
溢れるオーラが一般人とは比べ物にならないことで、僕らも彼が魔王だと理解した。
「っ!」
いつでも背負った剣に触れるように構えるが、魔王はそれを見て手を横に振る。
「おっと!信じてもらえないかもしれないが、俺は戦うのが苦手なんだ」
敵意が無いことを伝えてはいるが、妙に落ち着いた感じで。こういうことに慣れているようだ。
王と言っても戦う力があるわけじゃない、そこは人間と同じか。
ふぅっと力を抜いて構えを解いた。
「申し訳ない、こちらも戦う意思はないんです。悪意のある相手としか戦わない、勇者としての評判はそのままです」
「僕の名前はコトと言います。こっちは魔法使いのマリー、僕の唯一の仲間です」
「はじめまして、マリーよ」
こちらも敵意が無いことを示すためにまずは自己紹介をした。
向こうのオーラに当てられて、つい戦闘態勢をとってしまったが、僕は悪意を感じた人や魔族としか戦わない。
彼にはそれが無かった。
「俺は、エディーア。魔族の間では魔王なんて呼ばれてるが、ただのマジックアイテム職人だ」
ただのマジックアイテム職人なんてとんでもない、魔王が現れてからの魔族は変わった。
戦闘では、武具や防具が強力になり、魔族は人間に住処を追われなくなったし。
ここに来る途中で盗み見た魔族の町の生活は、人間に近いものになってきている。
全て彼の作ったマジックアイテムの成したことだ。
道具は使い手によって助けにも脅威にもなるが、彼はそれを民に委ねている。
悪い指導者ではないことはここに来るまでに感じていたが、そもそも彼は製作者だった。
「長旅で疲れているだろう、中で休んでいくといい」
エディーアは家の中に戻っていき、開け放たれた扉がこちらを試している。
マリーは僕に選択肢を譲って立ち止まり、僕は家の中へと足を進めた。
「誰かが来ることは稀でね、片付いてないのは申し訳ない」
住居というよりは、工房と言ったほうが正しそうな場所だ。
エディーアは手作りの椅子を、二脚こちらに持ってきた。
「(魔法、準備しとく?)」
思念魔法を使って、彼に気づかれないようにマリーが聞いてきたが、断る。
話し合いの機会を得たのに、ここで台無しにしてしまうのは良くないと考えたのだ。
こちらのやり取りに気づかれたのか、彼は笑みを浮かべる。
「アイツに聞いたとおりだな。コトくん、君はまっすぐ過ぎる」
嘲笑ではなく、羨ましく思う気持ちが強く感じられる笑い方だった。
「よく言われます」
「だが、いいな、そういうのは。腹の探り合いのいらない会話というのは疲れない」
椅子の上で手を組みながら彼は力を抜いた。
なんだかとても疲れているようだ。
「端的に話そう、我々にはあまり時間が残されていない。大鎌使いから君の理想は聞かされている」
先ほどからエディーアが、アイツと呼んでいるのは、僕が憧れている大鎌使いだったようだ。
そういえば戦った時に、貴公の望む世界は、我が王に通ずるって言ってたけどそれは……。
「コトくん、俺に力を貸してほしい。人間と魔族の共存する世界を創るのが、俺の理想だ」
「ここに来るまでに君たちに倒された魔族の数は極めて少なく、そして死者は無し。既に君の信念は伝わっている」
確かな自信はないが、騙し抜きの言葉であると感じた。
僕は元々、人だ魔族だと区別をしていない。
人の生まれであるからこそ人に勇者と呼ばれているが、僕が魔族であったなら、また違う呼び方をされていただろう。
大鎌使いエディーアはそれを感じ取ってくれたのだ。
「マリー」
「こんな時にだけあたしに聞かないでよ、あんたはそのまま、言いたいことを口に出しなさい!」
当たり前のことを聞くなと怒られる。
そうだな、僕の考えは決まっている。
「僕の望みは悪意が蔓延らない世界です、それは魔族、人間関係なく」
こうして魔王と呼ばれた魔族エディーア、勇者と呼ばれた人間コトは魔族と人間が共存する世界を実現するために手を組んだ。
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